『魔法適性がない』と両親に捨てられた少年、実は史上最強の闇魔法使いだった

漣濂斗

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第1話 沈黙の森

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 深夜、12時。

 静寂が街に訪れた頃。ファーレン家の末男、コーディは、屋敷の門の前に連れ出された。

 その小さな胴には、縄が何重にも巻かれていて、その幼気いたいけな両手には、銀色に光る手錠がかけられている。

 コーディの美しきみどりの双眸は、恐怖によって輝きを失っていた。

 彼の目の前に、屋敷の主人あるじであるペトラが立っている。執事はペトラに命じられた通りに、コーディの腕を掴み、胴体を持ち上げて、馬車に彼を乗せた。

 コーディにはそれに反抗する力は残っていなかった。身体中が痣と傷で埋め尽くされる程に、先程、ペトラによる暴力のシャワーを浴びたからである。

 執事は馬にまたがり、鞭を馬に打った。

 パチ、と乾いた音が響いた。コーディは、ビクッと体を震わせた。

 ペトラは走り出した馬車を眺めている。冷たい視線だった。

 馬車がカポカポと音を鳴らす。その音が屋敷に届かなくなってしばらくしてから、ペトラは屋敷の中に戻った。



♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢



 夜明け前。鋭利さすら感じさせる冷気が、街中を駆け回っている。西の空に浮かんだ満月が、世界に陰影を作り出している。
 
 今、黒い森と呼ばれる森林の中を通る道を、鋼の鎧をまとった男女が二人、並んで歩いている。

 女はしきりに辺りを見渡して、周囲に気を配っていた。男はそんな女の様子が気になって仕方がなかった。
 
 女の様子は深夜、林道に入ってからおかしくなった。男は最初のうちは黙っていたが、いつまでたっても挙動が落ち着かないので、森の中央付近まで来てついにその疑問を口にした。

「……おいおい、ステラ。お前、さっきから何でそんなキョロキョロしてんの?こっちとしても気になるんだけど」

「──うん……別に」

 ステラ、と呼ばれた女は気の無い返事を返した。

「いや、何もないんだったら前向いて歩けよ。お前、鈍臭いんだから」

「は?何よそれ」

「え、事実だろ⁉︎」

 男は悪戯っぽく笑ってみせた。しかし女は即時に男から視線を外し、また後ろを振り返った。

 男は呆れて、もう一度ステラに言った。

「おいステラ、なんなんだよ。何かあるんだろ?言えよ。どうしたんだよ?」

「うん──やっぱ妙だよ、アル。いつもと全然違う」

 アルと呼ばれた男は首を傾げた。

「え、何が?」

「魔物の数よ。いつもならこの林道、魔物なんて数匹見かけたら多い方なのに。今日この林道に入ってから、もう数十匹は見たわ」

「ああ、魔物?そういえば……確かに多い気もするけど。んでも、いつもこんなもんじゃない?」

「うーん、そうかなぁ……」

 ステラは落ち着きを失っていた。数十秒に一度、後ろを振り返った。


 魔物には凶暴なものが多い。大きさにはバラつきがあるが、小さいものでも侮れない。魔物による殺傷事件は毎日のように起きている。

 しかし、魔物は縄張りを持ち、その縄張りに進入しない限り、向こうから襲ってくることはあまりない。
 また、魔物は魔力を有す存在なので、魔法使用者マジシャンは、その存在を遠くからでも察知できる。ステラの“魔物を見た”というのは、“魔物の存在を感知した”という意味である。


「んなぁ、ステラ。『杞憂』って言葉知ってるか?」

「何それ、知らない」

「起こりもしないことを無駄に案じることの愚かさを──」

「待って。ちょっと黙って」

 ステラはアルの口を右手で覆って、彼の言葉を遮った。ステラの左手は彼女の口の前で人差し指を立てている。いわゆる『しー』のポーズだ。

 アルは、彼女の視線の先の方向を見た。何やら小さな物体がうごめいているように見えた。

 アルは緊張で頰が強張こわばった。それが魔物に見えたからだ。

 しばらく二人は道の真ん中でしゃがみこみ、その物体の様子を伺っていた。しかし、何やら魔物らしくない動き方であったので、ステラは物体の方に少しずつ近づいていった。

 アルも馬を道の端に寄せ、ステラの背中を追いかけていく。森は不気味な程静かであった。

 少し道を外れたところまで来たとき、ステラが口を開いた。

「ねぇ、あれ見て。何か……人間っぽくない?」

「……子供?」

「……に見えるわね。ちょっと話しかけてみよっか」

「え、いや、危険すぎるよステラ。魔物かもしれないんだぞ?」

「その時は私の得意技で対処するわ。あんたはここで様子を見てて。異常があったら教えて」

「行くの?」

「ちょっとだけよ。本当に子供だったら、保護してあげなきゃなんないじゃない。それが軍人の役割でしょう?」

「まぁ、そうだけど」

 ステラは蠢く物体に更に近寄っていった。そして、アルに合図を送ると、物体に話しかけた。

「ねぇ、君。こんなところで何してるの?」

「……」

 物体は何も言葉を発さなかった。しかしステラは確信した。これは、子供であると。この子供の顔には無数の傷があった。ステラは無言の子供を抱き抱えて、道へ戻った。アルもそれを見て道へ戻った。

「ねぇ、僕。自分で歩ける?」

「……」

「ねぇねぇ、僕ちゃん?歩けるかな。自分で」

「……」

 ステラがいくら話しかけても、子供は何も応じなかった。

 仕方がないので、ステラは子供の前でしゃがみ込んだ。そして背中を向けて、

「ほら、おんぶしてあげる。背中に乗って」

と、おんぶを促した。

 子供はその背中をジーっと見つめた。数秒の沈黙が流れた。

 しかし次の刹那、子供は激しく地面に倒れ込み、地面を叩いて発狂した。その叫び声は黒の森全体に響き渡った。

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……‼︎」

 声は次第に小さくなり、うなり声へと変わっていった。そんな子供の様子にステラとアルは驚愕して、彼に対して何もすることができなかった。
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