グレープフルーツムーン

青井さかな

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chapter 2

ある愛の歌を(1)

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 ロックバー『ドアーズ』では毎月第二日曜日に飛び入りの弾き語りライブをしている。
 一応エントリー制だけどよっぽど多くない限りいつも最後はルール無視の何でもあり状態のセッション大会になってしまう。

 今日も馴染みのメンバーが順番に歌い、みんな一通り回ったら後は歌いたい人が何度でもマイクの前に行って歌い、それに合わせてみんなで大合唱になる。いつもの光景だ。

 愛すべき常連のおじさん達がボブ・ディランの曲を大合唱している時、店の扉が少しだけ開いた。
 私の位置からは誰が来たのかわからない。扉のすぐ近くにいた樋口くんが笑顔で対応してくれ、来店者はすぐに顔を覗かせた。杉浦くんと、彼のバンドのメンバーの子だった。
 ちょうど大合唱が終わる頃樋口くんに促され空いていたカウンター席に二人が座る。

「いらっしゃい、びっくりした?」

「はい、ここでライブもしてるって言うのは知ってたけど、そういえば日曜日に来たのは初めてかも。いいな、すげぇ楽しそう」

 二人は揃ってビールを注文したのでサーバーからビールグラスに手際良くビールを注ぐ。

「そうだ。せっかくだし歌ってよ」

 樋口くんが提案する。
 私も聴いてみたい。

「え、いいんですか?そんな急に来て急に歌っても」

「全然良いよ。ねぇ?マスター。もうこの時間はカオスだし、何でもあり」

 マスターもニカッと笑って頷いている。

「あー、でもギター持って来てないし」

「え、杉浦くんてギター弾けるの?」

「……樋口さん、オレいちおうギターボーカルなんすけど」

 バンドメンバーの子が吹き出して笑っている。
 ごめん、私も知らなかった。ボーカルだけだと思ってた。

「おれのギター使っていいよ」

 先程ボブ・ディランの大合唱を先導していた三浦さんがいつの間にか側に来てギターを差し出している。三浦さんはこの近くで『サイモン』という喫茶店を経営していて『ドアーズ』開店当初からの常連さんだ。

「いいんですか?うわ、J45じゃないですか、マジで借りて良いんですか?じゃあ、せっかくだしちょっとだけ……、あ、あのカホンはこの店のでしたよね?おまえ叩いて」

「え、オレもやんの?」

 バンドメンバーの子が面倒くさそうに言う割にはすぐに立ち上がり一緒にステージへ向かった。仲良しだな。

『あー、何か急にすみません。オレのこの店での認知度が思ってた以上に低かったという事が先程判明致しまして、このままではいかんぞと、うわ、このギターマジですげぇ良い音しますね、いいなぁ、欲しいな。あ、用意出来た?……と言う事で、えー、じゃあ、本気出します』

 ギターのチューニングをしながらサラッとMCをこなす。

『じゃあ、……ドント・レット・ミー・ダウン』

 そう言って借り物のギブソンJ45を弾き、ザ・ビートルズの『ドント・レット・ミー・ダウン』を歌い始めた彼の姿は、ついさっきまでとはまるで別人のようだった。
 顔付きは鋭くなり、普段の物腰の柔らかい話し方とは全く違う、荒々しい歌声とギター、そうかと思えば時に繊細で、憂いと熱を帯びていて……。

 こんな色気、どこに隠し持ってたの。
 これじゃ、まるで。

 とても直視出来ない。私は視線を落とし、耳だけをステージに集中させた。
 やっぱり、この子は嫌でも昔の事を思い出させる。


「ありがとうございました」

 歌い終えて歓声と拍手の嵐の中満足そうに笑っている。最後はやっぱり大合唱になっていた。

「すげーじゃん、めっちゃ上手いし。いやーさすがプロ。CD出来たら即買うし友達とかにもおすすめしまくるわ」

「いや、だから樋口さんその話はダメだって、それにまだプロじゃないし」

「何おまえ、言ったの?阿部さんに締め上げられるぞ」

「おまえも頼むから絶対にバラすなよ」

「自分のせいだろオレは知らん」

 やっぱり別人だったんじゃないだろうか、そう思ってしまう程に普段は普通の男の子だ。

「あ、理香子さん、どうでした?」

「え、あぁ、うん。選曲が、……ずるい」

「え、えぇー……」

 カホンを叩いていたバンドメンバーの子がまたツボにハマったらしく笑っている。

 ほんとに、ずるいよ。
 なんでよりにもよってあの曲を歌うの。
 あんな歌とギター聴かされたら、もう一度、聴きたくなってしまう……。





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