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chapter 2
A Day in the Life(1)
しおりを挟む午前七時過ぎ、駅へ向かう人の流れに逆らって雨上がりの濡れた道を一人歩く。
まだ寝ているかな、と気を使い静かに昨夜この部屋を出て行く時に渡された合鍵で通いなれた部屋のドアを開け中へ入ると、ここの家主だけが起きていて、他のみんなはそれぞれ床に転がって寝ていた。
「おかえり」
「……ただいま。ずっと起きてたの?」
「まさか。おまえが出てってしばらくしてオレは寝たよ。で、さっき起きたとこ。こいつらがいつ寝たのかオレは知らん」
湊は神経質なところがある割には部屋に他人が居ようが騒音の中だろうが寝たい時に寝られるタイプだ。
「コーヒー飲む?」
そう言えばドアを開けた時コーヒーの良い香りがしていた。
「あぁ、うん」
空になったマグカップを持って立ち上がり、自分の分とオレの分のコーヒーを入れて戻ると湊は煙草に火を付けた。
「煙草、一本貰っていい?」
「……おまえやめたんじゃなかった?」
「………今だけ」
無言で自分の煙草とライターを差し出してくれた。箱から一本抜いて火を付ける。
「……なんも聞かないの?」
「おまえが言いたいならオレは聞くよ」
おまえは、そういうやつだよな。
「結局何も言えなかったし聞けなかったよ。つーか、聞きたくなかった。オレに対する恋愛感情は無かったってはっきり知るのも嫌だったし、逆にもしオレの事を好きだと言われても、六歳も年上の彼女を婚約者から奪ってまだ学生のオレが幸せに出来るとも思えないし、何より昔の忘れられない男、ずっと重ねて見られるんだよ、そんなの無理だろ。どっちもごめんだ。……おまえの言う通りオレは、逃げたんだよ」
もう忘れたいのにさっきから彼女の寂し気な笑顔が頭にチラついて消えてくれない。
部屋を出てすぐ彼女から届いたメッセージに返事をした。それに対する彼女からの返事は無い。
おそらく、返事が来る事はもうこのまま無いだろう。
「そうか。……けど、昨日の夜うち飛び出してく前よりは今の方がまだマシな顔してるよ。もう一度会えて、話せて良かったんじゃね?」
「……そうだな。あのまま終わるよりはまだ、ちゃんと終わらせる覚悟は出来たかな」
「おまえにしては頑張ったよ」
「何だよそれ、褒めてんの、けなしてんの?」
「どっちでもねぇ」
「意味わかんねーし、あーあ、おまえと話してると気ぃ抜けるわ」
「だからさっさと話せば良かったんだよ」
「………あぁ、そうだな」
格好付けようとして格好付かなくて、無理して、一人じゃ何の答えも出せなくて、ほんとダサいなオレ。けど、結局オレはその程度の人間だ。
「あ、そーだ。おまえがあのライブ以来ずっとボケてたから言えてなかったけど、ライブ終わっておまえが帰った後に声掛けてきた人がいて、今度会って話したいって」
「は?何、どう言う事?」
「オレはよくわからんからおまえ頼んだ」
「いやマジで意味わかんねーし。……もういいや、ちょっと眠くなってきたからオレも寝ていい?」
「いつも好きなだけ寝てんじゃん」
その場に寝転がり目を閉じる。
起きたら何をしよう。
今のオレに何が出来る?
あぁそうだ、ずっと煮詰まって完成出来ないでいた曲をもう一度考えてみようか。
今なら名曲が出来そうだ……。
あの日、湊の部屋で少し眠ってから自宅に戻り、もともとあった曲のアイディアを全部捨てて、ほぼ一日で新曲のメロディーと歌詞を完成させた。アレンジも頭の中で鳴っていた音を数日かけ宅録で作り込んでからスタジオ練習前にメンバーに聴かせて、次のライブで初披露した。
あの日のライブは最悪だった。
当日は阿部さん以外にも音楽関係者が数人オレたちを観に来ていた。『HARVEST』でのライブ映像をSNSで公開したところ思いのほか反響があったからだ。
ライブ後にかけられた言葉は『まだ大学生だしね』とか『これからもっとライブこなすようにしたら良くなるかもね』など、奥歯に物が挟まったような物言いばかりだった。何も言わずに帰った人もいる。
そんな中、阿部さんだけは『最悪だな、詐欺にでもあった気分だ』とはっきり言ってくれた。その上で『今日やった新曲、あれ以上のものをこれからも作り続ける自信はあるか?』そう聞いてきた。
オレが今も音楽を続けていられるのはメンバーと阿部さんのおかげだ。
なのに何でオレは、こんなにも、もうどうしようもない想いに、今更振り回されているんだ……。
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