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運命のはじまり
第9回
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舞子は虚ろな目を、窓辺に向けた。
「生きる意味があるわ。先生がいっしょなら…」
ぽつぽつと、ガラス窓に雨粒の線が引かれ始めた。
それを、しばらくふたりは見つめていた。
「ぼくは続けますよ」
「それは…」
「たったひとりになっても、ぼくはあきらめません。結婚もしません」
「でも、咲子さんは? 直樹くんはどうするの? まだ1歳なのに」
「ちゃんと説明しますよ。これから先、どうなろうとも気持ちは変わらないでしょう」
「なら、わたしもつづけないとね」
「舞ちゃん…」
信夫が振り向くと、舞子は顔をそむけた。
「お子さんの名前は決めたんですか?」
「つ、月子よ」と声を詰まらせる。
「先生の小説から決めたの」
「言い名前です。それでは、いつかまた」
信夫は、病院を出ると、近くの電話ボックスに入った。
「スナック、ナナコでーす」
スナックのママが垢抜けた、甲高い声を出した。
「信夫だけど」
「あら、のぶちゃん。ちょっと待ってて」
ママは、テーブル席で、客に酒を注いでいる少女を呼んだ。
「すいません」と咲子は頭を下げて、受話器を取る。
「のぶ君…待ってた…」
「ごめん。直樹は?」
「ママのうちに、預かってもらってる」
「そうか」
咲子は、周りに聞こえないように、受話器を口に近づけた。
「怪我ない?」
「うん。平気」
「そう、よかった…。すごく心配してたんだからね」
「ごめん」
「謝らないで。すぐ戻って。わたし、もう帰るし」
「先生がね…。死んだんだ」
「えっ…」
「だから、もう会うのはよそう」
「ど、どういう意味よ」
「もし、警察の手が伸びたら。キミや直樹に迷惑がかかる」
「そ、そんなのイヤよ!」
咲子は思わず叫んでいた。
「咲ちゃん、大丈夫?」
カウンターの常連客が、青ざめた咲子をのぞきこんだ。
「へ、平気」
と作り笑いを浮かべてから、くるりと柱に隠れる。
「とにかく戻ってきてよ…おねがい…」
「すまない。僕の持ち物は、全部燃やしておいてくれ」
信夫はボックスから飛び出すと、タクシーを拾った。
「富士山麓のT村まで」
ぶっきらぼうに運転手に告げる。
エンジンと、規則正しいワイパーの音。
信夫は腕を組んでシートにもたれた。
「生きる意味があるわ。先生がいっしょなら…」
ぽつぽつと、ガラス窓に雨粒の線が引かれ始めた。
それを、しばらくふたりは見つめていた。
「ぼくは続けますよ」
「それは…」
「たったひとりになっても、ぼくはあきらめません。結婚もしません」
「でも、咲子さんは? 直樹くんはどうするの? まだ1歳なのに」
「ちゃんと説明しますよ。これから先、どうなろうとも気持ちは変わらないでしょう」
「なら、わたしもつづけないとね」
「舞ちゃん…」
信夫が振り向くと、舞子は顔をそむけた。
「お子さんの名前は決めたんですか?」
「つ、月子よ」と声を詰まらせる。
「先生の小説から決めたの」
「言い名前です。それでは、いつかまた」
信夫は、病院を出ると、近くの電話ボックスに入った。
「スナック、ナナコでーす」
スナックのママが垢抜けた、甲高い声を出した。
「信夫だけど」
「あら、のぶちゃん。ちょっと待ってて」
ママは、テーブル席で、客に酒を注いでいる少女を呼んだ。
「すいません」と咲子は頭を下げて、受話器を取る。
「のぶ君…待ってた…」
「ごめん。直樹は?」
「ママのうちに、預かってもらってる」
「そうか」
咲子は、周りに聞こえないように、受話器を口に近づけた。
「怪我ない?」
「うん。平気」
「そう、よかった…。すごく心配してたんだからね」
「ごめん」
「謝らないで。すぐ戻って。わたし、もう帰るし」
「先生がね…。死んだんだ」
「えっ…」
「だから、もう会うのはよそう」
「ど、どういう意味よ」
「もし、警察の手が伸びたら。キミや直樹に迷惑がかかる」
「そ、そんなのイヤよ!」
咲子は思わず叫んでいた。
「咲ちゃん、大丈夫?」
カウンターの常連客が、青ざめた咲子をのぞきこんだ。
「へ、平気」
と作り笑いを浮かべてから、くるりと柱に隠れる。
「とにかく戻ってきてよ…おねがい…」
「すまない。僕の持ち物は、全部燃やしておいてくれ」
信夫はボックスから飛び出すと、タクシーを拾った。
「富士山麓のT村まで」
ぶっきらぼうに運転手に告げる。
エンジンと、規則正しいワイパーの音。
信夫は腕を組んでシートにもたれた。
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