グレープフルーツムーン

青井さかな

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chapter 2

what's going on(3)

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「お邪魔します」

 オレがちゃんと見えているのか?
 顔色一つ変える事なく当たり前のように理香子さんが湊の部屋の中に入って来る。
 いや、そもそもなんで湊が理香子さんと一緒にいるんだ?

「すごいビックリしてるみたいなんだけど、私が来る事言ってなかったの?」

「なんか、もうどう説明したらいいかわかんなくなって、すみません」

「まぁ私は、良いけど」

 何そのやりとり、まだ昨日の酒が抜けきっていない上にこの状況、全く頭が働いていない。

「えっと、大丈夫?なんか顔色悪いけど」

「ただの二日酔いですよ。適当に座ってください。コーヒーで良いですか?」

「ありがとう」

 そう言って理香子さんはテーブルを挟んでオレの向かいに座り、真っ直ぐオレへと視線を向ける。

「ちょ、ちょっと待って」

 耐えきれずオレは立ち上がり冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを取り出し半分程一気に飲んでからコーヒーを淹れてくれている湊を見ると、物凄く残念な物を見るような呆れ返った目でオレを見ていた。

「おまえ、これ、どういう事?」

 小声で湊に尋ねる。

「オレは頼まれただけだよ」

 湊がテーブルに二人分のコーヒーを並べている。

「ありがとう。ごめんね、まさかおうちにお邪魔させてもらえるとは思ってなかったから手ぶらで来ちゃった」

「いえ、こっちこそこんなむさ苦しいとこですみません。……じゃオレは席外してるんで」

 湊が玄関に向かう。
 いや、ちょっと待て。

「え、なんで?全然居てくれて構わないけど、湊くんも話聞きたかったんじゃないの?」

「気にはなりますけど、思ってた以上にこの空気耐えられそうに無いんで、後であいつに聞きます」

 そう言い残して湊は本当に出て行きやがった。
 マジで、どうしたらいいんだ。

「とりあえず、もう少し落ち着いてからでいいし、私の話聞いてくれるかな?」

 混乱して取り乱しまくっているオレに理香子さんは優しく声を掛けてくれる。
 オレ、ダサ過ぎるな。落ちるところまで落ちた、もう開き直るしかない。
 意を決して理香子さんの前に座り直す。

「……すみません」

「ううん、急に来たのは私だし、まぁ前もって言ってくれてると思ってたんだけど。……昨日湊くんが『ドアーズ』に一人で来てくれて、彼と少し話をして、それで杉浦くんとどうしても話さないと、って思ったから湊くんに協力してもらったの」

「オレと?」

 改まって理香子さんの方からオレに何の話があると言うんだ?オレの方からなら、向き合わなければいけない問題はあるにはあるが。

「うん、……まわりくどい言い方は好きじゃないんだけど、まずは確認しておきたくて」

 そう言うと理香子さんは何かを取り出そうと自分のバッグに手を伸ばした。 

「……これ、キミの?」

 少しだけ躊躇した後、理香子さんがバッグから取り出した物をそっとテーブルの上に置く。
 袋には入れられずキレイに畳まれた折り畳み傘だった。それを見て、心臓がドクンと鳴る。
 理香子さんは黙ったままそんなオレの反応をじっと見ていた。

「……どうして、理香子さんがこれを」

「やっぱり、そう、なんだ」

 いたって普通の市販の折り畳み傘だが、見覚えがあるどころじゃない、これは、あの日までオレが使っていた傘だ。

「じゃあ、もうはっきり言うね、リナは、森英理奈は私の親友なの」

 何だって?今、何て言った?
 親友?理香子さんと、……英理奈さんが?
 “リナ”って、英理奈さんの事だったのか。

「ちょっと待って、全然頭が追いついてない」

 すぐに理解は出来ないが、理香子さんの口から英理奈さんの名前が出た時点で二人の関係性は一先ず事実だとして、そこからどうしてオレと英理奈さんが結び付いた?英理奈さんから聞いていたのか?オレの事、だとしたら、

「最初から、知ってたんですか?オレの事」

「ううん、知らなかった。ただ、あの当時リナから少しだけ話は聞いてて、何なら最近まで忘れてたんだけど、ちょっと前に阿部さんが店に来た時に、杉浦くんが昔、年上で音楽好きで別の男と婚約中の女にボロボロにされたって、話をしてて」

 勝手になんて話をしてくれてるんだ、あの人は。

「それで思い出したの、身近にもそういう話があった事。とはいえそんな偶然そうそう無いだろとは思ったんだけど、考えれば考える程、杉浦くんとリナの好きな音楽は似てるし、当時まだ大学生だって言ってたから年齢的にも合うし、何より、杉浦くんの歌ってる姿は……」

 理香子さんが言葉を詰まらせる。
 歌っている姿、そうか、英理奈さんの親友という事は。

「初めて店に来てくれた時から何となく思ってはいたの。飛び入りで歌ってくれた時も、それで、この前のチケットくれたライブ、少しだけ観させてもらったんだけど」

 あの日、理香子さんは来てくれていたんだ。

「レスポール弾きながら歌う姿を観て、確信した。リナはこれを、観たんだなって」

 何で、どうしてだ。
 何処まで行っても付き纏われる幻想。
 オレは一度だって観たことも無くて、どんなに囚われていてもこの先自分の目で確かめる事は叶わないというのに。

「……そんなに、似てますか?」

「あぁ、知ってるんだ。……そうだね、似てる、本当に、私が言うんだから間違いない」

「どういう事?」

「付き合ってたから、私、浅野さんと」

 今日何度目の衝撃だろう。

「理香子さんが付き合ってたって、え、だって英理奈さんは、」

 言いかけて止める、それを軽々しく口にするのは何となく、まずい気がする。
 英理奈さんはあの時はっきりとは言わなかったけど、オレから見て、どう考えても浅野さんの事が好きだった。
 親友の恋人を、好きだったのか。
 しかも一度だけとはいえ、それなりの関係があった事も認めているわけで。

「……リナは、やっぱり浅野さんの事好きだったんだ」

「………」

 否定も肯定も出来ずにいると理香子さんは話を続けた。

「私には何も言ってくれなかった。まぁ、私も聞かなかったし、リナにも、浅野さんにも」

「昔は、違うと思ってたって、いなくなってはじめて、大切な人だった事に気付いたって、言ってました」

 言っていいのか迷ったが、二人の間のすれ違いは少しでも無くしておきたかった。

「そうなんだ。リナは、確かにそうかもね。……けど、浅野さんは多分私と別れる前にはもうリナの事本気で好きになってたと思う」

 初めて聞く話だ。それもそうか、オレはその頃の話を英理奈さんからしか聞いていない。物事なんて違う側面から見ると全く別物になるなんてよくある話だ。

「……それで別れたんですか?」

「それだけじゃ無いけどね。……でも、そもそも私が浅野さんと付き合う事になったきっかけは、私の、リナへの嫉妬だから……」







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