17 / 45
chapter 2
ある愛の歌を(1)
しおりを挟むロックバー『ドアーズ』では毎月第二日曜日に飛び入りの弾き語りライブをしている。
一応エントリー制だけどよっぽど多くない限りいつも最後はルール無視の何でもあり状態のセッション大会になってしまう。
今日も馴染みのメンバーが順番に歌い、みんな一通り回ったら後は歌いたい人が何度でもマイクの前に行って歌い、それに合わせてみんなで大合唱になる。いつもの光景だ。
愛すべき常連のおじさん達がボブ・ディランの曲を大合唱している時、店の扉が少しだけ開いた。
私の位置からは誰が来たのかわからない。扉のすぐ近くにいた樋口くんが笑顔で対応してくれ、来店者はすぐに顔を覗かせた。杉浦くんと、彼のバンドのメンバーの子だった。
ちょうど大合唱が終わる頃樋口くんに促され空いていたカウンター席に二人が座る。
「いらっしゃい、びっくりした?」
「はい、ここでライブもしてるって言うのは知ってたけど、そういえば日曜日に来たのは初めてかも。いいな、すげぇ楽しそう」
二人は揃ってビールを注文したのでサーバーからビールグラスに手際良くビールを注ぐ。
「そうだ。せっかくだし歌ってよ」
樋口くんが提案する。
私も聴いてみたい。
「え、いいんですか?そんな急に来て急に歌っても」
「全然良いよ。ねぇ?マスター。もうこの時間はカオスだし、何でもあり」
マスターもニカッと笑って頷いている。
「あー、でもギター持って来てないし」
「え、杉浦くんてギター弾けるの?」
「……樋口さん、オレいちおうギターボーカルなんすけど」
バンドメンバーの子が吹き出して笑っている。
ごめん、私も知らなかった。ボーカルだけだと思ってた。
「おれのギター使っていいよ」
先程ボブ・ディランの大合唱を先導していた三浦さんがいつの間にか側に来てギターを差し出している。三浦さんはこの近くで『サイモン』という喫茶店を経営していて『ドアーズ』開店当初からの常連さんだ。
「いいんですか?うわ、J45じゃないですか、マジで借りて良いんですか?じゃあ、せっかくだしちょっとだけ……、あ、あのカホンはこの店のでしたよね?おまえ叩いて」
「え、オレもやんの?」
バンドメンバーの子が面倒くさそうに言う割にはすぐに立ち上がり一緒にステージへ向かった。仲良しだな。
『あー、何か急にすみません。オレのこの店での認知度が思ってた以上に低かったという事が先程判明致しまして、このままではいかんぞと、うわ、このギターマジですげぇ良い音しますね、いいなぁ、欲しいな。あ、用意出来た?……と言う事で、えー、じゃあ、本気出します』
ギターのチューニングをしながらサラッとMCをこなす。
『じゃあ、……ドント・レット・ミー・ダウン』
そう言って借り物のギブソンJ45を弾き、ザ・ビートルズの『ドント・レット・ミー・ダウン』を歌い始めた彼の姿は、ついさっきまでとはまるで別人のようだった。
顔付きは鋭くなり、普段の物腰の柔らかい話し方とは全く違う、荒々しい歌声とギター、そうかと思えば時に繊細で、憂いと熱を帯びていて……。
こんな色気、どこに隠し持ってたの。
これじゃ、まるで。
とても直視出来ない。私は視線を落とし、耳だけをステージに集中させた。
やっぱり、この子は嫌でも昔の事を思い出させる。
「ありがとうございました」
歌い終えて歓声と拍手の嵐の中満足そうに笑っている。最後はやっぱり大合唱になっていた。
「すげーじゃん、めっちゃ上手いし。いやーさすがプロ。CD出来たら即買うし友達とかにもおすすめしまくるわ」
「いや、だから樋口さんその話はダメだって、それにまだプロじゃないし」
「何おまえ、言ったの?阿部さんに締め上げられるぞ」
「おまえも頼むから絶対にバラすなよ」
「自分のせいだろオレは知らん」
やっぱり別人だったんじゃないだろうか、そう思ってしまう程に普段は普通の男の子だ。
「あ、理香子さん、どうでした?」
「え、あぁ、うん。選曲が、……ずるい」
「え、えぇー……」
カホンを叩いていたバンドメンバーの子がまたツボにハマったらしく笑っている。
ほんとに、ずるいよ。
なんでよりにもよってあの曲を歌うの。
あんな歌とギター聴かされたら、もう一度、聴きたくなってしまう……。
0
あなたにおすすめの小説
Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜
葉月 まい
恋愛
ーー私はあの夜、一生分の恋をしたーー
あなたとの思い出さえあれば、この先も生きていける。
見ると幸せになれるという
珍しい月 ブルームーン。
月の光に照らされた、たったひと晩の
それは奇跡みたいな恋だった。
‧₊˚✧ 登場人物 ✩˚。⋆
藤原 小夜(23歳) …楽器店勤務、夜はバーのピアニスト
来栖 想(26歳) …新進気鋭のシンガーソングライター
想のファンにケガをさせられた小夜は、
責任を感じた想にバーでのピアノ演奏の代役を頼む。
それは数年に一度の、ブルームーンの夜だった。
ひと晩だけの思い出のはずだったが……
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
傷痕~想い出に変わるまで~
櫻井音衣
恋愛
あの人との未来を手放したのはもうずっと前。
私たちは確かに愛し合っていたはずなのに
いつの頃からか
視線の先にあるものが違い始めた。
だからさよなら。
私の愛した人。
今もまだ私は
あなたと過ごした幸せだった日々と
あなたを傷付け裏切られた日の
悲しみの狭間でさまよっている。
篠宮 瑞希は32歳バツイチ独身。
勝山 光との
5年間の結婚生活に終止符を打って5年。
同じくバツイチ独身の同期
門倉 凌平 32歳。
3年間の結婚生活に終止符を打って3年。
なぜ離婚したのか。
あの時どうすれば離婚を回避できたのか。
『禊』と称して
後悔と反省を繰り返す二人に
本当の幸せは訪れるのか?
~その傷痕が癒える頃には
すべてが想い出に変わっているだろう~
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
夜の帝王の一途な愛
ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。
ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。
翻弄される結城あゆみ。
そんな凌には誰にも言えない秘密があった。
あゆみの運命は……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる