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第二小節 彩るハルの季節、軋んでナル世界
e4 再会の注文
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結局、肉を捨てきれなかったマッツは馴染みということもあり互いの家近くの個人経営の居酒屋になった。焼肉まではないものの肉料理も魚料理もあり、そこはハルも否定などしなかった。
「とりあえず生で、お前は?」
「氷の水割り」
「ハル君、焼酎はまだ……って水か」
掘り炬燵式の座敷に座り、大将の奥さんが驚き、安心したように微笑み注文を受けていった。40後半ほどの夫婦がきりもりする大衆居酒屋”木村屋”はもうすぐ二十周年を迎える、地元に人気の居酒屋だ。広くはないが程良い広さの店内はカウンターも含め、暑さを吹き飛ばそうとするサラリーマンや地元の常連で賑わっていた。
「お前、そのネタいつまでやるんだ?」
そのネタというのは氷の水割りのことだ。昔からこの店ではその頼み方が常になっていた。
「本当に飲めるようになるまで、飲むかはわかんないけど」
かといって、飲んだことのないハルにとっては、そんなにうまいものなのかと仕切を挟んだ向こうで盛り上がりビールをあおる、腕まくりしたサラリーマン達を眺める。
「働いたら嫌でも飲む。そして、飲みたくなる。これは真理だ」
真面目な顔で言うマッツに、そういうものかととりあえず納得しておく。程なくして今度は奥さんではなくバイトだろう店員がやってきた。
「お待たせしましたー。お通しに、生ビールと氷の水割り……?」
どうやらそのまま注文を受け取ったようだった。それよりも聞き覚えのある元気な声に水滴がついた水のグラスから視線を動かせなかった。
「おう、さんきゅー。今日も入ってんのかリタ」
マッツは驚きもなく、リタという名前を出した所で、ハルの心臓がどくんと波打った気がした。
「あ、マッツー! と、あれ、ハルじゃん」
「お、おう」
ハルはなるべく平静を努めて、リタへと顔を向ける。そして釘付けになってしまった。長い髪は結われて丸くまとまり、派手ではないが淡いピンクの和服姿で口振りとは裏腹のおしとやかさが感じられた。
「ん、ハルの名前知ってんのか? 同じクラスとはいえ接点なさそうだけどな」
一ヶ月前に転入したとはいえ、今日久しぶりに登校したハルと砕けた感じで接するリタにマッツは生ビールを飲むのも忘れ驚いていた。
「あー、昼休みにたまたま、ね?」
返事をしないハルの代わりにリタが、同意を求める。
「あ、そ、そう」
詰まりながらハルは肯定する。手に持ったままのグラスはじんわりと右手を濡らしていた。
「それじゃ、また呼んでくださいねー」
その様子を気にとめることもなく、リタは他の客へと注文を取りに離れていった。小走りの中、裾から覗く真っ白なふくらはぎが見え隠れしていた。
「ま、とりあえずお疲れさん」
マッツは生ビールのジョッキをハルに傾ける。ハルは少し遅れて自分のグラスを合わせた。溶け始めていた氷が衝撃で軽い音を立てながら水へと沈んだ。
一口含んだハルに対して、喉を鳴らしながらビールを流し込むマッツがジョッキをテーブルに置けば、既に半分くらいに減っていた。
「ぷっはぁ! うんめえ!」
きっとあの表情は甲子園に行くことができたとしても現れることはないだろうだ。嫌なものをすべて胃の中へ流し込むような爽快感は、その栄光には似つかわしくない。年々遅くなる梅雨明けの湿気も吹き飛ばすものだろう。
「好きなもん頼めよ!」
景気の良い顔をしてメニューを差し出してくる。遠慮なく頼もうとハルはページをめくっていると、煙が目の前を過ぎり、顔を上げると、マッツは電子タバコを口に咥えていた。
今度は奥さんが注文を取りに来て、刺身から始まりいろんなものを頼んでいった。今は笑顔だが、会計時には青ざめそうなものだがボーナスが出たのだから許してくれるだろう。それに遠慮されるのは嫌なマッツなのでこれはこれで良かった。
「もう電子タバコにしたん?」
葉巻タバコよりも二倍ほど長い筒の先端を青く光らせ、マッツは水蒸気の煙を吐く。水蒸気が故に臭いも煙も漂うことはなかった。
「ん、ああ、あんときからなんとなくな」
あんときというのは彼の姉、ハルの母が亡くなったことだというのは、もちろん分かっていた。それが自身の健康とは別にハルのためだということも知っていた。だが、ハルとしてはタバコの煙は別に嫌ではなく、ただ副流煙に始まる昨今のタバコ排除の情勢も利いているのだろう。ハルの健康も気にして、というところだった。
この居酒屋で葉巻タバコも禁止ではないのだが、増税で高額となったこともあり、周りは電子タバコが多く、一部葉巻タバコを吸う人間も分煙の名の下、区切られた場所に寄せられていた。
「で、まさかリタと知り合ってたなんてな。まああいつの性格上、そうなっててもおかしくないが。惚れたのか?」
水を含んだ時に言われたもんだから、吹き出しそうになり、なんとか流し込んだものの咳が止まらなかった。
「な、なんでだよ。馬鹿か」
ハルは急いで抗議する。
「あらまあ、そうなの? ハル君」
また丁度良いときに刺身の盛り合わせを運んできた奥さんが、嬉しそうに微笑む。
「いやいや、たった一日でそうなるわけないでしょ」
妙な汗が噴き出し、ハルはおしぼりで額を拭った。
「そうねえ。たった一日じゃねえ」
それを前向きに受け取ったらしく、含み笑いを浮かべたまま、その場を後にした。それからというものの、奥さんではなく、リタがまるで担当のようにこのテーブルに来るようになり、余計なお節介に刺身の味も薄れて感じた。
「んでよ、今年は野球部も順調でな。甲子園も夢じゃねえ」
既に何杯目かのジョッキを傾け、赤らめた顔でコーチを努める野球部を語る。そろそろ日本酒にでも行くのだろう、飲み物のメニューを話しながら開いていた。
「エースで四番なんて古いマンガの主人公みたいだよな」
水は既にやめてジンジャーエールの強い炭酸をハルは選んでいた。どことなくビールに合わせたかったこともあり、炭酸強めにして気分を合わせようとしていた。
「だよなあ。最近じゃ才能溢れる天才ってよりかは努力して皆でがんばるーってのが多いもんな。ああ、リタ、これの冷酒で」
その発言はコーチとしてどうなのだろうとハルは思ったが、酔っているマッツに言ったところでどうしようもないので口には出さなかった。
「だと思って、限定酒持ってきたよ」
リタは既に一升瓶に升とグラスを持ってきていた。長くても一ヶ月だというのにマッツの飲み方を把握しているのは、単にリタが気配り上手なのか、マッツが入り浸っているのか、もしくは両方か。
「お、いいね。頼む」
「かしこまりー」
紐で裾をまくったリタの両腕は病的に白く、暖かい色合いの照明をそのまま反射していた。升に収まったグラスに透明で澄んだ酒が、トットットと注がれていく。グラスから当然あふれ出て、升へと受け止められる。サービスと、升にも結構な量がなみなみとと注がれた。
「はい、どうぞー。ハルもいっとく?」
悪戯な笑顔に思わずハルは頷きそうになる。それほど彼女の笑顔が魅力的に感じた。
「なーんてね。ジンジャーエール持ってくるね」
「え、ああ、お願いします」
「敬語いらないよー」
リタは振り向きながら離れていく。珍しく客も既に少なくなっており喧噪もなりを潜め始めていた。
「う、これは何杯もいけるやつだ」
マッツはグラスに滴る酒をふき取り、一口、二口飲み出すと、感想を漏らした。なんでも水のようなものらしいが、だったら水でいいのではとハルは思うが、それとこれとは違うらしく、大人にしか分からないものだと考えるのはやめた。
「そういや、コウキも心配してたぞ。朝迎えにいくってまで言っててな。さすがに朝練もあるから監督に怒られてたけどな。仲良いんだろ?」
コウキの話に戻り、マッツはまた酒を喉に流す。相当酔っているようだが、まだ目は据わっていなかった。
「まあ、良かったね」
それは過去形が正しい。既に空になったジンジャーエールのグラスは溶けた水だけで、なんとも希薄な味がした。コウキは確かにいい奴だ。それは知っている。だが、その好意を素直に受け入れることはできない。
「ん、コウキ君の話? ほい、おかわり」
すると、リタが間に入ってきた。ジンジャーエールと自分用にアイスティを片手にして、ハルの隣へと無遠慮に座った。
「お、おい、いいのかよ」
バイト中に合流して良いのかと思ったが、すんなりと席を横にずらしてしまった。
「うん、お客さんも落ち着いたから、いいって大将達が」
ハルはカウンターを向くと、夫婦並んで親指を立てていた。本当にお節介な夫婦だったが憎む気持ちはまったく生まれない。ハルを支えた面倒見の良い夫婦だった。
「ああ、コウキがハルを心配してたって話さ。学校に全然こないから、あいつが迎えにいくって話してんだよ。リタも転入したばかりのころ結構、お節介やいてたろ。さて、ちょっとトイレ」
マッツは先ほどの話を短く纏め我慢でもしていたのか尿意に席を立った。転入したばかりのリタもハルキはなにかと早く馴染めるようにと世話をしていたらしく、誰かれ構わず世話を焼くのは、昔からだった。
「へえ、やっぱり優しいんだね」
リタの言葉にハルの心臓がちくりとした気がした。ファンクラブができるほどの人気があるコウキがその瞳に映っているのかと思うと、妙な感じで、誤魔化すように強炭酸の刺激で上書きしたが、拭いきれず嫌気が差してうつむき加減だった。
「でも、あたしはあんまり好きじゃないけどね」
ハルは思わずリタ見上げた。その顔は笑顔ではあったが、どこか冷めていて、同時にハルの心臓は鼓動を早め熱い血液が全身を巡った。
「なんでだよ?」
何故か棘のある言い方になってしまった。リタはうーんと考えた後、一言で理由を言った。
「なんか、うさんくさい」
ハルは言葉を失った。リタがそんな言葉を選ぶなどとは思わなかったこともあるが、それ以外に大きな理由があったからだ。
「お前……」
「あ、ごめん、友達だったよね。忘れて!」
咎められると察したのか、リタは心底申し訳なさそうにハルへと頭を下げた。
「いや、すげえなって思っただけ」
まさか、誉められるとは思っておらず、リタはきょとんと目を丸めた。
「すごいって?」
「あいつは……、いや、一ヶ月しか経ってないのにそんな風に言えるんだなって」
リタは誉められたわけではないと受け止め、そうだね、と元気が萎んだ。ハルはそういうつもりはなかったのだが、取り繕うような言葉選びができず、帰ってきたマッツで等々そのタイミングは失われた。
「お、どうした?」
空気が沈んでいるのを察したのは、さすが教師だったがさすがに理由までは察せるわけはなかった。
「ううん! ちょっと疲れただけ! 居心地良くて、実家のような安心感ってやつ!」
リタが取り繕うと、酔いのせいか素直に受け取ったマッツは、また酒を傾けた。残った刺身が乾き始めていた。
「とりあえず生で、お前は?」
「氷の水割り」
「ハル君、焼酎はまだ……って水か」
掘り炬燵式の座敷に座り、大将の奥さんが驚き、安心したように微笑み注文を受けていった。40後半ほどの夫婦がきりもりする大衆居酒屋”木村屋”はもうすぐ二十周年を迎える、地元に人気の居酒屋だ。広くはないが程良い広さの店内はカウンターも含め、暑さを吹き飛ばそうとするサラリーマンや地元の常連で賑わっていた。
「お前、そのネタいつまでやるんだ?」
そのネタというのは氷の水割りのことだ。昔からこの店ではその頼み方が常になっていた。
「本当に飲めるようになるまで、飲むかはわかんないけど」
かといって、飲んだことのないハルにとっては、そんなにうまいものなのかと仕切を挟んだ向こうで盛り上がりビールをあおる、腕まくりしたサラリーマン達を眺める。
「働いたら嫌でも飲む。そして、飲みたくなる。これは真理だ」
真面目な顔で言うマッツに、そういうものかととりあえず納得しておく。程なくして今度は奥さんではなくバイトだろう店員がやってきた。
「お待たせしましたー。お通しに、生ビールと氷の水割り……?」
どうやらそのまま注文を受け取ったようだった。それよりも聞き覚えのある元気な声に水滴がついた水のグラスから視線を動かせなかった。
「おう、さんきゅー。今日も入ってんのかリタ」
マッツは驚きもなく、リタという名前を出した所で、ハルの心臓がどくんと波打った気がした。
「あ、マッツー! と、あれ、ハルじゃん」
「お、おう」
ハルはなるべく平静を努めて、リタへと顔を向ける。そして釘付けになってしまった。長い髪は結われて丸くまとまり、派手ではないが淡いピンクの和服姿で口振りとは裏腹のおしとやかさが感じられた。
「ん、ハルの名前知ってんのか? 同じクラスとはいえ接点なさそうだけどな」
一ヶ月前に転入したとはいえ、今日久しぶりに登校したハルと砕けた感じで接するリタにマッツは生ビールを飲むのも忘れ驚いていた。
「あー、昼休みにたまたま、ね?」
返事をしないハルの代わりにリタが、同意を求める。
「あ、そ、そう」
詰まりながらハルは肯定する。手に持ったままのグラスはじんわりと右手を濡らしていた。
「それじゃ、また呼んでくださいねー」
その様子を気にとめることもなく、リタは他の客へと注文を取りに離れていった。小走りの中、裾から覗く真っ白なふくらはぎが見え隠れしていた。
「ま、とりあえずお疲れさん」
マッツは生ビールのジョッキをハルに傾ける。ハルは少し遅れて自分のグラスを合わせた。溶け始めていた氷が衝撃で軽い音を立てながら水へと沈んだ。
一口含んだハルに対して、喉を鳴らしながらビールを流し込むマッツがジョッキをテーブルに置けば、既に半分くらいに減っていた。
「ぷっはぁ! うんめえ!」
きっとあの表情は甲子園に行くことができたとしても現れることはないだろうだ。嫌なものをすべて胃の中へ流し込むような爽快感は、その栄光には似つかわしくない。年々遅くなる梅雨明けの湿気も吹き飛ばすものだろう。
「好きなもん頼めよ!」
景気の良い顔をしてメニューを差し出してくる。遠慮なく頼もうとハルはページをめくっていると、煙が目の前を過ぎり、顔を上げると、マッツは電子タバコを口に咥えていた。
今度は奥さんが注文を取りに来て、刺身から始まりいろんなものを頼んでいった。今は笑顔だが、会計時には青ざめそうなものだがボーナスが出たのだから許してくれるだろう。それに遠慮されるのは嫌なマッツなのでこれはこれで良かった。
「もう電子タバコにしたん?」
葉巻タバコよりも二倍ほど長い筒の先端を青く光らせ、マッツは水蒸気の煙を吐く。水蒸気が故に臭いも煙も漂うことはなかった。
「ん、ああ、あんときからなんとなくな」
あんときというのは彼の姉、ハルの母が亡くなったことだというのは、もちろん分かっていた。それが自身の健康とは別にハルのためだということも知っていた。だが、ハルとしてはタバコの煙は別に嫌ではなく、ただ副流煙に始まる昨今のタバコ排除の情勢も利いているのだろう。ハルの健康も気にして、というところだった。
この居酒屋で葉巻タバコも禁止ではないのだが、増税で高額となったこともあり、周りは電子タバコが多く、一部葉巻タバコを吸う人間も分煙の名の下、区切られた場所に寄せられていた。
「で、まさかリタと知り合ってたなんてな。まああいつの性格上、そうなっててもおかしくないが。惚れたのか?」
水を含んだ時に言われたもんだから、吹き出しそうになり、なんとか流し込んだものの咳が止まらなかった。
「な、なんでだよ。馬鹿か」
ハルは急いで抗議する。
「あらまあ、そうなの? ハル君」
また丁度良いときに刺身の盛り合わせを運んできた奥さんが、嬉しそうに微笑む。
「いやいや、たった一日でそうなるわけないでしょ」
妙な汗が噴き出し、ハルはおしぼりで額を拭った。
「そうねえ。たった一日じゃねえ」
それを前向きに受け取ったらしく、含み笑いを浮かべたまま、その場を後にした。それからというものの、奥さんではなく、リタがまるで担当のようにこのテーブルに来るようになり、余計なお節介に刺身の味も薄れて感じた。
「んでよ、今年は野球部も順調でな。甲子園も夢じゃねえ」
既に何杯目かのジョッキを傾け、赤らめた顔でコーチを努める野球部を語る。そろそろ日本酒にでも行くのだろう、飲み物のメニューを話しながら開いていた。
「エースで四番なんて古いマンガの主人公みたいだよな」
水は既にやめてジンジャーエールの強い炭酸をハルは選んでいた。どことなくビールに合わせたかったこともあり、炭酸強めにして気分を合わせようとしていた。
「だよなあ。最近じゃ才能溢れる天才ってよりかは努力して皆でがんばるーってのが多いもんな。ああ、リタ、これの冷酒で」
その発言はコーチとしてどうなのだろうとハルは思ったが、酔っているマッツに言ったところでどうしようもないので口には出さなかった。
「だと思って、限定酒持ってきたよ」
リタは既に一升瓶に升とグラスを持ってきていた。長くても一ヶ月だというのにマッツの飲み方を把握しているのは、単にリタが気配り上手なのか、マッツが入り浸っているのか、もしくは両方か。
「お、いいね。頼む」
「かしこまりー」
紐で裾をまくったリタの両腕は病的に白く、暖かい色合いの照明をそのまま反射していた。升に収まったグラスに透明で澄んだ酒が、トットットと注がれていく。グラスから当然あふれ出て、升へと受け止められる。サービスと、升にも結構な量がなみなみとと注がれた。
「はい、どうぞー。ハルもいっとく?」
悪戯な笑顔に思わずハルは頷きそうになる。それほど彼女の笑顔が魅力的に感じた。
「なーんてね。ジンジャーエール持ってくるね」
「え、ああ、お願いします」
「敬語いらないよー」
リタは振り向きながら離れていく。珍しく客も既に少なくなっており喧噪もなりを潜め始めていた。
「う、これは何杯もいけるやつだ」
マッツはグラスに滴る酒をふき取り、一口、二口飲み出すと、感想を漏らした。なんでも水のようなものらしいが、だったら水でいいのではとハルは思うが、それとこれとは違うらしく、大人にしか分からないものだと考えるのはやめた。
「そういや、コウキも心配してたぞ。朝迎えにいくってまで言っててな。さすがに朝練もあるから監督に怒られてたけどな。仲良いんだろ?」
コウキの話に戻り、マッツはまた酒を喉に流す。相当酔っているようだが、まだ目は据わっていなかった。
「まあ、良かったね」
それは過去形が正しい。既に空になったジンジャーエールのグラスは溶けた水だけで、なんとも希薄な味がした。コウキは確かにいい奴だ。それは知っている。だが、その好意を素直に受け入れることはできない。
「ん、コウキ君の話? ほい、おかわり」
すると、リタが間に入ってきた。ジンジャーエールと自分用にアイスティを片手にして、ハルの隣へと無遠慮に座った。
「お、おい、いいのかよ」
バイト中に合流して良いのかと思ったが、すんなりと席を横にずらしてしまった。
「うん、お客さんも落ち着いたから、いいって大将達が」
ハルはカウンターを向くと、夫婦並んで親指を立てていた。本当にお節介な夫婦だったが憎む気持ちはまったく生まれない。ハルを支えた面倒見の良い夫婦だった。
「ああ、コウキがハルを心配してたって話さ。学校に全然こないから、あいつが迎えにいくって話してんだよ。リタも転入したばかりのころ結構、お節介やいてたろ。さて、ちょっとトイレ」
マッツは先ほどの話を短く纏め我慢でもしていたのか尿意に席を立った。転入したばかりのリタもハルキはなにかと早く馴染めるようにと世話をしていたらしく、誰かれ構わず世話を焼くのは、昔からだった。
「へえ、やっぱり優しいんだね」
リタの言葉にハルの心臓がちくりとした気がした。ファンクラブができるほどの人気があるコウキがその瞳に映っているのかと思うと、妙な感じで、誤魔化すように強炭酸の刺激で上書きしたが、拭いきれず嫌気が差してうつむき加減だった。
「でも、あたしはあんまり好きじゃないけどね」
ハルは思わずリタ見上げた。その顔は笑顔ではあったが、どこか冷めていて、同時にハルの心臓は鼓動を早め熱い血液が全身を巡った。
「なんでだよ?」
何故か棘のある言い方になってしまった。リタはうーんと考えた後、一言で理由を言った。
「なんか、うさんくさい」
ハルは言葉を失った。リタがそんな言葉を選ぶなどとは思わなかったこともあるが、それ以外に大きな理由があったからだ。
「お前……」
「あ、ごめん、友達だったよね。忘れて!」
咎められると察したのか、リタは心底申し訳なさそうにハルへと頭を下げた。
「いや、すげえなって思っただけ」
まさか、誉められるとは思っておらず、リタはきょとんと目を丸めた。
「すごいって?」
「あいつは……、いや、一ヶ月しか経ってないのにそんな風に言えるんだなって」
リタは誉められたわけではないと受け止め、そうだね、と元気が萎んだ。ハルはそういうつもりはなかったのだが、取り繕うような言葉選びができず、帰ってきたマッツで等々そのタイミングは失われた。
「お、どうした?」
空気が沈んでいるのを察したのは、さすが教師だったがさすがに理由までは察せるわけはなかった。
「ううん! ちょっと疲れただけ! 居心地良くて、実家のような安心感ってやつ!」
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