シャロン・ホームズの助手

十二田 明日

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第4章 終わらない事件 Ⅱ

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 切り裂きジャックの事件がまた起きた──とはつまりは、婦女子を狙ったバラバラ殺人がまた起きたというものだった。

「しかしそれだけなら切り裂きジャックの事件とは言えないのでは」
「それだけじゃない」

 レストレード警部は懐から手紙を取り出す。それは犯行予告文だった。差出人の名前には切り裂きジャックと書かれている。

「この切り裂きジャックを名乗る、ロンドン警視庁宛ての新しい犯行予告文なんだが、一般に公開していないこれまでの犯行予告と同じ紙質、同じ筆跡、同じ様式で出されている。以上のことから、新たな切り裂きジャック事件だとロンドン警視庁は判断した」
「……切り裂きジャックはあいつ以外にもいたのか?」

 誰に訊ねるでもなくワトソンが呟いた。

「そう考えた方が自然だが……犯行予告文の筆跡まで同じというのが、色々と引っ掛かるな……」

 ホームズは神妙な顔で腕組みをする。
 レストレード警部は一度居住まいを正してから頭を下げた。

「切り裂きジャックことジェイコブを逮捕できたのはシャロン・ホームズ、貴殿の働きによるところが大きい。今回もぜひ力を貸してもらいたい」

 珍しい警部の改まった言動と行動に、ホームズは「おや?」っと目を瞬かせる。

「これは意外な申し出だね。てっきり私は警部から嫌われているものと思ったが」
「今でも別にお前の事は好きじゃない。警察の領分に面白半分で踏み入るムカつく奴だと思っているし、こうして頭を下げるのは屈辱的だ」
「……結構ぶっちゃけるね警部」
「だが──」

 頭を下げたままレストレード警部は続ける。

「お前の推理力の高さは認めている。その能力が我々警察より高いことも。ジェイコブを逮捕できたのもお前たちの力によるところが大きい、それは認めざるを得ない事実だ──私たち警察の使命も事件を解決し、市民を守る事だ。その為に必要なら、嫌な奴にだって頭を下げるさ」

 一息でそう言い切るレストレード警部。警部はジェイコブを確保した時に二人の活躍を目の当たりにしたことで、大分と評価を改めてくれたらしい。

 自分よりも一回りも二回りも若い生意気な女に頭を下げる姿は、はた目には無様で情けない姿に見えるかもしれない。しかしそんな無様を厭わずしっかりと頭を下げて助力を願う警部の姿は、ワトソンには立派なものに見えた。
 ホームズがフッと微笑む。

「どうか顔をあげて下さい警部。貴方が職務に忠実な人間ということはよく分かりました。その話、お受けします」
「ホームズ……」
「警部の足りない推理力は私が補うとしましょう」
「……お前という奴はどうしてこう憎まれ口しか叩けんのだ」

 苦々しげに呟くレストレード警部。

「急に愛想がよくなっても気持ち悪いでしょう」

 ホームズは気にした素振りもせずに肩を竦めた。

「さて──まずは拘置所のジェイコブに話を聞きに行こうか」



 警部の運転する警察車両で拘置所まで来たホームズたちは、早速許可を取ってジェイコブと面会をする事になった。
 拘置所の一角にある小さな部屋。デスクと椅子があるだけで、窓には鉄格子がついているだけの殺風景な部屋だ。そこでホームズたちが待っていると、手錠を繋がれたジェイコブが看守に連れられて来た。

 撃たれた両肩の包帯が痛々しい。以前会った時よりも頬もこけている。
 しかしジェイコブの目は怪しい光を湛えたままだ。

「やぁジェイコブ、ここの暮らしは気に入っていただけてるかな?」
「そうだな。飯の不味さと本が読めないことには閉口している」 

 ホームズの皮肉を正面から受け流すジェイコブ。こうして捕まり、実刑判決を待つ身であるというのに、その尊大さやふてぶてしさは相変わらずのようだった。
 ホームズは懐から今日の新聞を取り出す。

「生憎と本を差し入れることは出来ないが、この新聞くらいなら見せて挙げられるよ」
「ほう……!」 

 ホームズの取り出した新聞の表紙を見て、ジェイコブは口角を上げる。新聞の一面には、切り裂きジャックの新たな事件について大々的に取り上げられていた。

「そうかそうか、表ではやはりこうなっていたか……」

 不気味な笑みを浮かべるジェイコブをホームズは注意深く観察する。

「やはりと言ったか──という事は君は自分が捕まった後も、切り裂きジャックのバラバラ殺人が行われると予見していた訳だね」
「当たり前だろう。私は切り裂きジャックだ」
「しかし君はこうしてここに拘束されている、人殺しはできないはずだ。となると君には仲間がいて、まだ実行犯が他にいるということかな?」

 ジェイコブは薄く笑う。

「殺人鬼にそれを聞くか? それを推理するのが探偵の仕事なんじゃないのか?」

 小馬鹿にしたような口調だ。しかしホームズは気にしない。

「どうなんだい」

 ジェイコブは薄く笑ったまま答えた。

「私に仲間なんていない」
「ではこの殺人を起こしたのは誰かな」
「私だ」
「君はここを抜け出して人を殺したのか」
「いや──私はずっとここにいた」
「訳が分からないね。まるで自分が複数人いるみたいな口ぶりだ」
「ある意味ではそうだ」

 ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべて応対するジェイコブにホームズは黙り込み、レストレード警部は青筋を立てる。

「ええい! 適当なことばかり並べ立てて、人を小馬鹿にするのも大概にしろ。このイカレた殺人鬼めが‼」

 警部がジェイコブの襟元を掴んで締め上げる。

「貴様の知っていることを言え!」
「言っているさ。私の知っていることは全て」

 レストレード警部の剣幕を前にしても、ジェイコブの態度は崩れなかった。冷めた目で淡々と言い返す。
 それを見て、ホームズはやれやれと肩を竦めた。

「警部それくらいで。あんまりやり過ぎるとここの看守に怒られますよ」
「しかし」
「ここで彼から得られる情報はもうなさそうですし、この辺でお暇しましょう」

 ホームズは警部を諫めて踵を返す。
 去り際にもう一度、ホームズはジェイコブに訊ねた。

「切り裂きジャックは永遠になる──あの言葉の意味は今の状況を暗示してのものかい?」

 それを聞いたジェイコブは口の端で笑い、

「いいや、切り裂きジャックが永遠になるのはこれからさ」

 と答えた。
 拘置所の出口へ歩きながら、レストレード警部はホームズに話しかける。

「どう思う? 奴のセリフ。正直こちらを惑わすために、でたらめを言っているようにしか思えなかったが」
「そうだったら楽なんですがね……」

 所感を問われたホームズは、ボヤキながら後ろ頭を掻く。

「どういう意味だ」
「嘘を見破るコツを知っていますか? それは相手の話す内容ではなく、肉体的な反応に注目する事です。言葉で嘘をつくことは出来ても、肉体的反応を誤魔化すことは出来ませんから」

 ホームズが話しているのは事実だ。
 とある研究によれば、脳の言語野に損傷を負い、言葉の内容を理解する能力が低い人の方が相手の嘘を見破りやすいという研究結果もある。
 つまり話す内容などの言葉に注目しない。相手の態度や仕草、何となく取ってしまう行動等を見るのが嘘を見破るコツというわけだ。

「なので面会中、私はずっと彼の反応を見ていました──しかし彼の反応に嘘をついている様子はなかった」
「それはつまり……さっきの奴の発言は、出鱈目ではないと?」
「そういう事になりますね」

 ホームズは肩を竦めた。

「大方、私が彼の反応から情報を得ようとしている事に気付いて、誤解しやすい情報だけを正直に話すことにしたんだろうな……やはり頭の切れる男だよ。おかげで余計訳が分からなくなってしまった」 

 ワトソンは背後を振り返る。
 切り裂きジャックことジェイコブ・フリードマン。あの男が相当な知能を持つ犯罪者なのだと、ワトソンは改めて思った。

「結局収穫はなしか、クソッ」
「そう焦らないでください警部。死体が遺棄された新しい事件の現場がどの辺りか、教えてもらえますか」
「それなら──」

 舌打ちするレストレード警部からホームズは新しい事件の場所を聞き出し、脳内の地図と照らし合わせる。

「ん、やはりそうだ。以前私が割り出した、犯行予測地点のうちの一つに当てはまる。ジェイコブの言っていることは現状分からないが、今外で事件を起こしている切り裂きジャックの動向については、以前と同じ予測が使えそうだね」
「本当か」
「ええ。なので一旦はジェイコブの方は放っておいて、今事件を起こしている方に集中しましょう。実行犯をとっ捕まえて尋問すれば、また何か分かってくるはずですよ」

 かくしてレストレード警部に正式に協力することになったホームズとワトソンは、今度は警部も含めて夜の巡回におもむくことになったのだった。
 だが──それもジェイコブの予測のうちだとは思ってもいなかったのである。
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