シャロン・ホームズの助手

十二田 明日

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終章 シャロン・ホームズの助手 Ⅱ

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「──貴様、一体どうやって……⁉」

 先ほどまでの余裕はどこへやら。切り裂きジャックは驚愕に目を見開いて言い募る。

「そう言えばお前には見せてなかったな。僕の奥の手だよ」

 ワトソンは関節をほぐすように爪先をコツコツと床に当てた。その時に破れたズボンの隙間から、機械義肢の義足が露出する。その僅かに露出した機械義肢が、高熱を放っていることを切り裂きジャックは察した。

「そうか! 機械義肢に過剰なエネルギーを供給して、出力を上げて──⁉」
「ご明察」

 ワトソンの義足の高出力状態は、時速80キロで走行する列車と並走することさえ可能になる。その脚力を対人戦闘で使えばどうなるのか──その答えが先ほどのワトソンの動きだ。

 その速度とパワーは切り裂きジャックになんら引けを取らない。むしろ切り裂きジャックと違い、機械の部分が半身のみで重量が軽いという関係上、初速で見ればワトソンの方が速いくらいである。

「ふんっ、しかし強力なのは脚だけなのだろうが」

 切り裂きジャックは吐き捨てるように言った。
 全身が機械の切り裂きジャックと脚だけが機械のワトソンでは、当然ながら切り裂きジャックの方が有利だ。何しろワトソンは上半身に攻撃を喰らえば一撃で致命傷になるのに対し、切り裂きジャックは全身どこを攻撃されても一撃では倒れない。

 先ほどのキックを何発も受ければ全身義体といえどいずれ破壊されるだろうが、裏返せばそれは何度も攻撃を当て続けなければワトソンには切り裂きジャックを倒す手段がない、という事でもある。

 切り裂きジャックの攻撃を一発も上半身に受けることなく自分の攻撃──それも左右の蹴りのみ──を当て続けるしかワトソンに勝機はない。
 切り裂きジャックが格段に有利な勝負である。

 攻撃をし続ければ、いずれワトソンに当たる──その時が奴の命運の尽きる時だと、切り裂きジャックは判断した。
 しかしそんな切り裂きジャックの計算をワトソンは凌駕する。 

「シッ!」

 鋭い呼気と同時にまたワトソンが消えた──否、消えたと思う程の速さで回り込み、超強力な回し蹴りを繰り出した。
 今度は腹部に蹴りを叩きこまれ、切り裂きジャックの胴体が軋みを上げる。

「ぐぅ……あぁっ‼」

 すかさず切り裂きジャックは反撃を繰り出すのだが、またワトソンは素早くバックステップで距離を取り、切り裂きジャックの攻撃は虚しく空を切った。

 それから同じような展開が数度続いた。
 ワトソンがスピードを活かし、飛び込んで蹴りをヒットさせる。切り裂きジャックがパンチやキックを返すも、バックステップで距離を取るかサイドステップで回り込まれ、ワトソンには掠りもしない。

 いわゆるヒット&アウェイというやつだ。ワトソンはそのスピーディーなフットワークを活かして蹴っては離れを繰り返し、切り裂きジャックの攻撃をもらう事なく一方的に攻撃を当て続ける。

「クソッ! こんなはずは──」

 切り裂きジャックには理解できなかった。圧倒的に切り裂きジャックが有利なはずだった──しかし実際にはワトソンが一方的に攻撃を当て続け、優勢になっている。

 身体の重量の分、ワトソンの方がわずかに速いと分かっていても、なぜこれ程一方的な展開になるのか、何故自分の攻撃がことごとく空を切るのか、切り裂きジャックには不可解だった。
 そんな切り裂きジャックの疑問に、ワトソンは冷めた目で答える。

「なんでお前が一方的にやられてるか分からないか? ──それはお前がド素人だからだよ」
「何⁉」
「お前は身体の性能任せに暴れてるだけだ。武術や格闘技を修練した人間の動きじゃないから無駄が多い。それなら躱せる」
「ぐっ……」

 切り裂きジャックは言葉に詰まる。ワトソンの言葉が図星だったからだ。

「ましてお前は婦女子を殺した事はあっても、自分と五分以上の相手と戦った事がないだろう──女ばかりを殺して粋がってた、勘違い殺人鬼に負けるかよ」
「このっ……‼」

 切り裂きジャックは目を吊り上げて憤慨するが、ワトソンは取り合わない。さらにスピードのギアが上がる。

 回し蹴りを放つモーションをフェイントにして横蹴りを放った。
 切り裂きジャックは腹部を蹴られ、身体をくの字に折って後退する。
 すかさずワトソンは踏み込んで追撃の左のローキック。さらに蹴り足を戻しながら左へ回り込む。切り裂きジャックが攻撃を返そうと思った時には、もう正面にワトソンの姿はない。

 切り裂きジャックが回り込んだワトソンの姿を視界に捉えた時には、今度は右の回し蹴りのモーションに入っている。
 今度は右の中段回し蹴りだ。そう判断した切り裂きジャックがボディの防御を固めた所で、ワトソンの蹴りの軌道が変化する。

 急激に膝を捻り込み、足先が上段へと跳ね上がる──軌道の変わる変則蹴りだ。ワトソンのハイキックが側頭部に炸裂し、切り裂きジャックは大きくぐらついた。首の部品が軋みを上げている。

「クソッ、クソッ‼ こんな、こんなはずは──!」

 これ以上攻撃を喰らい続けたらマズいと判断した切り裂きジャックは、飛び下がって追撃に備える。
 切り裂きジャックはワトソンを恐れていた。

 総身を貫く冷たい殺意──それを浴びせかけられ、自分を殺し得る人間が目前にいることに恐れを抱く。
 今の切り裂きジャックには、ワトソンが死神にしか見えなかった。

「こんなはずじゃなかった、こんなはずでは……」

 まるでうわ言のように繰り返す切り裂きジャック。
 機械の身体を手に入れ、自分を脅かすものは何もない──ほんの数分前まで、切り裂きジャックはそう信じて疑っていなかった。

 しかしそれが脆く崩れ去り、根拠のない万能感は遥か彼方に消え去った。
 今はただ、目の前の死神に恐れ慄き震えるしかない。
 このままワトソンが切り裂きジャックを蹴り殺す──そうなるかに思えた時、事態は急変した。

「くっ──しまった!」 
「?」

 急にワトソンの動きが悪くなったかと思いきや、よろよろとしか動けなくなってしまったのである。

「……」

 切り裂きジャックは呆気に取られて固まっていたが、やがて呵呵大笑に笑いだした。

「フハハハハハ! そうか、そうだよな……あれだけの高出力で駆動し続けられる訳がない。オーバーヒートを起こしたか、カハハハハッ‼」

 ワトソンは己の迂闊さに奥歯が砕けそうになるほど強く歯噛みする。
 怒りに我を忘れ、義足の限界を失念していた。ワトソンの義足はモードを切り替える事により、非常に高い出力を発揮するがそれは一時的なものだ。
 一定時間高出力を維持していると、オーバーヒートを起こして義足がいう事をきかなくなってしまう。
 ワトソンはいう事をきかない脚でバランスを取りながら、フラフラとどうにか立っているという有様だった。

(クソッ! あともう少しで倒せるのに、こんなところで……‼)

 これでもうさっきまでのフットワークは使えない。となれば切り裂きジャックの攻撃を避けることは出来ないだろう。
 自分がまた圧倒的に有利な状況である事を察して、切り裂きジャックは醜く顔を歪めた。

「散々人を足蹴にしてくれたな、お前は出来るだけ惨たらしく殺してやろう──脳を破裂させるか、それとも内臓を抉り出すか?」

 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる切り裂きジャック。
 ワトソンは歯嚙みしたまま、無言で義足の状態を探る。感覚頼りであるが、あと少し時間を置けば一度だけ高出力状態で蹴りを放つ事は可能だろう。しかしそれを使えば、あともう一歩も動けまい。

 あと一撃だ、あと一撃で決着をつけなくてはならない。
 しかしこれまで何発も蹴りを叩き込んでも、結局は倒せないほど切り裂きジャックの義体は頑強だ。
 あと一撃で倒せるか──ワトソンは自問自答する。

(頭だ、ハイキックを叩き込むしかない)

 ワトソンは先ほど変則蹴りで側頭部を蹴った際に、切り裂きジャックの首の部品が軋みを上げていることを覚えていた。
 恐らく頭部の脳を守る部品は頑強に作られているものの、それを胴体につなげる頸部は関節ということもあり造りが脆くなっているのだろう。

(あと一撃、全力の蹴りを叩き込んで首を飛ばす……!)

 それしか勝機はないとワトソンは覚悟を決めた。
 切り裂きジャックがワトソンに近寄ってくる。その動きは重々しく、戦闘の口火を切った時の動きとは程遠い。
 やはり切り裂きジャックにも相当なダメージがあるのは明白だ。

「決めた、貴様は脳漿をブチ撒けて殺す」

 無言で佇むワトソンに近付きながら、切り裂きジャックが拳を振りかぶる。その動きにはまだ滑らかさがある──それを見てワトソンは一抹の不安を覚えた。
 ハイキックは脚で相手の頭を蹴るという関係上、どうしても動作が大きく遅くなりやすい。

 ワトソンが蹴りで切り裂きジャックの首を飛ばすには、防御されることなく蹴りを叩き込まなくてはならない。
 防御されてはダメなのだ。
 しかし腕の動きが悪くなっていない以上、反射的にガードされてしまう可能性は高い。ガードされればそれで終わりだ。

(それでもやるしかないか……)

 内心で焦りつつワトソンは切り裂きジャックとの間合いを慎重に見計らう。
 その時だった。

「──させるか!」
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