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第一小節 日常と摩擦
p9 産物と水没
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ひとしきり落ち着いたところで再び扉を見つめる。もう妙な感覚が襲うことはなく、冷静に観察できた。ラナ達のおかげかもしれない。
扉に近づくと、余計にその大きさを実感する。取っ手はなく、隙間もないため風が抜けることもなかった。さすがに触れることはできなかった。
「これは、ゲットー間を結ぶ、連結路の扉のようにも思えますが、地下にあるなんて聞いたこともありません。先生は他のゲットーで見たことありますか?」
クインは同じく扉を仰ぎ見ながら質問してきた。流ちょうな口調からまだ興奮は冷め切っていないようだ。
「そうだね……。僕も見たことないよ。連結路はほら地上にあるからね。あれが唯一の移動手段だから。線路も一本だけのはずだし」
一年前にこちらに着いたことを思い出しながら、それを否定する。
ゲットーには一つだけ出入り口が存在する。もちろん極東ゲットーにおいても例外ではない。ゲットー間を結ぶ連絡路、それだけがここを出る唯一の手段だ。もちろん、いつでも自由に移動できるわけではない。年に一度、選ばれた亜種だけが他のゲットーから移動させられる。主な理由は、農業や鍛冶などの能力に長けた亜種が、他ゲットーの生活、貢献度の向上のために技術継承を行うためや、長く留まっている亜種を移動させることで馴れ合いによる生産性低下を防ぐため。またはそのゲットーに相応しくない者。
僕は最後の理由に類する。神迎えで選ばれない者、それは僕の記憶の欠落によるものが大きい。ある意味どうしようもない欠陥品が神迎えに選ばれるわけもなく、長年選出されない者がいることで、そのゲットーの地位の低下を招く要因の厄介払いというところだ。もちろん、僕よりも長く留まっている者もいるが、彼らにはまだ希望もあり、タラクなど神の命によってゲットーをまとめる役割の者もいる。つまり僕は定着を赦されない異分子といったところだ。
「ポッドがあったような気配もありませんし、まあ、この中にあるのかもしれませんが、この感じからしてずっと放置されているようですね」
クインは扉の前に生えた苔を屈んで見つめていた。確かに使われているのであれば、ここを出入りする者によって苔が生える余裕はないだろう。入り口も閉ざされていたことからも使われていないことが分かる。
「そうだね」
クインの意見を肯定すると、クインは気を良くしたのか心なしか胸を張って見せた。
ポッドというのは連絡路からの移動に使われる乗り物のことだ。楕円形の球体で普段は出入り口の乗り場で待機している。そのホームへは扉で閉ざされており、移動時にしか開閉されないようになっている。それを操作するのは、彼らだ。そういえば神迎えにも降りてくるはずだ。そう思うと複雑な感じだ。
「せ、先生!」
彼らのことを思いだしていると、上擦った声でラナが呼んだ。
「どうしたの?」
扉の隅を鼻が着くか着かないかの距離で凝視しているラナに近づく。ルルはもう飽きたのか岩によじ登って僕たちを遠巻きに眺めていた。
「ここ、ちょっとおかしいなって」
「うん?」
同じようにしてラナの横に顔を並ばせる。確かによく見れば四角く線が走っているように見えた。
「せ、先生……近い」
何故かラナは少し頭を下げると丁度、耳が顎に触れくすぐったい。
「なんか見つけた!?」
すると、先ほどまでいなかったはずのルルが割ってはいるようにしていきなり声をかけた。
「わわっ!?」
ラナは驚き横っ飛びでその場を離れる。が、そんな身のこなしなどできない僕は、体勢を崩して、当然、無意識に壁に手をついてしまった。
「あ……」
案外、ひんやりしている。と感想が頭に浮かぶのもつかの間、狙ったわけではない。ちょうどその四角い亀裂に手をついてしまっていた。
「つっ!」
ひんやりしていたはずの部分が唐突に熱く感じた。手を離そうとしたが、張り付いているのか剥がすことができなかった。四角形の上部から赤い光の線が現れ、手のひらを上から下へ降りて行き、また上へと戻った後、消えた。それと同時に張り付きから解放されると、勢い余って尻餅をついてしまった。
「うにゃ!?」
「いてて……」
不思議と痛くない。それどころか柔らかなクッションが下にあるような感じだった。不思議に思い、地面をまさぐると柔らかく、さらに気になり視線を向けると、一瞬で青ざめた。
「先生、大胆すぎ……」
「はわああ!?」
ほんのりと赤く頬を染め、こちらを見つめるルルに、下敷きにしてしまったと理解した僕は飛び退いた。きっとこの時だけはラナにも引けを取らない身のこなしだったに違いない。
「もー! 何やってるのルル!」
顔を覆っていたラナは顔を真っ赤にしてルルに詰め寄っていた。
「ごめんごめん、ちょっと計画と違ったみたい」
一体、なんの計画やら。ラナからのお咎めはルルだけのようで、一安心した。こんなのご両親に見られていたら終わりだ。まだ柔らかな感触が手に残っている。
「先生……! ナル先生!」
急に取り乱したように叫ぶクインに、我に帰りクインの震える瞳を追う。手を突いていた四角形の亀裂だった場所はきれいにそのままくり抜かれたようにへこんでいた。そしてくり抜かれたであろうそれは、その真下に静かに落ちていた。
「ま、まずいですよ……! 神の産物を壊したって知られたら……!」
それは僕も同じことを考えていた。触るどころか剥がしてしまった。不可抗力とはいえ、異端者のレッテルには十分な行為だった。
「にゃ!? ルルのせい?」
猫の一部が表にでるほどルルは取り乱していた。顔面は青ざめていて、それがどういうことか理解しているのだ。
「ルルは悪くないよ! 僕が手を突いたから!」
慌ててルルをわたわたと励ましていると、それを許さないと今度はラナが叫んだ。
「みず、みずが!」
気付けば洞窟の入り口からか足下に水が流れ込んできていた。
「すみません! 完全に忘れてました」
「なにを」
水の冷たさか冷や汗かは分からないが、背筋が凍った。
「満潮で沈みます!」
「よし、退散!!」
クインが言い切る前にきっぱりとはっきりと叫んだ。それを皮切りに皆、出口へかけていく。
「……だああああ! どうにでもなれ!!」
長方形の板を掴み、出口へと走った。これが万が一外に流れ出て、この一件が明るみにでれば、僕だけではなく子ども達にもまずいことになる。なら、確実に持って出たほうがマシだと思った。
逡巡していた間に皆の姿はすでに見えず、足首までつかり始めた海水に足を取られながら後を追った。あのあの苔が海水に埋もれても、干潮になり日光を浴びれば変わらず生え続ける強い品種だということに気付くべきだった。どうしようもない後悔に満たされながらも出口が見えた。かろうじて見えている陽の光が腰の部分まで光の道を照らして揺れていた。
皆はもう出ているようだ。それに一安心した。その油断が出口の岩を掴んだ時に現れた。
「うそだろ……」
掴んだ岩に生えた苔がぬるりと滑り、同時に大波が狭い出口を多い、陽を歪ませ僕を飲み込んだ。
扉に近づくと、余計にその大きさを実感する。取っ手はなく、隙間もないため風が抜けることもなかった。さすがに触れることはできなかった。
「これは、ゲットー間を結ぶ、連結路の扉のようにも思えますが、地下にあるなんて聞いたこともありません。先生は他のゲットーで見たことありますか?」
クインは同じく扉を仰ぎ見ながら質問してきた。流ちょうな口調からまだ興奮は冷め切っていないようだ。
「そうだね……。僕も見たことないよ。連結路はほら地上にあるからね。あれが唯一の移動手段だから。線路も一本だけのはずだし」
一年前にこちらに着いたことを思い出しながら、それを否定する。
ゲットーには一つだけ出入り口が存在する。もちろん極東ゲットーにおいても例外ではない。ゲットー間を結ぶ連絡路、それだけがここを出る唯一の手段だ。もちろん、いつでも自由に移動できるわけではない。年に一度、選ばれた亜種だけが他のゲットーから移動させられる。主な理由は、農業や鍛冶などの能力に長けた亜種が、他ゲットーの生活、貢献度の向上のために技術継承を行うためや、長く留まっている亜種を移動させることで馴れ合いによる生産性低下を防ぐため。またはそのゲットーに相応しくない者。
僕は最後の理由に類する。神迎えで選ばれない者、それは僕の記憶の欠落によるものが大きい。ある意味どうしようもない欠陥品が神迎えに選ばれるわけもなく、長年選出されない者がいることで、そのゲットーの地位の低下を招く要因の厄介払いというところだ。もちろん、僕よりも長く留まっている者もいるが、彼らにはまだ希望もあり、タラクなど神の命によってゲットーをまとめる役割の者もいる。つまり僕は定着を赦されない異分子といったところだ。
「ポッドがあったような気配もありませんし、まあ、この中にあるのかもしれませんが、この感じからしてずっと放置されているようですね」
クインは扉の前に生えた苔を屈んで見つめていた。確かに使われているのであれば、ここを出入りする者によって苔が生える余裕はないだろう。入り口も閉ざされていたことからも使われていないことが分かる。
「そうだね」
クインの意見を肯定すると、クインは気を良くしたのか心なしか胸を張って見せた。
ポッドというのは連絡路からの移動に使われる乗り物のことだ。楕円形の球体で普段は出入り口の乗り場で待機している。そのホームへは扉で閉ざされており、移動時にしか開閉されないようになっている。それを操作するのは、彼らだ。そういえば神迎えにも降りてくるはずだ。そう思うと複雑な感じだ。
「せ、先生!」
彼らのことを思いだしていると、上擦った声でラナが呼んだ。
「どうしたの?」
扉の隅を鼻が着くか着かないかの距離で凝視しているラナに近づく。ルルはもう飽きたのか岩によじ登って僕たちを遠巻きに眺めていた。
「ここ、ちょっとおかしいなって」
「うん?」
同じようにしてラナの横に顔を並ばせる。確かによく見れば四角く線が走っているように見えた。
「せ、先生……近い」
何故かラナは少し頭を下げると丁度、耳が顎に触れくすぐったい。
「なんか見つけた!?」
すると、先ほどまでいなかったはずのルルが割ってはいるようにしていきなり声をかけた。
「わわっ!?」
ラナは驚き横っ飛びでその場を離れる。が、そんな身のこなしなどできない僕は、体勢を崩して、当然、無意識に壁に手をついてしまった。
「あ……」
案外、ひんやりしている。と感想が頭に浮かぶのもつかの間、狙ったわけではない。ちょうどその四角い亀裂に手をついてしまっていた。
「つっ!」
ひんやりしていたはずの部分が唐突に熱く感じた。手を離そうとしたが、張り付いているのか剥がすことができなかった。四角形の上部から赤い光の線が現れ、手のひらを上から下へ降りて行き、また上へと戻った後、消えた。それと同時に張り付きから解放されると、勢い余って尻餅をついてしまった。
「うにゃ!?」
「いてて……」
不思議と痛くない。それどころか柔らかなクッションが下にあるような感じだった。不思議に思い、地面をまさぐると柔らかく、さらに気になり視線を向けると、一瞬で青ざめた。
「先生、大胆すぎ……」
「はわああ!?」
ほんのりと赤く頬を染め、こちらを見つめるルルに、下敷きにしてしまったと理解した僕は飛び退いた。きっとこの時だけはラナにも引けを取らない身のこなしだったに違いない。
「もー! 何やってるのルル!」
顔を覆っていたラナは顔を真っ赤にしてルルに詰め寄っていた。
「ごめんごめん、ちょっと計画と違ったみたい」
一体、なんの計画やら。ラナからのお咎めはルルだけのようで、一安心した。こんなのご両親に見られていたら終わりだ。まだ柔らかな感触が手に残っている。
「先生……! ナル先生!」
急に取り乱したように叫ぶクインに、我に帰りクインの震える瞳を追う。手を突いていた四角形の亀裂だった場所はきれいにそのままくり抜かれたようにへこんでいた。そしてくり抜かれたであろうそれは、その真下に静かに落ちていた。
「ま、まずいですよ……! 神の産物を壊したって知られたら……!」
それは僕も同じことを考えていた。触るどころか剥がしてしまった。不可抗力とはいえ、異端者のレッテルには十分な行為だった。
「にゃ!? ルルのせい?」
猫の一部が表にでるほどルルは取り乱していた。顔面は青ざめていて、それがどういうことか理解しているのだ。
「ルルは悪くないよ! 僕が手を突いたから!」
慌ててルルをわたわたと励ましていると、それを許さないと今度はラナが叫んだ。
「みず、みずが!」
気付けば洞窟の入り口からか足下に水が流れ込んできていた。
「すみません! 完全に忘れてました」
「なにを」
水の冷たさか冷や汗かは分からないが、背筋が凍った。
「満潮で沈みます!」
「よし、退散!!」
クインが言い切る前にきっぱりとはっきりと叫んだ。それを皮切りに皆、出口へかけていく。
「……だああああ! どうにでもなれ!!」
長方形の板を掴み、出口へと走った。これが万が一外に流れ出て、この一件が明るみにでれば、僕だけではなく子ども達にもまずいことになる。なら、確実に持って出たほうがマシだと思った。
逡巡していた間に皆の姿はすでに見えず、足首までつかり始めた海水に足を取られながら後を追った。あのあの苔が海水に埋もれても、干潮になり日光を浴びれば変わらず生え続ける強い品種だということに気付くべきだった。どうしようもない後悔に満たされながらも出口が見えた。かろうじて見えている陽の光が腰の部分まで光の道を照らして揺れていた。
皆はもう出ているようだ。それに一安心した。その油断が出口の岩を掴んだ時に現れた。
「うそだろ……」
掴んだ岩に生えた苔がぬるりと滑り、同時に大波が狭い出口を多い、陽を歪ませ僕を飲み込んだ。
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