シャロン・ホームズの助手

十二田 明日

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終章 シャロン・ホームズの助手 Ⅲ

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 凛と響く声と同時に背後で銃声がした。

「ヒーローは遅れて現れる──ってね。加勢させてもらうよ」

 振り返らずとも分かる、ホームズだ。
 足を引きずるようにして船首までたどり着いたホームズが、切り裂きジャックに向かって拳銃を連射する。

 計六発、乾いた発砲音が連続して響き渡り、切り裂きジャックの肘や肩に全弾命中した。
 しかし──

「それで加勢のつもりか?」

 嘲るように切り裂きジャックはホームズに顔を向けた。全身義体の切り裂きジャックにとって、拳銃弾など豆鉄砲にも等しいものでしかない。
 切り裂きジャックは嫌味ったらしい仕草でやれやれと首を振る。

「まぁいい、観客ギャラリーも出来たことだ。この男の虐殺ショーでも開演するとしよう」
「そうはならないよ」

 自信満々でそう言うホームズに、切り裂きジャックは訝しんだ。

「何?」
「気が付かないか?」

 煽るようにホームズは問う。足を引きずり片腕がズタボロになっているという痛々しい状態でも、ホームズの尊大な態度は変わらない。
 その時になってようやく切り裂きジャックは、自分の身体の異変に気付いた。
 両腕の動きがぎこちなくなっている。関節が上手く作動せず、出来の悪い操り人形のようにカクカクとしか動かないのだ。

「──まさか⁉」

 自分の両腕が思うように動かない理由を、切り裂きジャックは一瞬で察した。
 さっきの銃撃だ。
 ホームズはただ闇雲に銃を撃っていたわけではない。切り裂きジャックの肘や肩の関節部──それもワトソンの攻撃を受けて出来た外装の僅かな隙間を、ホームズは全て撃ち抜いていたのだ。

 結果、放たれた38口径の弾丸は切り裂きジャックの体内に留まり、内部機関の動作を妨げて動きを鈍くさせることに成功したのである。
 こうなれば切り裂きジャックに蹴りを防御される心配はない。

「行けワトソン君」
「──うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 ワトソンはダッと床を蹴って切り裂きジャックに飛び掛かる。空中で身を捻り、身体を横に倒しながら飛び回し蹴り。
 しかもワトソンは足首を伸ばして脛や脚の甲で当てる通常の回し蹴りではなく、足首を直角に固定して爪先を当てるフォームに切り替えた。

 こうする事で爪先の一点に力が集約される。ワトソンの蹴りは、言うなれば巨大なツルハシを超高速で打ち付けるのと同じだった。
 ワトソンの放った蹴りが切り裂きジャックの首元に突き刺さる。
 金属と金属が超高速でぶつかる聞きなじみのない甲高い音がして、

「かは──⁉」」

 切り裂きジャックの首から上が千切れて飛んだ。
 ハイキックを放つことに集中するあまり、蹴った後のことを考えていなかったワトソンはそのまま床へ倒れ込んだ。

 切り裂きジャックの首は遠くへ転がり、首を失った機械の身体は、まるで銅像のように奇妙な姿勢で固まっている。
 ワトソンは首の千切れた切り裂きジャックの身体を見上げ、

「何とか勝てた……」

 と力なく呻いた。 

「よくやったワトソン君……立てるかい?」
「君よりは軽傷だよ」

 声をかけるホームズにワトソンは身体を起こして答える。

「ホームズ、君の助太刀のお陰で勝てた。感謝する」

 多少なりとも予想をしていたのかもしれないが、ホームズは船首にたどり着き、状況を見ただけで切り裂きジャックの機械の身体の弱点も正確に推理し、最も効果的な攻撃をしたのだ。
 その優れた推理力と実行に移せる射撃の腕は、間違いなく賞賛に値する。

「それでも切り裂きジャックを倒したのは君だよ、君こそが誇るべきだ」
「僕ひとりの力で勝てた訳じゃないからな」
「謙虚だねぇ」

 ホームズはカラカラと笑う。
 手足を即席の包帯で止血したホームズ、義足がいう事をきかず立っているのも難しい状態のワトソンと、どちらも満身創痍といった有様だったが不思議と気分は悪くなかった。

「さて──切り裂きジャックを倒した事だし、人造人間に指令を送っている電波装置を止めないとね」

 ホームズが部屋の中をキョロキョロと確認した時だった。

「──やられたよ。まさか負けるとは思っていなかった」

 転がっていた切り裂きジャックの首が話だし、ワトソンはギョッとした。

「く、首が喋った⁉」
「何を驚くことがある。私は既に脳だけで生きている存在だぞ、生身の肉体の常識は通じない。生命維持装置が機能していれば、首だけになっても意識は保てる」
「……つくづくイカレてる」

 得意げに語る切り裂きジャックにワトソンはげんなりして返した。人口素材でできた生首が喋っているという光景は何とも不気味である。

「このゲーム、君たちは勝ったと思っているようだが……まだゲームセットには早いぞ」
「何を言っている」

 首だけになって負け惜しみか? ──とワトソンは首を捻るが、すぐに切り裂きジャックが言っている事の意味が分かった。
 ウー、ウーと警戒音がなり、電子音声による船内放送が流れる。

『緊急警報、緊急警報。自爆装置の発動を確認しました、至急この船から脱出してください。10分後にこの船は爆発します。至急この船から脱出してください』
「「自爆⁉」」

 ワトソンとホームズは目を見開き、顔を見合わせる。
 血相を変える二人を見て、切り裂きジャックは愉快そうに顔を歪めた。

「最後の大花火だ。これで勝ち負けなしノーサイドといこうじゃないか」
「ふざけるな! 手の込んだ自殺《スーサイド》に巻き込まれてたまるか‼」
「フハハハハハ!」

 怒鳴り返すワトソンに切り裂きジャックは笑うだけだった。既に諦めているのだろう。

「クソッ! とにかく逃げないと──」

 飛行船は上部のガス袋エンベロープに、ガスを溜めることで浮遊している。誘爆すれば大爆発は避けられない──巻き込まれれば骨も残らず吹き飛んでしまうことは確実だ。

「待った」

 ホームズは船首の操縦席まで歩いていくと、幾つかの機材から現在地を確認して操縦桿を操作した。

「これでよし──行こうワトソン君」

 船尾に繋いだ小型気球を使って脱出しなくてはならない。ホームズとワトソンは互いに支え合いながら、船尾を目指して歩き始めた。ホームズは右脚を怪我しているし、ワトソンもほとんど義足が動かないのでヨタヨタとしか進めない。
 50メートルもない距離が、とても遠く感じられた。

「……さっきのは何をしてたんだ?」

 ホームズを右から支えながらワトソンが訊ねた。

「この飛行船が爆発したら下の街でも大事故が起きるだろ。だから飛行船の進行方向をテムズ川に設定しておいた。これで爆発しても、街への被害は抑えられるだろう」
「さすがホームズ」

 ワトソンが慌てて逃げる事を考えている時でも、冷静に被害を最小限に抑えるための方策を取っていたのだ。この頭の回転の速さには舌を巻くしかない。

「後は私たちが脱出するだけさ」
「……」

 途中、ワトソンは足を止めた。視線の先には、横たわったエミリーの亡骸がある。

「ワトソン君、気持ちは分かるが──」
「──ごめん」

 謝る資格さえないかもしれないけれど、ワトソンはそう言わずにはいられなかった。エミリーの亡骸を回収している余裕は、今の二人にはない。
 ホームズとワトソンは何とか船尾までたどり着くと、繋いであった小型気球を回収してハーネスを装着、急いで飛行船を脱出した。

 見れば飛行船は着実にテムズ川上空まで来ており、下には工業廃水で汚れた河川が見える。脱出をしたはいいものの、ワトソンは安心できなかった。
 如何せん二人を吊り上げているのは小型の気球なので、どうしても移動速度が遅いのである。

「ホームズ、嫌な予感がするんだが……」
「奇遇だね私もだよ」

 などと軽口を叩いている間に、それが来た。
 まずは船体が爆発する小さな爆発がして、ガス袋エンベロープに引火し大爆発が起きた。
 強烈な爆風が衝撃となってワトソンとホームズを襲う。
 二人の気球は煽られてロンドンの空を乱高下し、まるで巨人にジャグリングでもされているかのような気分を味わった。

「──あっ」

 小さな悲鳴がワトソンの耳朶を打った。見ればホームズの気球に爆発した飛行船の部品か何かが突き刺さり、気球は浮力を失っていった。ホームズはロンドンの上空数百メートルの地点から真っ逆さまに落ちていく。
 下には建物が見えた。
 こんな所から落下すれば死ぬのは確実だ。

「ホームズ‼」

 ワトソンは迷わずハーネスについていた非常用のナイフを使って、気球に繋がっているロープを切った。
 怖いとか、どうしようとか、そんな余計な思考は入り込んでこなかった。
 大空に身を投げたワトソンは驚異的なボディバランスで落下方向を操作し、ホームズに追いつく。

「ワトソン君⁉」

 目を見開くホームズを両手で抱え、ワトソンは叫んだ。

「口を閉じて顎を引け! 舌を噛むぞ‼」

 既に下に見える建物の屋上が迫っている。着地まであと数秒とない。
 着地の瞬間に自分とホームズの生死が掛っている──ワトソンは目を凝らし、極限の集中力で落下地点を見据えた。

(3、2、1──今!)

 ワトソンは着地の一瞬前に身を捻って身体の上下を反転させ、頭ではなく義足から着地する。  
 もちろんワトソンの義足は高性能であるが、こんな風に使うことを想定して造られていない。義足に供えられた耐ショック機構を超える衝撃を受けて、ワトソンの両脚は完全にひしゃげて壊れてしまう。

 それでも衝撃の全てを逃がし切れない。
 ワトソンは着地後、横方向に転がって衝撃を逃がすよう努めた。派手にゴロゴロと転がって、屋上の縁でようやく止まる。

「……生きてるか」

 両脚は粉砕、全身ズタボロという有様のワトソンが訊ねると、

「……死んではいないよ、お陰様でね」

 ワトソンの腕の中のホームズが答えた。

「そりゃ……良かった……」

 ワトソンは両手を開いて投げ出した。もう指一本動かす気力も残されてはいない。ホームズは一度上空を見上げてから、落下地点に目をやった。
 落下の衝撃を物語るように、建物の屋上はクレーター状に凹んでいた。二人が半死半生ながらも、まだ命を繋いでいることが不思議に思えるくらいである。

「ありがとう、君のお陰でまた一つ命拾いした」

 ワトソンの返事はない。
 疲労のせいか緊張の糸が切れたのか、ワトソンは気を失っていた。ホームズは少し頬を緩めて、そっとワトソンの頭を撫でる。

「君は本当によくやった──さすが我が最愛の助手だ」

 誰にも聞かせるつもりのない、ボソリと呟くホームズの声が、吹き抜ける風に攫われて消えた。
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