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chapter 1
加速していくビート
しおりを挟むそして待ちに待ったイベント当日、出演は主催のバンドとオレたちのバンドを含めて全部で4バンド。いつもは6バンド以上で出る事が多く持ち時間はセッティングから撤収まで含めて30分もなかったが、今回は40分貰えている。その10分でいつもより1,2曲多めに出来る。たったそれだけの事が今のオレたちにはとても重要なことだった。
オレたちの出番は1番目、トップバッターだ。
リハを終え、会場入りした時に姿を見かけなくて挨拶しそびれていたイベント主催のバンドのリーダーでオレ達の大学OBの浜野さんのもとへ向かった。こう見えて小中と野球をやっていたオレは何気に挨拶にうるさい。時間にはルーズだけど。
「浜野さん、今日よろしくお願いします」
「おぉ、よろしくー」
浜野さんが控室の椅子に座ったままオレたちを振り返る。他のメンバーと3番目のバンドのメンバーも勢揃いしていたので少々手狭な控室が人でいっぱいにはなるが、うちのバンドメンバーも全員揃って挨拶させてもらった。そういえば浜野さんを紹介してもらった時一緒にいたベースの有本さんがいない。聞けば少し前に腕を負傷してしまったそうで急遽ベースはサポートとの事だった。
スタートは午後6時、それまで各自自由に過ごす。近くの飲食店に腹ごしらえに行く者、ひっきりなしに誰かに電話をする者、ライブハウスの音響担当に事細かに指示をする者。うちのメンバーも基本的に自由な奴らでスタートまでずっと一緒にいるということはあまりない。小原は本屋かコンビニ、徒歩で行って帰れる圏内にあればアニメショップで時間を潰している。長田と斉藤はそろってラーメン屋に行くことが多く今日もすでに目星を付けていたラーメン屋にそそくさと出かけて行った。オレはひとりで適当に過ごす事が多いが、今日は湊がちょっと付き合えと言ってきたので、2人で適当にライブハウス近くの裏路地でたまたま目に付いた喫茶店に入った。
「なんだよ、なんか話あんの?」
『サイモン』という店名に惹かれて適当に入った喫茶店だったが所謂純喫茶といったところか、レトロな雰囲気がすごく良い。しかも店内で流れているのはイーグルスの『テイク・イット・イージー』それもレコードだ。当たりだな、今度英理奈さんを誘って改めて来てみようか。
「本番前に言う事じゃないかもしれないけど……」
余計な事をつい考えてしまっていたけど、神妙な面持ちで放たれた湊の言葉にドキリとする。
「……なに、良くない話?」
「んー、お前にとっては良くはないかもな」
湊はさらに顔を顰める。
「……なんだよ、いいから早く言えよ」
「うん、オレさ、……彼女出来た」
「……はぁ⁉︎」
ビビらせておいてなんの話だ?ふざけんなよ。
「すまんすまん、けどお前にとって良い話ではないのは間違いないだろ?」と、笑いながら湊は言う。
「……つーか、どーでもいいわ」
「そんな事言わずにちょっと聞いて、同じバイトの子で二つ下なんだけど……」
「いや興味ねーし」
余程浮かれているのか勝手に喋り続けるのでしばらく放置する。そういえば少し前にデビューするまで彼女作らないとか何とかほざいてたの、こいつじゃなかったか?
「で、お前は?例のあの人今日来るの?あ、オレの彼女はもちろん友達連れて来てくれる」
「さぁ、どうだろうな」
急に英理奈さんの話を振られ内心動揺したが悟られないよう素っ気なく答える。
「ライブの事はメールで知らせてるし、何も予定無かったら来るんじゃない?ここ最近のライブはずっと来てくれてるし」
「行くって返事はなかったの?」
「……まぁね」
本当はメールどころか、事の後、抱き合った状態で「絶対来て」と直接言葉で伝えている。その時の事をふいに思い出してにやけそうになるのを必死で堪えた。
「ふーん、まぁオレも別にそんな興味ないけど」
……なら聞くな。
初めて出るライブハウスのステージにスタート直後こそ少し緊張気味だったが、結論から言うと最高に気持ち良かった。
キャパシティは約350人でインディーズからメジャーのアーティストまで使用する人気のハコだ。プロ仕様なので音の抜けも良く照明も凝っている。
主催のバンドは特にこのエリアでは人気のバンドで残りの2バンドもオレたちよりキャリアが長く固定客もしっかり付いていた。
今回はオレたちも必死でチケットを売った。大学の友人からバイト先の人まで知り合いという知り合いすべてに声をかけた。その甲斐もあってトップバッターのオレたちの時点でもかなり客が入っている。おかげでステージからは英理奈さんの姿は全く見えなかったが、彼女の事だから今日もきっとドリンクカウンターの近くで見てくれているに違いない。
カバー曲をジミヘンの『ファイア』にしたのも当たりだった。対バン相手の客層は洋楽好きの男性が多くノリも良くて曲が始まるとすぐ反応して盛り上がってくれた。
『……ありがとうございます』
あっという間に次がラストの曲だ。
フロアの後方にあるドリンクカウンター付近、英理奈さんがいるはずの方向にどうしても目が行く。
ラストの曲はオレのギターから入る。
息を大きく一つ吐いて、視線は一点を見据えて……、
『 (※)~Ah, look at all the lonely people~』
驚いたメンバーがオレを見る。
ビートルズの『エリナー・リグビー』をアカペラでワンフレーズだけ歌うと、一呼吸置いてオレはギターを掻き鳴らしラストナンバーを改めて歌い始めた……。
出番を終え、控え室で一息ついてからフロアへと向かう。
英理奈さんはやっぱりドリンクカウンター近くの壁にもたれ掛かるようにして次のバンドを観ていた。その姿を視界に捉えただけで自然と笑みが溢れる。オレに気付くと彼女は笑顔で右手をあげ、それに応えるようにオレも右手をあげてハイタッチをし、一緒に壁にもたれてステージの方向を見た。
仕事の都合で平日のライブならスタートより遅れて来ることはあっても、英理奈さんは余程のことが無い限り、ライブは最初から最後までいる。彼女と出会う前から対バン相手のライブは出来る限りちゃんと観るようにしているオレの姿勢を褒めてもくれた。
彼女はライブの間は決して騒ぐようなタイプではないが、その分いつもしっかり演奏を聴いているし、本当によく観ている。オレはそんな彼女の様子を隣で眺めているのが好きだ。
そんな彼女だけど、今日はいつもよりテンションも高めで楽しそうだった。アルコールの進みが速いせいか、出来れば早々に出番を終えたオレとずっと一緒だから、そうだと思いたい。
イベントも終盤、トリを飾る浜野さん達のバンドがステージに上がる。知人を介して浜野さんを紹介してもらう際にオレは何度か彼らのバンドのライブを観に行った。噂に聞いていた以上に演奏も歌もレベルが高く、何より彼らの音楽へのリスペクトやこだわりと言った熱量がダイレクトに音に乗っかって伝わってくる。
一曲目はここのところのライブで定番になっているスライ&ザ・ファミリーストーンのカバーだ。会場のボルテージが一気に上がる。
このバンドはきっと英理奈さんも気に入るはず、そう思って隣にいる彼女を見ると、どうにも様子がおかしい。表情を強張らせてステージを凝視している。
どうして、ついさっきまであんなに楽しそうにしていたのに。
「……どうしたの?」
ただならぬ様子の彼女に不安を抱き思わず手を引っ張ってこっちを向かせる。
「あ、うん、大丈夫、何でもない……」
一度はオレと視線を合わせてくれたが、すぐに逸らされ英理奈さんはまたステージに視線を戻す。
顔は相変わらず強張ったままだ。
どう見ても大丈夫じゃない……。
結局英理奈さんはライブが終わるまでずっと同じ状態だった。それ以上取り乱すわけでもなく落ち着きを取り戻すわけでもなく、じっと押し黙ったままステージを見つめていた。
バンドのメンバーがハケてステージが暗くなると同時にフロアが明るくなる。それでもまだ英理奈さんは動かない。いい加減沈黙に耐えきれなくなってオレが口を開きかけた時、
「近いうちに、話さないといけない事があるの。時間出来たら、連絡して」
暗い無人のステージを見つめたまま、彼女はそう言った。
「……何それ。そんな言い方されると気になるじゃん、今言ってよ」
指先が冷たく感じる。早鐘のような自分の心臓の音がうるさくてしょうがない。
「ちゃんと、話したいから、ごめん……」
まだオレを見てくれない。
「……ねぇ、こっち向いてよ」
「………」
「英理奈さん!」
彼女の腕を力任せに引っ張る。
「……今日は、もう帰るね」
作り笑いを浮かべ、オレの手を振り解いて英理奈さんは出口へと歩き出した。急な変わりように全く理解が追いつかず一人取り残されかけたがすぐに我にかえり彼女を追いかける。
「ちょっと待ってよ英理奈さん!」
ロビーを抜けてエントランス付近で追いついた。
「とりあえず、送っていくから」
少しだけでもいい、今話がしたい。
「大丈夫、駅もすぐ近くだし」
頑なな彼女の態度に痺れを切らし人目も気にせず手を引いて歩き出そうとした時だった。
「あ、やっぱり、森さん」
反射的に繋いだ手を離す。誰かを見送って戻って来たらしい一人の男性が声をかけてきた。浜野さんのバンドのヘルプでベースを弾いていた、確か名前は、
「……長池くん」
微かに震える声で発せられた彼女の声に驚いてオレは二人の顔を交互に見る。
知り合い、だったのか。
「あー良かった。オレの事覚えててくれてたんすね。お久しぶりです。昔はそんなに絡む機会無かったから声かけたはいいけど、覚えてなかったら気まずいなぁって一瞬思いましたよ」
「……覚えてるよ。ライブ中もすぐ気が付いたし、ベース続けてるんだね」
「今日はヘルプですけどね、一応自分のバンドもやってますよ」
「……あの、二人はどういう?」
このままでは完全に蚊帳の外だ。居た堪れなくなる前に会話に割り込む。
「あぁ、ごめんね。大学のサークルの先輩と後輩」
英理奈さんと自分を指差しながら長池さんは簡潔に関係を説明してくれた。
「自分とこのバンド観させてもらって、フロアで見かけたから声かけようと思ったら二人一緒にいるの目に入って、そん時から森さんに似てるなーとは思ってたんだけど、何か良い雰囲気だったし邪魔したら悪いかなって声かけられなくて、やっぱ森さんだったんすね、ちょっと驚いたな……」
英理奈さんはさっきから黙ったままだ。
構う事なく長池さんはさらに話を続ける。
「一曲目からなんか既視感あるなぁって思ってたんだけど、ジミヘンの『ファイア』演ってんの見てマジかよって思って、で、改めて森さんと並んでる姿見てるともうほんとに、ヤバいくらいそっくりだな、ねぇ森さん、……森さん?」
隣で立ち尽くしている英理奈さんの様子を伺うと、見たこともない程に顔が真っ青だ。
そっくりって、誰が、誰に?
何の話だ?
「ごめんなさい、急いでるから、帰るね」
そう言って、一度もオレを振り返ることなく、英理奈さんは走って行ってしまった。その後ろ姿をオレはただ呆然と見ているしか出来なかった。
もうこれ以上追いかける気力も無い。
「……あー、言っちゃまずかったかな、ごめんな」
その様子を共に見ていた長池さんが申し訳無さそうに呟く。
「……そっくりって、誰の事ですか?」
長池さんはオレの質問にすぐには答えず、じっとオレの顔を見ている。
「その前に、二人って付き合ってんの?」
「……いえ、付き合っては、無いです」
「……ふーん、まぁいいけど。森さんが言ってない事オレが勝手にしゃべるのもなぁ。でもまぁ中途半端に聞かされたら気になるよな。じゃあ、警告代わりに教えてやるよ」
……警告?
「付き合ってないんなら、あの人はやめといた方がいい。……おまえさ、森さんが大学のサークル時代仲良かった先輩に、そっくりなんだよ」
※歌詞引用 The Beatles 『Eleanor Rigby』
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