一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと

玖羽 望月

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七章 手繰り寄せられた運命

17

 樹たちに付き添ってもらっての出勤だが、やはり最初は不安だった。
 最寄り駅で別れたあとは、それらしい人物がいないか周りの様子を伺い、緊張しながら歩いた。大智がよくその相手を見たというビルのエントランスでも、入ったあと一度全体を見渡して不審な人がいないか確認してから、足早に通り過ぎた。
 けれど数日経つと早くもその不安は薄らいでいた。あの女性どころか、自分を付けているような人物は見当たらなかったからだ。

(やっぱり……偶然?)

 金曜日となった夕方も、やはりそれらしい人影はなく、無事に家に帰り着いた。
 あれから特に何も知らせはなく、大智も無事出張を終えて今日の午後に帰って来ていた。拍子抜けするほど平穏な一週間だったのだ。
 けれど週末が近づくにつれ、樹は浮かない表情になっていた。明日樹は、いったい何を話すつもりなのだろうと、今度はそちらが気になっていた。

 そして朝から冷え込み、寒い一日となる予報出ている土曜日の今日。
 灯希には悪いが、寝ていてくれたほうが話しはしやすいだろうと、ちょうど昼寝の時間である午後一時に大智を家に呼んでいた。

「私、外で大智さんを出迎えるね」

 灯希が昼寝を始めたのを見届けると、ダイニングテーブルに掛ける樹に言う。
 約束の時間にはまだ十分以上あるが、さっきからソワソワしてしまい、居ても立っても居られない。

「外で待たなくてもくるだろ」
「この辺り、似た作りの家が多いし、迷うといけないから」

 樹の返事を待たず玄関に向かう。外に出た途端、曇天が目に入ってきた。

「上着、着てきたらよかったかなぁ」

 無意識に身を縮こませて、両腕で体を摩る。時々吹く風は、冬の到来を感じるような冷たいものだった。
 駐車場は公園の近くだから、来るとすれば駅に向かう角を曲がってこちらにくるだろう。そちらを見つめながら大智を待った。
 時間にして数分間。門から出た場所に立っていると、先に玄関がカラカラと開く音が聞こえた。

「由依。スマホ、鳴ってたぞ……」

 樹の声に振り返る前に、角を曲がってくるスーツ姿の大智の姿が見えた。

「あ、大智さ……」

 手を振ろうとした瞬間だった。

「由依っ‼︎」

 叫ぶように自分の名を呼んだのは樹だった。そしてその樹は、こちらに走り寄ると自分の体を腕に閉じ込めた。

「たっちゃん⁈ どうしたの?」

 身動きが取れず踠く自分の耳に届いたのは、ウッと言う樹のうめき声と、遠くから「由依‼︎」と叫ぶ大智の声だった。

 自分を守るように抱きしめていた腕から、徐々に力が抜けていく。その体はスローモーションのように崩れ落ちていった。そして何が起こったのか理解しきれていない自分の前に、樹の体で見えなかったその人の姿が現れた。
 真っ白なコートに長い黒髪。人形のような美しいその顔は、小さく唇を動かした。

「あなたが……悪いの。大智様を騙して、あの人から奪うなんて、許せない……」

 まるで何かの台詞を、ただ読み上げているだけのような抑揚のない声。何の感情も入っていない能面のような表情。そんな彼女の着るコートには、赤いバラのような柄が不規則に浮かんでいた。

「たっ……ちゃん……?」

 そのバラの花がなんなのか、ようやく理解する。両膝を道路につけ項垂れているその背中に、赤い大輪のバラの花が咲いているように見えた。そしてその真ん中には、銀色に鈍く光るナイフが突き刺さっていた。

「たっちゃん‼︎」

 悲鳴のように声を上げ樹の前にしゃがむ。その顔は青ざめ苦悶の表情を浮かべていた。

「たっちゃん! なんで……」

 涙が浮かび、手が震える。その肩を正面から支えていると、樹の手が自分の手に重なった。

「だい……じょうぶ、だ……。心配するな」

 弱々しく消え入りそうな声でそう言う樹に首を振る。

「やだ! たっちゃん!」

 両親を亡くしたあの日を思い出し取り乱す。カダガタと体は震え、涙が溢れて止まりそうもない。そんな自分の肩に、ふわりと温かなぬくもりが触れた。

「由依。今救急車と警察を呼んだから。佐保さん、もう少し辛抱してください」

 大智の落ち着き払った声に、冷静さを取り戻す。樹の体を支えたまま上を向くと、彼は見たこともないくらい冷たい視線を彼女に向けていた。
 けれど彼女は、嬉しそうに笑っていた。

「大智様。あなたにこんな女は必要ありません。他の男との子どもがいるのに、あの人から横取りしたんですもの。これは天罰なのです」

 狂っている。そう思った。
 よく見れば彼女の両手は血で赤く染まっている。なのにそれを気にする様子もなく微笑んでいた。

「勝手なことを言わないでもらいたい。君は犯罪を犯した。もう君の父に揉み消させたりしない。罪は必ず償ってもらう」

 唸るような低い声に、大智の怒りの度合いが見てとれる。けれどその言葉すら届かないのか、彼女は場にそぐわぬ笑みを浮かべて彼を見つめていた。
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