生まれる前から好きでした。

文字の大きさ
3 / 77

3.処刑。

しおりを挟む
 ありきたりで代り映えのしない日常。相澤和真はそれで良かった。
 だが、そんな平凡な毎日を送っていたとしても、突然信じがたい事は起こるものだと悟った。
 
(……アルメリア国第三王女。それも前世ときたもんだ)

「ははは……」

 思わず乾いた笑いが和真の唇からこぼれる。

「で? その王女様はどうなったの? どこかの王子様とめでたく政略結婚でもしたのか?」
「……」

 すぐに信じる事も出来ないまま、適当な言葉を投げかけた。
 スッと、目の前の先ほどまで熱を帯びていた薄茶色の瞳から光が消えた。人形のようなただ美しいだけの目が静かにこちらに向けられている。一瞬にして生気を失った汐音の内側に、深い闇を見た気がした。

(え? 何? どうしたんだ?)

 突然、汐音のまとう気が変わり和真は内心焦る。
 だが、さらに気づいてしまった。向けられた瞳が見ているには自分ではないという事に。
 おそらく、汐音は和真を通して、何度もその名を口にしているフィーリアを見ていたのだろう。前世で仕えていたあるじ
 ふいに綺麗な色の瞳が瞼の裏へと消えた。長いまつ毛がふるっと震える。

「……処刑、されました」

 固く感情が欠落した声だった。
 もしかすると、秘めている感情を無理やり押し殺しているだけなのかもしれない。

「処刑って……。何で? 何かやっちゃたの? 前世のおれは……?」

 困惑する和真の問いかけに、汐音は力なく左右に頭を振る。

「いいえ。フィーリア様は何も悪くありませんでした。本当に、何も……」

 それ以上言葉が出せなくなったのか、汐音はそのまま項垂れてしまった。

「……私は大切な時に、フィーリア様をお守りすることが出来なかったのです」

 しばらく経って、絞り出すように汐音は呟いた。強い後悔がその声から滲み出ている。
 和真はただ呆然と、向かいに座る少年の姿を見つめた。
 
(まさか、こいつはずっと苦しんできたのか? 前世からずっと……?)

 絶望に沈むその姿は、本来の体の大きさよりずいぶんと小さく見えた。肩が僅かに震えている。汐音は声を殺して泣いているのかもしれなかった。
 沈黙が二人の間を支配する。
 
「顔を上げろ」

 和真の声にのろのろと汐音が顔を上げた。やはり泣いていたようだ。瞳が濡れている。

「……フィーリアの生まれ変わりがおれなのだとして、おまえの目に映るおれは、不幸そうに見えているのか?」
「……え?」

 何を問われているのか分からなかったのだろう。潤んだ瞳を真ん丸に見開いている。その顔は年相応で、中学生らしくて、初めて可愛いいと思えた。

「答えろよ。おまえの瞳に映っているおれは、病気や怪我で苦しみ、苦痛に喘いでいるのか? それとも、着る服も無く、食べる物もなく、野垂れ死にかけているのか?」

 汐音が慌てたようにふるふると首を左右に振る。その振動で瞳に溜まっていた涙がキラキラと飛び散った。

(こいつは、泣いている姿も綺麗だな)

 覚悟を決めた和真は、テーブルに両手をつくと勢いよく腰を上げた。驚く汐音の方へ身を乗り出し、濡れた頬を両手で包んで怯えたように揺れる瞳を覗き込む。

「おまえが大切にしていたフィーリアは、ちゃんと生まれ変わって何不自由無く暮らしている」

 汐音はハッとしたように再び目を大きく見開いた。まっすぐな眼差しからは、まだ深い悲しみが強く感じられる。
 だが、その瞳には再び生気が戻っていた。

「フィーリアの代わりにおれが言う。フィーリアの言葉だと思ってよく聞くんだぞ」

 和真は汐音の心に届くようにと願いながら唇を開いた。

「ありがとう」

 綺麗な目がさらに大きく見開かれた。澄んだ涙がとめどなく溢れ出し、汐音の頬と和真の手を濡らしていく。

「もう苦しまなくていいんだよ。おまえは自由だ。これからは自分の幸せを探せ。汐音」

 和真は敢えて『汐音』と名前で呼んだ。

(こいつはもう汐音として新しい人生を歩んでいいんだ。いや、歩むべきだ。過去、それも前世に囚われ続けるなんてあまりに残酷すぎる)
 
 目を奪うほどの綺麗な顔から手を離す。汐音の顔がくしゃりと歪んだ。そのまま両手で顔を覆う。和真は再び窓の外へ顔を向けた。
 もうすぐ季節は夏になる。
 背を丸め、むせび泣く汐音が落ち着くまで、和真はただ黙って座っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!

ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!? 「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??

僕を惑わせるのは素直な君

秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。 なんの不自由もない。 5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が 全てやって居た。 そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。 「俺、再婚しようと思うんだけど……」 この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。 だが、好きになってしまったになら仕方がない。 反対する事なく母親になる人と会う事に……。 そこには兄になる青年がついていて…。 いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。 だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。 自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて いってしまうが……。 それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。 何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

ギャルゲー主人公に狙われてます

一寸光陰
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。 自分の役割は主人公の親友ポジ ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、

【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。 イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。 父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。 イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。 カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。 そう、これは─── 浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。 □『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。 □全17話

処理中です...