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33.日常

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父の死から立ち直れないまま、日常は戻ってくる。

まだ実家にいてもいいという兄の申し出を断り、咲良は無理やり自宅に戻った。

いつまでも悲しみに暮れていては、いつか押しつぶされてしまいそうだったから。

「お願いします」

「はい、いってらっしゃい!」

いつものように咲凪をこども園に預け、咲良は出勤する。

「おはようございます」

自分の席に着くと、

「おはよ」

夏木が声をかけてくる。

「もういいのか?」

「はい。突然お休みをいただいてすみませんでした」

「あぁ、いや。……けど、よかったのか?会社からは何もいらないって」

「はい」

会社からお花や弔辞が届くと聞いた時、咲良は断った。

その時はどうしようかとも迷っていたが、今は断ってよかったと思っている。

あんなに盛大なお葬式に、自分の会社の花などふさわしくはない。

そう思ってしまうからだ。

「佐山、いつの間に父親なんてできたんだ?」

当然聞かれると思っていた。

お葬式の日まで、父が見つかったことなんて誰にも言わなかったのだから。

「最近ですよ」

言葉少なく答える。

それ以上なにか言えば、また父を思い出して泣いてしまいそうだから。

涙腺が緩くなっているのは、年齢のせいなのか。

「咲凪ちゃんにとってはお祖父さんだろう?寂しがってないのか?」

「泣きましたよ。でも一緒には暮らしていませんでしたから」

咲良と違ってずっと泣いているわけではない。

最初にたくさん泣いたからか、今は落ち着いている。

だから咲良も、立ち直ったふりをしなければならない。

「今日、咲凪ちゃんに会いにいっていいか?」

「いいですけど……」

咲良はやや不安げに頷く。

久しぶりだが、咲凪は覚えているだろうか。

父ができてから、夏木よりも家族に頼ることが増えたからだ。

かといって、夏木に頼らない日がなかったことはない。

特に仕事では、夏木を頼ることも多かった。

「じゃ、あとでな」

夏木は嬉しそうに仕事に戻っていった。



仕事が終わり、咲良は夏木とともにこども園に向かう。

夏木はどこか浮かれたような足取りで。

それがかわいらしくて、咲良は微笑んだ。

「こんにちは」

そう挨拶をして園に入っていく。

玄関で待っていた男性に、ハッと足を止めた。

「拓海くん……」

「咲良」

彼は屈託なく笑う。

「あ、ママ!」

そして、彼にじゃれつくように遊んでいた咲凪も、嬉しそうにかけよってきた。

「どうしてここに?」

咲凪を抱きしめながら、咲良は彼に聞く。

「咲凪を迎えに来たんだよ。でも、知らなかった。今は登録している保護者しか迎えに来られないんだね」

娘を預けるにあたって、セキュリティーは重視したポイントだ。

拓海の母親がいつか咲凪を連れていってしまうかもしれないと不安だった。

その不安から逃れるためだったのかもしれない。

「咲凪、帰ろうか」

「ぱぱはぁ?」

当然咲凪は、父親も一緒に帰れるか聞いてくる。

「今日は夏木さんが一緒にご飯を食べたいんだって」

「おじちゃ、いらないよ」

「いらないなんて言わないの」

「さ、佐山」

夏木が少し遠慮がちに口を開いた。

「俺、今日は帰るから」

「いえ、大丈夫ですよ。咲凪、今日はママと帰ろうね」

今この人には会いたくない。

話したくもない。

何のために咲凪を迎えにきたのかわからない。

しかし、咲良の父親のこと、周防家のことが関わっているのだろう。

あの兄の反応からして、あまり関わりたくない、話したくないことだ。

「やだ!」

しかしそんな母親の気持ちなど気づかない咲凪が、小さな身体で精一杯叫ぶ。

「さ、咲凪……」

「やだ!ぱぱもいっしょ!」

「パパはダメなの。お願い。ママのいうこと聞いて」

「やだ!やだ!」

まるでイヤイヤ期の再来だ。

今まで特に第一次反抗期さえも感じられないほどだったのに。

「咲凪」

優しく諭そうとしたところで、咲凪に効果はない。

「ぱぱがいいの!」

完全にわがままモードに入ってしまった咲凪に、咲良が困っていると、

「咲凪ちゃん」

夏木が咲凪の前に膝をつく。

「おじさんとお話しようか」

「やだ!」

これでは火に油を注ぐだけだ。

「咲凪、おいで」

しかし、彼が一言で抱き起こす。

「ママを困らせちゃいけないよ」

「ぱぱが……」

「パパは大丈夫だから」

彼はそう言うと、咲良を見た。

「咲良、話がしたいんだ。今からいいかな」

これは直球。

断れるわけがない。

「……夏木さん、すみませんが」

「わかった」

振り返ることなく言った咲良に、夏木は何も聞かず頷いた。

「咲凪、帰るよ」

「……ん」

拓海の腕の中で咲凪も頷き、咲良たちは園を後にした。

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