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chapter 1
近付く距離と踊る心(2)
しおりを挟むとは言え、やっぱり冷静に考えると絶好のチャンスをオレは逃したかもしれない。
次のスタジオ練習後に英理奈さんとの事をバンドのメンバーにしつこく聞かれたのでしぶしぶ話すと想像していた以上に呆れられた。
挙句スマホを強引に奪われ勝手にメッセージを作成される。
【この前はありがとうございました。週末また一緒にどうですか?】
いや、オレ今週末はバイトだし。
十分後くらいに返信が来た。
【こちらこそ。今週末は予定があるのでごめんなさい】
みんなで返信を見てスマホがオレに返される。
これにオレが返事をしろと……。
【そうですか、ではまた今度】
その後メンバーといる間に返信は無かった。一度断られたくらいでこの前のオレの自信は何処へ行ってしまったのかという程にオレはへこんでいた。
みんなと別れ、一人家に帰り着く頃にスマホが鳴る。
【来週末ならあいてるよ】
一人の時で良かった、にやけきった顔をメンバーに見られずに済んだ。
何処で誰と何をしているのか、余計な事をつい考えてしまい週末は落ち着きなく悶々と過ごす。バイトがフルで入っていて良かった。来週末も実はバイトだったが拝み倒して後輩にシフトを代わってもらった。ありがとう後輩、今度メシでも奢ってやろう。
そして当日、今日会うことをメンバーの一人についうっかり喋ったらいつの間にか全員に知られていて朝から鬱陶しいくらいみんなからメッセージがくる。あまりにもしつこいので英理奈さんと合流するとスマホの電源をオフにした。二週間ぶりに会う英理奈さんはやっぱりキレイで、つまりは、どうにもオレの好みだった。
英理奈さんのおすすめだというこの前とは違う居酒屋に行き、まずはビールで乾杯をする。オレと英理奈さんの間で一番話が盛り上がるのは間違いなくお互いの好きな音楽の話だ。
「英理奈さん、何がきっかけでそんなに音楽好きになったの?」
オレの話は前回散々したので今日は彼女の話を聞きたい。
「そうだね、いろいろ聴くようになったのはやっぱり大学でサークル入ってからかな。サークルの人達がみんな本当に詳しくてね、邦楽も洋楽もそれまで全然知らなかった音楽を一度に知れて、夢中になったな。でも、改めて考えると、その前に父親の影響、かな」
「へぇ、お父さんも音楽好きなんだ」
「うん、レコードたくさん持ってた。ビートルズを始め、洋楽はお父さんの影響が大きいかな。よくかけてたし、だから曲も勝手に覚えてた。でも無理に聴かせようとかはしなくて、まだ小さかったから正直よくわかってなかったけど、私が一緒に聴いたり、質問したりするとお父さん嬉しそうだったから私も嬉しくて、特にビートルズは無駄に詳しくなった」
「……ねぇ、お父さんて、今」
「あぁ、うん、私が十二歳の時事故で亡くなったの」
やっぱり。
「大丈夫、十二歳の頃の話だよ、もうとっくに吹っ切れてるから」
オレがよっぽど申し訳なさそうな顔をしていたのか、明るくフォローしてくれた。
「サークル入っていろいろ聴くようになって、最初はCDだったんだけど、やっぱりお父さんみたいにレコードが欲しくなってバイトで稼いだお金で少しずつ集め始めたの。大学の頃、仲の良い友達と一緒に私の部屋でレコード聴いて、くだらない話してた時が今思えば一番楽しかったなぁ」
「いいねレコード、オレも欲しいなぁ」
「レコードおすすめだよ」
「最初に買ったレコードって何?」
「それね、決めてたの。ビートルズのリボルバー」
「あぁ、やっぱお父さんの影響? あ、もしかして、英理奈さんの名前付けたのって、お父さん?」
「そうだけど……」
「だからエリナなんだ。それはリボルバーにするよね。“エリナー・リグビー”オレ好きだよあの曲 」
ついでに『エリナー・リグビー』の冒頭のワンフレーズを満足気に口ずさむ。ふと英理奈さんを見ると何故か驚いた様な表情を浮かべオレを見ていた。
「英理奈さん?あれ、違った?」
「あ、ううん、そう。……よくわかったね」
「まぁリボルバーのヒントまで貰ったらこれくらいビートルズ好きならわかるでしょ」
「……そうかな」
そう言って笑った顔はとてもキレイだったけど何故か少しだけ寂しそうに見えた。あまり触れてほしく無かったのかなと思い話題を変える。
「サークルでは何の楽器やってたの?」
「あー、子供の頃ピアノ習ってたからそのままキーボードやってたけど、ほんとたいしたことしてないからその辺あんまり突っ込まないで」
恥ずかしそうに言う英理奈さんが可愛くてもっと突っ込んで聞いてみたかったけど機嫌を損ねたくは無いので今はやめておこう。
自分のバンド遍歴は教えてくれなかったけど、大学生の頃の話はたくさんしてくれた。本当はサークルに入るつもりは無かったが仲の良い友達になかば無理矢理誘われ一緒に入部する羽目になった。けど入ってみたら良い人ばっかりで、性格も音楽性もいろんなタイプの人が居て一気に世界が広がった。大人数でやってたQUEENのコピーバンドが楽しそうで参加出来なくて悔しかった。ビートルズ好きが多くて人気の曲はいつも取り合いだった。この前は聞けなかった話がたくさん聞けた。
昔話をする英理奈さんは楽しそうだったけど、やっぱり時折切な気な表情を浮かべていたのがほんの少しだけ気になった……。
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