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chapter 3
まだ鳴り続ける日々の音(1)
しおりを挟む「リカ、オレと付き合う気になった?」
まただ。
次の講義がある教室へ向かう道中、後方からかけられた声の相手はもう振り返らなくてもわかる。
「付き合いませんって、何度言ったらわかってくれるんですか」
面倒だが適度に相手をしないと何処までもついて来るので振り返ってはっきりと告げる。
一緒に教室に向かっていたリナの足も止めさせてしまった。
「今からどっか遊びに行こう、オレの家でもいいけど」
「何でですか、行きませんよ。私はこれから講義があって急いでるんです」
「あ、これやるし。終わったら後で部室寄って」
私の好きな銘柄の、食べかけのチョコレートを押し付けて去って行った。
相変わらずの噛み合わないやりとりを真横で聞いていたリナが笑っている。
「相変わらずだね浅野さん。もう諦めて付き合ってみたら?」
「リナまで何言ってるの。だいたい浅野さん彼女いるじゃん」
「リカが付き合ってくれるならさすがに別れるんじゃない?」
「ならせめて別れてから言ってほしい。それでも付き合う気は無いけど」
何故こんな事になったのか、それは大学に入学して一ヶ月程経ったある日の出来事がきっかけだった。
学生課に用があったリナとは珍しく別行動をして次の教室を目指し一人で大学構内を歩いていると、二人連れの体格の良い男の人が私の進路を塞ぐ様に立ちはだかった。避けて通ろうとするとまた邪魔をされる。
「……何ですか」
無視したかったけどどうにも通してくれそうに無い。
「一年生?かわいいね、サッカー部のマネージャーやらない?」
ニヤニヤしながら顔を近付けて来る。
「しません。授業に遅れるんで通して下さい」
自慢では無いがナンパされるのは今回が初めてでは無い。相手にイケると思われない事が大事なので毅然とした態度で対応してそのまま通り抜けようとした時、腕を掴まれた。
「何するんですか、離して下さい」
「いいじゃん、ちょっとあっちで話するだけだからさぁ」
腕を引っ張られ、さらにもう一人の男に持っていたバッグを奪われた。あ、これヤバイかも。大声を出して誰か助けを呼ぼうと思った、その時……、
「何やってんだよ!」
「いってぇ!何すんだ、てめぇ!」
声の主が私のバッグを奪った人に鮮やかな蹴りをくらわせた。蹴られた拍子に男がバッグを落としたので私はもう一人の男に掴まれていた腕を自力で振り解きすぐさま取り返す。
「浅野!おまえ!」
「何だよ、やんのか?」
いつの間にか私達の周りを人が取り囲んでいた。その様子に気付いてサッカー部らしき二人組は「覚えてろよ浅野」と吐き捨てる様に言って去って行った。
「リカ?どうしたの大丈夫?」
入れ替わる様に別行動をしていたリナが慌てた様子で駆け寄って来てくれる。
「うん、大丈夫、……あ、あの」
助けてくれた人が何も言わずに立ち去ろうとしていたので思わず声をかけた。
「ありがとうございます、助けていただいて……」
「……別に、ただ、あいつらしつこいから、気を付けて」
少しだけ振り返ってそう言うとその人も行ってしまった。
それが私達と浅野さんとの出会いだった。
そして、浅野さんの言う通り、あの時のサッカー部の二人は本当にしつこかった。
私だけならともかくいつも一緒に居るリナも目を付けられてしまって事あるごとに私達に近付いて来る。自分達で何とかかわしたり、また浅野さんが助けてくれたり、気付いたら浅野さんと浅野さんのサークルの人達がまるで私達のボディーガードのようになっていた。
どうしてそこまでしてくれるのかと尋ねると、浅野さんと同じサークルの女の子が過去に私達と同じ目あって以来、サッカー部とは因縁の仲らしい。
しばらくすると、そのサッカー部の二人が何やら問題を起こしたとかで大学内で見掛けなくなりようやく落ち着いた。と、同時にすっかり親しくなった浅野さんに言い寄られる様になったのはその頃だった。……つまり、相手が変わっただけで私の状況は対して変わっていない、どころか、しつこさで言うと断然浅野さんの方が、しつこかった。
「後で部室行くの?」
「行かないよ、部員じゃないし」
浅野さんは軽音サークルに所属している。何度もそのサークルに入れと誘われているが、正直あんまり興味はないし、入部したらどこまでエスカレートするのか恐ろしくてとてもじゃないけど無理だ。
「まぁ私は二人のやりとりコントみたいで見てて面白いけどね」
そう言ってリナがまた笑っている。
「リナって結構浅野さんの事気に入ってるよね」
「見てて飽きないかな。……男としては、確かにちょっと微妙だけど」
もう本当にその通りだ。
悪い人では無い。良い人でも無いけど。会話は噛み合わないけど一緒に居て嫌では無い。多分、付き合うのは簡単だ。好きになれるかは、正直微妙なところ。
「リカリナ」
「何ですかその呼び方」
ある日の午後、また浅野さんに見つかった。
私は今日もリナと一緒にいる。
「これ来て、明日」
そう言ってチケットの様な物を二枚手渡してきた。
「何ですか?」
「サークルのライブ、『Goldmine』ってライブハウスでやるから、絶対来いよ」
要件だけ言うと今日はすぐに行ってしまった。ギター持ってるからこれから練習かな。
「明日ってまた急だね。絶対来て欲しいなら前もって言えばいいのに、そういうとこ雑だよね、浅野さん」
本当に、リナの言う通りだ。
「……リナ、明日もバイト?」
「行くの?」
「私は、明日予定無いけど、でも一人で行くのは、無理」
「行かなかったら後でうるさそうだもんね。この前もリカ部室寄らずに帰ったから次の日ずっと追いかけて来たしね。いいよ、私明日バイト休みだから付き合う」
もうリナが女神に見える。浅野さんじゃなくてリナと付き合いたい。
「ありがとう、リナ大好き」
「ついでにうち泊まってく?」
「泊まる!」
うん、やっぱリナがいい。
そして翌日の夕方。
一人暮らしのリナのアパートにお泊まりの荷物を置いてから一緒に『Goldmine』というライブハウスに向かった。
浅野さんや、浅野さんと仲の良いサークルの一部の人とは以前サッカー部の人にしつこくされていた時に親しくなったけど、サークル全体のこういったイベント事に参加するのは実は初めてで、私は少し緊張していた。
そんな私の様子を察してくれているのか、リナは自らライブハウスの場所を調べてくれたり、ドアを開けてくれたり、意外と小心者の私を引っ張って行ってくれた。
ライブハウスの中へ入ると、知った顔、知らない顔たくさんの人がいて一斉にこっちを見た。
「あ、リカちゃんだぁ」
全然覚えの無い女の人に素性がバレてる。
……誰?やっぱりもう帰りたい。
「浅野どこ行った?教えてあげたら?超気合入るでしょ」
「あたし探して来る~」
別の知らない女の人が楽しそうにどこかへ行った。
「あたし、浅野と同じ学年の原田です。ウワサのリカちゃん、ずっと話してみたかったんだよねぇ。ほんっとカワイイな、そりゃ浅野も惚れ込むわ。お友達までカワイイし。二人とも楽しんでいってね、見た目イカついやつばっかだけどただのバカの集まりだから、全然怖くないからねー」
「……はい」
「リカ!」
さっきどこかへ行った女の人が浅野さんを連れて戻って来た。
「オレ今日トリだし、おまえちゃんと最後までいろよ」
私の頭をポンっと撫でると浅野さんはすぐまたどこかへ行ってしまった。
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