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第2章 艶のある影を踏んで
1/ 翌る日も春の足音に耳を傾けた
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診察室の窓には麗らかな日差しが射し込み、外では一羽か二羽の雀が飛び立つ合図を上げた。
「明日にはもう高校の入学式か。長いこと君を診てきたが、感慨深いものがある。いや、子供の成長というのは本当に早い。それこそ瞬く間だ。君を孫娘のように思ってきたから、尚更そう感じるのかねぇ」
鼻筋に白い髭を蓄えた老齢の医者が、目元に人好きのする笑みを感じさせつつ深く息をついた。その対面の丸椅子に腰を下ろした少女──桒崎梓乃が、そんな医者の大仰味のある仕草に微笑を返す。
「先生にはもうお孫さんがいるでしょう」
「ソナタのことかい? あの子の場合は事情が異なる。それより、いつもに比べ浮かない顔をしているように見えるが」
老医者がそう告げると、梓乃は微笑みをそのままに僅かに目を伏せた。
「先生には、バレちゃいますよね」
「不安なのかね?」
「……はい」
「中学に上がるときは、別段そんなこともなかったと記憶しているが」
「その時は親しい友達がいましたから。……まあ、その子とはいつの間にか疎遠になっちゃいましたけど。でも今回は地元を離れたところになるし、それにきっと初めて会う人ばかりです」
その中には見慣れた顔があることを梓乃は知っていたが、むしろそれが最大の不安材料だった。
現実に出会うのは明日が初めてになる。
いつものように変わらず接することができるか。
それとも緊張でまともに目を合わすこともできなくなってしまうか。
彼女の心はだいぶ前からその分水嶺の上で揺れ動き、前日に至ってもどうすることもできないまま、こうして胸にむず痒さを抱え込む羽目になっていた。
膝元で指同士をいじいじと絡め合わせている梓乃に対し、老齢の医者は徹底して暖かな笑みを浮かべた。
「新生活をこれから送る心持ちとは、えてして風来のものだ。でも、それでいいんだ。あくまで君への励ましを思って送らせてもらう言葉になるが、君の思うままにいなさい。その不安も、きっと君の背中を押す力となるから」
梓乃にしてみれば、先生と呼び慕う雨染谷《ふるしや》源三のその言葉にこそ、優しく背中を押されるだけの力が込められていたように思えた。
「明日にはもう高校の入学式か。長いこと君を診てきたが、感慨深いものがある。いや、子供の成長というのは本当に早い。それこそ瞬く間だ。君を孫娘のように思ってきたから、尚更そう感じるのかねぇ」
鼻筋に白い髭を蓄えた老齢の医者が、目元に人好きのする笑みを感じさせつつ深く息をついた。その対面の丸椅子に腰を下ろした少女──桒崎梓乃が、そんな医者の大仰味のある仕草に微笑を返す。
「先生にはもうお孫さんがいるでしょう」
「ソナタのことかい? あの子の場合は事情が異なる。それより、いつもに比べ浮かない顔をしているように見えるが」
老医者がそう告げると、梓乃は微笑みをそのままに僅かに目を伏せた。
「先生には、バレちゃいますよね」
「不安なのかね?」
「……はい」
「中学に上がるときは、別段そんなこともなかったと記憶しているが」
「その時は親しい友達がいましたから。……まあ、その子とはいつの間にか疎遠になっちゃいましたけど。でも今回は地元を離れたところになるし、それにきっと初めて会う人ばかりです」
その中には見慣れた顔があることを梓乃は知っていたが、むしろそれが最大の不安材料だった。
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いつものように変わらず接することができるか。
それとも緊張でまともに目を合わすこともできなくなってしまうか。
彼女の心はだいぶ前からその分水嶺の上で揺れ動き、前日に至ってもどうすることもできないまま、こうして胸にむず痒さを抱え込む羽目になっていた。
膝元で指同士をいじいじと絡め合わせている梓乃に対し、老齢の医者は徹底して暖かな笑みを浮かべた。
「新生活をこれから送る心持ちとは、えてして風来のものだ。でも、それでいいんだ。あくまで君への励ましを思って送らせてもらう言葉になるが、君の思うままにいなさい。その不安も、きっと君の背中を押す力となるから」
梓乃にしてみれば、先生と呼び慕う雨染谷《ふるしや》源三のその言葉にこそ、優しく背中を押されるだけの力が込められていたように思えた。
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