グレープフルーツムーン

青井さかな

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chapter 2

巡り巡るグルーヴ(3)

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「もう焦ったわ。自分結構人たらしなとこあんのな」

 樋口くんには言われたくないだろう。
 私は樋口くん以上の人たらしには出会った事がない。もうちょっと顔が良ければ簡単にナンバーワンホストになれたろうに、とよく陰で言われているのは樋口くんには内緒だ。

「理香子さん、リクエストしていいですか?」

「もちろん、何?」

 ちょうどレコードが終わりかけだった。

「ホワイトアルバム、C面から」

 よくあるリクエストなのに、少し動揺してしまった。
 まだ若い杉浦くんを見ているとどうしても昔の事があれこれ重なってしまう。

「……あれ、無かった?」

「あぁごめん、もちろんあるよ」

 レコードの棚から真っ白なジャケットのアルバムを迷う事なく手に取る。
 ザ・ビートルズの通称『ホワイトアルバム』、C面の一曲目は『バースデイ』、懐かしいな。

「ほんとビートルズ好きだよね。この前も和田さんと延々ビートルズ談義してたもんね」

 樋口くんはあまりビートルズには詳しくない。彼はどちらかというともう少し激しめのオルタナティブやグランジ、ガレージロックが好みらしい。
 和田さんというのはここの開店当初からの常連さんでもうすぐ還暦。超が付くほどのビートルズマニアで家にはビートルズ関連のお宝がゴロゴロあるとか。

「和田さんね、すごかった。ほんとに詳しくてすげぇ勉強になった。また話したいなぁ」

 しばし今日はこの場にいない和田さんの話題で盛り上がる。
 杉浦くんくらいの年齢の子なら理屈っぽくて上から目線で語る年上の世代を疎ましく思ってもおかしくないのに、彼にはそういう部分が無い。そんな姿勢からもこの子は本当に音楽が好きなんだなぁと見ていて感心するし微笑ましくなる。

 C面六曲目は『ヘルター・スケルター』このイントロのギターはいつ聴いても胸が掻きむしられるように熱くなる。

「え、すげぇロック。ビートルズってこういうのもあるんだ、かっこいー」

 樋口くんが珍しくビートルズに食い付いた。こうやってビートルズは未だに新しいファンを増やしていく。

「ヘルター・スケルター、オレよく演ってました。今のバンドでも、大学生の頃は結構カバー曲もライブに取り入れてて、……最近はさすがにオリジナルばっかだけど」

 杉浦くんがステージで歌う『ヘルター・スケルター』を想像して胸が騒つく。

「……へぇ、観てみたかったな」

「オレも久しぶりに演ってみたくなりました。次のスタジオ練習で歌ってみようかな」 

「そういえばしょっちゅう来てくれてるようになった割にはライブ観に行った事も無いしどういう音楽やってんのかもまだ知らないな。聴かせてよ。CDとかあるの?つーかライブ行ってみたい」

 樋口くんが食い気味に言う。

「あー、CDは自主制作のならまだ少しだけ残ってるけど。……実は今、ほんとはまだあんまり言っちゃいけないんだけど、阿部さんとこで全国流通盤のレコーディングさせてもらってて、もうすぐ終わりそうだから、出来たらそっち聴いてほしい……。あと、ライブはどうしても週末の夜が多いから来て欲しいけど、誘い難くて」

「何?全国……なんちゃら」

「全国流通盤、いわゆるインディーズですけど、全国のCDショップとかにも並べて貰えるんです」

「え!凄いじゃん!」

「まぁ、まだインディーズだけど、でもやっとここまで来たから、嬉しいです。今はサブスクでも聴けるけど、やっぱりCD出すのは目標だったから。……あ、でもほんとにまだ言っちゃいけないヤツなんで、特に阿部さんにはオレが言っちゃった事絶対内緒で」 

 バツが悪そうにそう言っているけど、その瞳はキラキラと輝いてとても良い表情をしていた。



 今日『ヘルター・スケルター』を聴いたせいか、久しぶりに昔の夢を見た。見る物触れる物何でも新鮮で、どんなくだらない事にでも真剣で、周りが見えなくなる程見栄を張ってばかりで。
 今ならもっと素直にいろんなこと話せるのに。
 あの頃言えなかった事、聞きたかった事が、たくさんある……。


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