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chapter 4
Get Back(2)
しおりを挟む「……やっぱり調子崩してインディーズデビューの話がなかなか進まなかったの、私のせいなんだ」
最初に気にするとこ、そこなの?……っていうか、
「知ってたんだ、調子崩してたの」
明らかにしまった、という顔をしている。リナは昔から何考えてるのかわかり難いと言われる事が多いが案外肝心な事は顔に出やすい。
「もしかしてずっとライブ観に行ってた?」
「さすがにそれはしてない。……ただ、時々SNSは見てた。あの当時のライブの感想とか、結構辛辣なの多くて」
「へぇ、じゃあインディーズデビューの話も、いつどこでライブするとかも、全部知ってたんだ。……未練だね」
「ちが、そうじゃなくて、私の気持ちとか関係無しに、杉浦くんのバンドは良いバンドだと思うから、せめて陰ながらでも応援したくて、……未練かな」
「そうだね」
「じゃあ、どうしたら」
「別にそんなこそこそする必要無くない?」
「でも、彼は私を許してはくれないだろうし」
「どうして?」
「どうしてって、私が彼にどれだけ酷い事したか」
杉浦くんの気持ちを今ここで全部リナに教えてあげるのは簡単だ。だけど、それが今のリナと、彼のためになるとは思えない。
「だったらきっぱり忘れなよ。いつまでも過去に縋ってないで。あ、そうだ、あの傘、杉浦くんに返しといたしね」
「……なんで」
「もともと杉浦くんの物でしょ?」
「そうだけど」
「だったら、もう関わる気ないなら問題ないでしょ」
リナの表情がどんどん曇っていく。
「あんな良い子なのにね。確かに見た目と音楽の好みやライブでの姿は浅野さんによく似てるけど、浅野さんと違って本当素直で可愛げもあるし、優しいし、将来性もあるし?杉浦くん見てたらなんだか忘れかけてた気持ちとか思い出すなぁ。……リナがもういいなら、彼、私が狙ってもいい?」
「リカ、何言ってるの、そんなの」
「ダメ?旦那はともかく、リナにどうこう言われる筋合いは無いんだけど」
「……確かに、リカが本気なら、私にどうこう言う資格は無い、……でも」
「でも?」
「……嫌だ」
子供みたいな拗ねた表情でリナはそう呟いた。
「嫌だって、言われても」
「自分でもバカだってわかってるけど、SNSで女の子との写真アップしてたり、ファンの女の子と絡んでたりするの見るだけでモヤモヤして」
「あぁ、それチェックしてるのは結構痛いね」
突然どうした、リナらしくない発言だけど、何だか面白そうだからこのまま言わせてみよう。
「新曲がラブソングだったら、好きな人出来たのかな、とか」
「まぁ、それは普通に思うかもね」
「インタビューとかで私と一緒に聴いてたアーティストのアルバムの話してたら、私の事思い出してくれたりするのかな、とか」
「んー、微妙なところだな」
「……今自分で言ってて、自分でもかなり引いてるんだけど、……でも、やっぱり、ヤダ」
だいぶ混乱しているな。
「いや、ちょっとよくわかんないから、もうちょっとはっきり言ってよ、まだ好きなんでしょ?」
「………好きだよ。結婚してからも、どうしても忘れられなくて、離婚してからは尚更、三十路のバツイチが何言ってんのって思うけど、……言わせないでよ、こんな事」
「別にいいんじゃない?」
「え?」
「リナってさ、大学の頃から付き合う相手って、大人で経済力あってデートは奢りで、束縛しなくて、会う頻度少な目で、あと何だっけ、別れる時面倒くさくない、だっけ」
「……もう忘れて」
「どう考えても彼、真逆だもんね、浅野さんは更にその対極だけど。まぁ大学の頃はリナもいろいろ事情があったから打算的になるのはわかるし全然良いと思うけど。自分から好きになる相手は全く違うタイプの人だったんだね。だからこんなリナ初めて見た。物分かりの良いふりして本当の自分隠してるよりずっと良いよ。もう一度ありのままでぶつかってみたら?」
「どうやって」
「そんなのいくらでも方法あるでしょ、っていうか、どうせ連絡先だって消してないんでしょ?」
「……そう、だけど」
やっぱりか。
似たもの同士だな。だからお互い気を使い過ぎてお互いに本音が言えなくて空回りしてたのか。
「でも、今更なんて言えばいいか」
「そんなの会ってから思った事言えばいいじゃない。今のままじゃリナの事だから一生引き摺りそう」
「それは、もっと嫌だな」
「だったら何でもいいから話しておいで。今日のライブ行くんでしょ?」
「行かないよ、チケット無いし」
「そのために今日来たんじゃないの?」
「……たまたま今日が都合良かっただけだよ」
嘘だな。眼が若干泳いでいる。杉浦くんが何処で何をしているか確実にわかっている日、もしかしたら当日券があれば、そんなところかな。まぁいいけど。しょうがないな。
「……それより、リカ、さっきの、本気?」
「何が?」
「何って、狙ってもいい?ってやつ」
「あぁ、あんなの嘘に決まってるじゃない。リナが本音言わないから適当に煽ってみただけだよ」
「本当に?」
「本当だよ。私の方こそ言わせないでよ、あんなしょうもない嘘、あんなの聞かれて誤解されてまたお空帰っちゃったらどうしてくれるの」
そう言って私は自分のお腹を撫でてみる。
「……え?」
目を丸くしたリナが真っ直ぐ私を見ている。
「リカ、それって、もしかして」
「うん、昨日も病院行ってて、ちゃんと育ってた。まぁまだ初期だから不安はあるけど、……今度は、この子は、大丈夫な気がする」
私がそう言うとリナの両眼から大粒の涙がこぼれた。
「……良かった、本当に、良かった。私ずっと気になってたけど、なんて言っていいかわからなくて、何も出来なくて、……おめでとう、リカ」
そんなリナの様子を見ていると堪えきれず私の眼にも涙が溢れてきた。
リナの元旦那が結婚前からずっと浮気をしていたとわかったのは、私が二度目の流産をした直後だった。自分の事でいっぱいいっぱいだった私は当時リナのために何もしてあげられなかった。リナにも流産の事を告げていたからか、リナは初めから私に頼ろうとはしなくて、離婚した事も事後報告だった。リナが居なくなってからずっとあの頃の事を後悔していたけど、もしかしたらリナもずっと私と同じ気持ちだったのかもしれない……。
「ありがとう。……ねぇリナ、私は辛い事もあったし、過去に全く後悔がないと言ったら嘘になるけど、それでも、ちゃんと受け入れて前向いて、今の自分がいつだって一番幸せだと心から人に言える人生歩んで来たよ。……余計なお世話かもしれないけど、私は、リナにもそうであって欲しいから」
立ち上がって私はリビングのソファに置いてある自分のバッグから貰ったまま入れっぱなしにしてあったチケットを取り出して、まだ涙の止まらないリナの前に差し出す。
「……これ」
リナの涙がようやく止まった。驚いた表情でチケットを見つめている。
「会いに行っておいで……」
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