来なかった明日への願い

そにお

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第二小節 彩るハルの季節、軋んでナル世界

p18 神現し

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 エナは途中で黒の剣を受け取った。ヴァギがこしらえた一本の剣。エナは抜き身の剣を、片膝をつき、神の前へと柄を差し出した。あの黒の剣はかつての僕たちの罪の証だ。反旗の象徴としての刃、そして、その罪深さで染め上がった漆黒。その僕らの原罪の象徴を神に捧げることによって、許しを得る。そうして神迎えの儀は完遂される。

「その剣を赦しの証として受け入れよう。二度とその刃を向けぬように。二度と罪を背負わないように。そなたの正しき心によって、神はまず、あなたを赦す。そして近く全ての者が再び神の元へ戻ってくることを願う」

 イルミナ様は剣を受け取り、エナの肩に一旦添える。そして、剣を上げるとカイルではなく名も知らぬ栗毛の亜種の少女が膝を突き純白の鞘を差し出す。イルミナはそれを受け取り、ゆったりとした動作で漆黒を純白へ納めていく。静けさに響く、カチン、という音がここまで聞こえた。

「罪は赦された。これからよろしくお願いします。エナ」

 堅い口調から少し柔らかさをもってイルミナ様は話しかけるとエナはまた肩を震わせて泣いていた。遠くからは聞こえないが、なにやら耳打ちしたようにも見える。それからエナは泣いたのだ。


 これにて神迎えは終わる。はずだった。しかしカイルが叫んだ言葉は、締めの言葉だけではなかった。

「これにてこの度の神迎えを終える。そして、カグチ・イルミナ様より、お言葉を頂く」

 それは、初めてのことだった。以前までなら神迎えに選ばれた亜種と神塔から上がり神舟が飛び立つはずだった。だが、まだ何か続くらしい。だからこその二日目だったのかもしれない。
 エナは少女に促され、立ち上がり奥へと下がった。イルミナ様はゆったりとした動作でこちらを見下ろし、両手を開いた。

「皆、いつもと違った神迎えとなってしまい、気苦労をかけました。今をもって今回の神迎えは終わります。日をあまり置かなかったにも関わらずエナ、という素晴らしい者を迎えることになりました」

 なんてことはない。普通の挨拶だ。わざわざ時間を取るようなことだろうか。まさか次の神迎えだろうか? いやそんなことはさすがになさそうだが。

「皆さんにお知らせすることがございます。これは他の全てのゲットーでそれぞれの神によって同時に宣言されます」

 皆、ざわつき始める。僕には検討つかなかったが、特に年輩者、それも妖精族がやけに慌てていた。ダラクはまさかといった表情だった。

「本日より新たな神現しを宣言します」

 一際、大きく地上がどよめいた。神現し。その名前くらいは聞いたことはあったが、内容までは把握していなかった。隣のラナは、僕に聞きたげだったが、察したのかあきらめてくれたようだ。

「神現し、命の長い妖精族以外はあまり記憶にないのかもしれませんね。神現しとは、新たな大神の選出です。私たち神族には役割によって呼称が変わっています。神界で暮らす神民、神迎えによって選ばれた亜種の指導、神界を守護する神官。そして、ゲットーを見守る我ら八人の聖神、そして、全ての神を束ねる大神。おおざっぱですが、そんなところです」

 それは公然と知られていない事実だった。役割によってとは言うが、まるで身分さのように感じるのは僕だけなのだろうか? 一種の政治体系……ん、なんだっけそれ。

「現大神、ソルア、神名をオオミカミ、ソルア・オオミカミはその役割を終え、輪廻に還ることを決めました。それに伴い、新たな大神の選出を宣言したのです」

 すごいことなのだろう。周りもよく分からない様子だがその力強い演説にほだされ歓声を上げている。たぶん、その意味をちゃんと理解しているのはダラクを初め、妖精族の、特に長命な亜種だろう。それほどまでにそのサイクルは長い。神が望まない限りは不老不死と聞いてはいた。たぶん大神は望んで世界を巡り転生することを選んだのだろう。生きすぎて飽きるとかあるんだろうか。


「聖神である我々が上がるわけではありません。まだ神名を持たない神族八人が候補者となります。その神現しの儀の発表もかねてはいますが、なぜこうして私が皆さんに語りかけているのか。もう一つ理由があるからです。ソルア・オオミカミは……あなたたち亜種の一方を候補者それぞれの守護者として取り立てることと決定されました」

 幾ばくかの沈黙、誰もがその言葉を理解しようと黙りこくった。ふとダラクを見ると、もう把握したのか口をぱくぱくとしているが声には出ないようだった。

「つまり……神迎えとは別に、亜種が神界に上がることになるのです。それも大神候補の守護者として、最高の誇りを飾るのです!」

 その途端、波が打ち寄せるように歓声が流れた。小さなうねりが合わさり大きなうねりとなって。ラナは耳を押さえてその大波に耐えていた。しばらく味わうかのように静かに待つイルミナ様がようやく肘を上げると、打って変わって静まり返る。

「では、その八人の一人、大神候補者を呼びましょう」

 妙な緊張感が周囲には漂った。それは互いに張り付き蜘蛛の糸のように互いの動きを固めた。それは期待か選ばれるかもしれないという希望かはそれぞれだ。僕はある意味、推測を確信するに至っていた。それに期待も希望もまだ生まれていない。ただパズルが完成する妙な納得だった。

 大神候補、彼女は八位だと言っていた。その時は何かも分からなかったが、きっとそういうことなのだ。だから、ここにいたんだ。守護者を選ぶために。

 別の意味で緊張がついてくると、神塔の入口が開き、人影が揺れては近づいてくる。僕は息を呑んだ。鼻から上をベールで隠して、灰色の衣装姿から伺える体のライン、全ての要素が肯定を告げていく。

「私は……大神候補第八位、リタ。あなた達の……神です」

 波がまたうねる。僕はその波に呑まれて叫ぶことも手を伸ばすこともできなかった。ラナの頭から手が放れだらりと垂れ下がったことにも気づかず、ただ押し黙っている君を眺めていた。

 
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