来なかった明日への願い

そにお

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第二小節 彩るハルの季節、軋んでナル世界

p10 神の敵か

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 あれは、最初に記憶が始まったゲットーだった。山中の森で倒れていた僕を拾ってくれたのは、ミリアという妖精族の女性だった。山菜取りに壁近くまで上っていた彼女は、枯れ木だと最初思ったらしい。それほど痩せこけていたのだ。彼女はよくしてくれた。彼女の家族も同じく暖かく迎えてくれた。
 ただ記憶がない、ということだけは彼女達以外は受け入れてくれなかった。ただでさえ治安の悪いゲットーだ。最近では反乱を企てるものもいるという噂があり、僕もその一味で嘘をついているのだと、そのゲットーの長は決めつけた。それでもミリア達は僕に親身にしてくれていた。
 そして、神迎えの時、事件は起きた。僕は何もできなかった。何が起きているかわからなかった。立ち上る黒煙、辺りを満たす鉄の入り交じった生ぬるい臭い、何度目かの爆発で弾かれるように僕も皆と同じように逃げ回った。そしてミリア達を探した。無事を願いながら同胞の物言わぬ死体を目の当たりにしながら。

「止まれ」

 路地を曲がったところで抑揚のない平坦な声に呼び止められた。構わず走ってもよかったが、この状況で感情の起伏がない声に止まらざるを得なかった。それは彼らだからだ。突然、後頭部に衝撃が走る。つんのめって倒れると、何が起きたのかも分からず、神を乱暴に持ち上げられた。そのまま跪かされ顔を上げさせられる。

「問い。お前は神の敵か」

 冷淡なのは、その表情もだった。必要最低限の筋肉しか動かさず口周りだけが動き、その目には生気がない。

機械人形オートマタ……」

 そう口に出ると、質問をしてきた機械人形ではなく、髪を掴み上げていた機械人形に手加減なしに頭を地面に叩きつけられる。痛みを認識する前にまた、乱暴に持ち上げられる。どろりと額から流れるものを感じた。

「問い。お前は神の敵か」

 視界が真っ赤にそまるものの黒装束の機械人形は、同じ質問を繰り返す。

「ち、ちが……う」

 掠れてはいたが、かろうじて否定することができた。そうすると目の前に黒い小型の装置を向けられ、違う赤い閃光が目の前を更に真っ赤に染めた。

「スキャニング……完了。虚偽の申告と断定。殺処分とする」

「な、なん……で」

 嘘なわけがない。神に忠誠を誓い、記憶がなくても神迎えで選ばれたいと願っていた僕が、神の敵であるわけがない。いや、その失った記憶こそが虚偽だと告げているのか? 小型装置、汎用スキャナーは嘘を見破ることができる装置だとは後で知った。それを機械人形は左足の金具に引っかけ、右足についていた別の黒い物を取り外して、こちらに向けた。それが銃だと、機械人形に許された異端者を殺す武器だとすぐにわかった。グリップを片手で握り、引き金に指をかける。蒼い光が持ち主を認証したかのようにグリップを握る手から黒い銃口へと延びきり、そして僕は死を悟った。
 しかし、その瞬間は代わりに軽い炸裂音で訪れることはなかった。銃口がゆっくりとその方向へ標的を変える。連続する炸裂音の後、機械人形は糸の切れた人形のように重力に負け、地に伏した。ふと上向きの力がなくなり、頭が再び地面へ叩きつけられる。僕を掴んでいた機械人形も地に倒れていた。

「助かった……?」

 しかし、そうは甘くはなかった。こちらに駆け寄る足音で、まだ助かってはいないことに気付く。

逃げないと……逃げる? どうして? ……生きたいからに決まっているだろう。そうだ、生きるんだ。

 気力は十分なものの、頭へのダメージで体が言うことをなかなか利かない。足音は寸前に迫っている。

逃げる。逃げろ……死にたくない。自分が何者かも分からずに死ねるわけがない!

 立ち上がるのは諦め、両腕だけで這うようにして進んでいく。追いつかれるのは目に見えていたがそれでも、当時の僕は、不思議なほど生に執着していた。

「……! ……おい!」

 だめだ。追いつかれた。今度こそ死を覚悟した。だが、それは違った。

「ステイ……?」

「しっかりしろ! まだ生きてんだろ!」

 抱え上げられ、真横に近づいた顔がミリアの夫ステイだと気付く。

「止まれ!!」

「だれが止まるかっての!」

 追いついてきた機械人形が僕たちを呼び止めるが、それにどこから調達したのか片方の手に握られた銃を機械人形に向けて引き金を引いた。蒼い光はない。たが代わりに火花とさっきと同じ炸裂音で目と耳が痛くなった。つむった目を開けると、機械人形は倒れていた。

「ははっ、ざまあねえ! 鉛玉でお前等は死ぬんだよ!」

「ステイ! こっちに早く!」

 また聞き覚えのある声だ。間違えるわけもない。ミリアだ。小屋の前でこちらに手を振っている。ステイの支えもいらなくなり、覚束ない足取りでミリアの元へと駆ける。ミリアの表情が焦りに変わると同時に頬を蒼い閃光がかすめ小屋へ着弾した。熱傷が痛みを告げる。聞こえなくなったもう一人の足音を確かめるために振り向くと、ステイは銃を持つ右手をもろとも吹き飛ばされ、機械人形の持つ剣で胸を貫かれる瞬間だった。
 顔をミリアに戻すと、また蒼い閃光が過ぎ去り、ミリアの胸を貫いた。

「ミリア!」

 崩れ落ちそうになるミリアを寸でで抱き抱える。それでもミリアはそのまま腕を上げ、銃を発砲する。機械人形は打ち抜かれ倒れ込む。

「はあ……はあ……。ごめんなさいね。巻き込んじゃって……あなたは早く逃げなさい。ここは粛正区域になるわ……今なら連絡路にポッドがあるはず。逃げて」

「何を言ってるんだよ!」

 どんどんとミリアを掴む手が冷たさを感じ取っていく。

「いきなさい!」

 瀕死にも関わらず僕を弾き飛ばし、再び銃を撃つ。ミリアの顔面が蒼に変わる寸前に、彼女は僕に笑った気がした。


「……い、んせい……! ナル先生!!」


 目を開けると目の前に良く知った顔がそこにあった。ラナは目を開けた僕を数秒見つめると、弾かれたように顔を上げた。

「起きた! 起きたよ!! よかったあ……」

 そうしてすぐ顔を肩に埋めて泣き始めた。

「ラナ……。そうか、溺れたんだっけ」

 過去の幻想が現実へと塗り変わっていく。すすり泣くラナの頭をそっと撫でる。がさがさの髪質は、塩水のせいだろう。流さずに看病してくれたようで、より優しく頭を撫でた。
 重い首を多少回しながら見渡すと自室のようで、わざわざ運んでくれたことに気付いた。

「先生、泳げないんですね」

 この声はクインだ。彼の服は腰付近まで色が濃く、乾ききってはいないようだ。ルルも同じで疲れた顔でこちらを眺めていた。

「……皆が助けてくれたのかい?」

 喉が乾いていて少し痛みもあった。やはり海水はそれなりに飲んでしまったようだ。

「いえ……、海から助けたのは――――」

「あたしだよー!」

 唐突に元気に溢れた声が耳に響く。ゆっくりと体を起こすとラナは顔を見られたくなかったのか、手で隠しながらルルの元へと走っていった。声の主を追う。

「セラ……。そうか。納得した。ありがとう」

「ふっふーん。礼には及ばんよ。くるしゅうないくるしゅうない」

 どこで覚えたのか変な言い回しで腕を組み、うんうんとうなずくセラ。魚鱗族であれば海に沈んだ僕を運ぶことなど容易なことだろう。得意げにしているセラではあったが、少しだけ気になることがあった。

「本当に助かったよ。皆もありがとう。ところで、あの時間に海にいたのかい?」

「え? そうだよ? あの時間は誰もいないから好きに泳げるんだあ。それで帰ろうかなって思ってたら、皆を見つけて、頼まれて、潜って、先生発見、的な感じ」

「なるほど」
 
 なるほど、そういうことだったか。黄昏時、海が赤く染まり外海と同化する時間帯に、普通近寄る魚鱗族も住民もいない。そこは貸切状態だと知っていたセラは怖がることもなく、そこにいただけだったのだ。物怖じしない性格だと思っていたが、それで助けられるとは、本当に運が良かった。
 程なくして、それなりに遅い時間になっていたため、お礼は後日返すことにして、皆を帰宅させた。

「ふう……今日はいつになく濃い1日だった。べたべたするな……」

 体に乾いた塩が張り付き、嫌なべたつきから解放しようとシャワーを浴びに向かう。インフラ関係に不自由しないことは、素直に神に感謝する。どこで水を温めているのかは、考える意味もなかった。
 そういえば服が着替えられているが、きっとクインがやってくれたんだよな。うん。そうに違いない。海水に浸された服は部屋の中で干されているのを有り難く思いシャワー室へ向かった。

 固定された管に繋がっている縦回転式の蛇口をひねる。片方で温度を調整し、蓮口から吹き出す水が程なくして気持ちの良い温かさになるのを確認して、頭から浴びる。お湯が打ち付ける。この温かさと、滝に打たれるような音が世界を支配する。この時間は油断すると物思いにふけるほど心地よいもので、今回も例外はなかった。
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