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テーブルの上に広げられた料理は、綺麗さっぱりなくなった。なっちゃんが途中、「そろそろ本気出していい?」なんて笑い、残っていたものを全部平らげていた。
なっちゃんと紗英ちゃんがお風呂に入っている間に二人で片付ける。それが終わると勝手知ったるリビングのソファに体を預けた。
「ご馳走様~! こんなに食べたの久しぶり!」
「お粗末さま。ビール、飲む?」
「うん。じゃ、貰う」
食事中はセーブしていたけど、動いたらお腹も落ち着いてきたのか一缶くらいなら入りそうな気がする。夕実ちゃんから缶ビールを受け取ると二人で同時にプシュっと音を立てて開けた。
「瑤子さ。最近はどう? 仕事、まだ忙しい?」
夕実ちゃんと前に会ったのは六月の終わり。安請け合いしたはいいが、予想以上の撮影依頼にうんざりしていた頃だ。
「さすがにね。この休みの間は後輩に任せてあるけど、休み明け怖いなぁ……」
「瑤子がそんなこと言うなんてよほどだ。そんなに凄い人なの? 新しいクライアントって」
「うん。結構ね。今までで一番かも。でも、来月中には専属の担当者決まるだろうし、それまでの我慢かな?」
ビールで喉を潤しながら私は答える。だいたい記憶してあるスケジュールを考えても、あの人のマネージャーはそれくらいには決まっているはずだ。とにかく今を乗り切って、早く平穏な日常に戻りたい。
けれど、果たして平穏な日常が訪れるのかはわからない。セフレ宣言をされてまだたったの一週間。あの日を思い出すだけで、お腹の奥深くが疼いてしまう。もしかしたら、向こうの思惑通りなのかも知れない。
私から『抱いてください』と言わせるための。
「そっか。ところで瑤子。最近は、その……いい人とか、いないの?」
「えっ! あ、いない! いないよ!」
変なことを考えていたせいで、挙動不審な感じで返してしまう。
「そう? でも、その様子じゃ気になってる人くらいいる感じ?」
「いやいや、気にもしてないから! ほんと、冗談じゃない!」
話せば話すほど深みに嵌っていることに気づかず、首を盛大に振りながら否定する。
「ふぅん……。ま、そう言うことにしとこ。けど、もし……許されるなら、そんな相手ができたら紹介して?」
ビールを飲みがら言うその顔は笑顔ではない。今でもきっと、夕実ちゃんは自分を許してないのだ。
「もちろん……。そんな人が現れたら……ちゃんと紹介するから」
そんな日はきっと来ない。でも、夕実ちゃんを安心させたくて、私はそう答えた。
征士さんを初めて会わせたとき、二人とも彼にどこか違和感を感じたのだと言う。けれど、幸せそうだった私にそれを言い出せなかった、と聞いたのはずいぶん経ってからだった。
あの頃の私にはとても言えなかっただろう。精神的に追い込まれていた私は、その後しばらくしてから自分が異常をきたしていたことに気づいたのだから。そして、二人をとても心配させてしまったのだ。
「瑤子ちゃん、どした?」
ぼぉっと窓の外を眺めていた私に、運転席からなっちゃんの心配そうな声が聞こえてきた。
紗英ちゃんの寝る時間になり、ちょうどいいから帰るね、と言った私をなっちゃんが車で送ってくれている。
まだ時間は夜九時を過ぎたばかり。『電車もまだまだあるし、大丈夫』と断ったが、『いいからいいから。瑤子ちゃん送るために酒も飲まなかったんだから送らせてよ』と言われると断りきれなかった。
「ん? なんでもないよ。それより、ありがとう、なっちゃん。お風呂も入ってあとは寝るだけだったでしょ?」
「いいって。瑤子ちゃんのためならお安い御用だよ」
ハンドルを握り前を向いて笑う、なっちゃんの横顔を見て思う。
(私も……なっちゃんみたいな人と出会えてたら、今頃……)
考えても虚しいだけなのに、時々そんなことが頭をよぎる。でも、今からそんな相手を探そうなんて思わない。一人で殻に閉じこもっていれば、誰も私を傷つけることはない。そうやってこれからも生きていこうと決めたのだから。
なっちゃんたちの家から私の家までは車で三十分ほど。その道のりが半分になった頃、バッグの中からブーブーと音が聞こえた。
「電話? 俺のことは気にせず出てよ?」
「あ、うん……」
こんな時間にいったい誰? と思いながらバッグを探りスマートフォンを手にする。そこに表示されていた名前を見て、思わず私は「ひっ‼︎」と変な声を出した。
(なっ、なんで⁈)
けれど、仕事の話だったら……と、恐る恐る画面をタップした。
「もっ……もしもし?」
『……出るの遅ぇ。お前、今どこ?』
車の窓に頭を押し付けるように身を屈めたまま小声で答える。
「どこだっていいでしょ!」
『へぇ……。この前俺でストレス発散しといて、俺のストレスは解消してくれねぇわけ』
その顔が目に浮かぶような嫌味な言いかた。それ自体がストレスの元なんだけど。
「そっちだって発散したでしょ⁈」
「瑤子ちゃん? 大丈夫?」
思わず声を大きくして言い返した私の背中側から、心配そうな声が響いた。
なっちゃんと紗英ちゃんがお風呂に入っている間に二人で片付ける。それが終わると勝手知ったるリビングのソファに体を預けた。
「ご馳走様~! こんなに食べたの久しぶり!」
「お粗末さま。ビール、飲む?」
「うん。じゃ、貰う」
食事中はセーブしていたけど、動いたらお腹も落ち着いてきたのか一缶くらいなら入りそうな気がする。夕実ちゃんから缶ビールを受け取ると二人で同時にプシュっと音を立てて開けた。
「瑤子さ。最近はどう? 仕事、まだ忙しい?」
夕実ちゃんと前に会ったのは六月の終わり。安請け合いしたはいいが、予想以上の撮影依頼にうんざりしていた頃だ。
「さすがにね。この休みの間は後輩に任せてあるけど、休み明け怖いなぁ……」
「瑤子がそんなこと言うなんてよほどだ。そんなに凄い人なの? 新しいクライアントって」
「うん。結構ね。今までで一番かも。でも、来月中には専属の担当者決まるだろうし、それまでの我慢かな?」
ビールで喉を潤しながら私は答える。だいたい記憶してあるスケジュールを考えても、あの人のマネージャーはそれくらいには決まっているはずだ。とにかく今を乗り切って、早く平穏な日常に戻りたい。
けれど、果たして平穏な日常が訪れるのかはわからない。セフレ宣言をされてまだたったの一週間。あの日を思い出すだけで、お腹の奥深くが疼いてしまう。もしかしたら、向こうの思惑通りなのかも知れない。
私から『抱いてください』と言わせるための。
「そっか。ところで瑤子。最近は、その……いい人とか、いないの?」
「えっ! あ、いない! いないよ!」
変なことを考えていたせいで、挙動不審な感じで返してしまう。
「そう? でも、その様子じゃ気になってる人くらいいる感じ?」
「いやいや、気にもしてないから! ほんと、冗談じゃない!」
話せば話すほど深みに嵌っていることに気づかず、首を盛大に振りながら否定する。
「ふぅん……。ま、そう言うことにしとこ。けど、もし……許されるなら、そんな相手ができたら紹介して?」
ビールを飲みがら言うその顔は笑顔ではない。今でもきっと、夕実ちゃんは自分を許してないのだ。
「もちろん……。そんな人が現れたら……ちゃんと紹介するから」
そんな日はきっと来ない。でも、夕実ちゃんを安心させたくて、私はそう答えた。
征士さんを初めて会わせたとき、二人とも彼にどこか違和感を感じたのだと言う。けれど、幸せそうだった私にそれを言い出せなかった、と聞いたのはずいぶん経ってからだった。
あの頃の私にはとても言えなかっただろう。精神的に追い込まれていた私は、その後しばらくしてから自分が異常をきたしていたことに気づいたのだから。そして、二人をとても心配させてしまったのだ。
「瑤子ちゃん、どした?」
ぼぉっと窓の外を眺めていた私に、運転席からなっちゃんの心配そうな声が聞こえてきた。
紗英ちゃんの寝る時間になり、ちょうどいいから帰るね、と言った私をなっちゃんが車で送ってくれている。
まだ時間は夜九時を過ぎたばかり。『電車もまだまだあるし、大丈夫』と断ったが、『いいからいいから。瑤子ちゃん送るために酒も飲まなかったんだから送らせてよ』と言われると断りきれなかった。
「ん? なんでもないよ。それより、ありがとう、なっちゃん。お風呂も入ってあとは寝るだけだったでしょ?」
「いいって。瑤子ちゃんのためならお安い御用だよ」
ハンドルを握り前を向いて笑う、なっちゃんの横顔を見て思う。
(私も……なっちゃんみたいな人と出会えてたら、今頃……)
考えても虚しいだけなのに、時々そんなことが頭をよぎる。でも、今からそんな相手を探そうなんて思わない。一人で殻に閉じこもっていれば、誰も私を傷つけることはない。そうやってこれからも生きていこうと決めたのだから。
なっちゃんたちの家から私の家までは車で三十分ほど。その道のりが半分になった頃、バッグの中からブーブーと音が聞こえた。
「電話? 俺のことは気にせず出てよ?」
「あ、うん……」
こんな時間にいったい誰? と思いながらバッグを探りスマートフォンを手にする。そこに表示されていた名前を見て、思わず私は「ひっ‼︎」と変な声を出した。
(なっ、なんで⁈)
けれど、仕事の話だったら……と、恐る恐る画面をタップした。
「もっ……もしもし?」
『……出るの遅ぇ。お前、今どこ?』
車の窓に頭を押し付けるように身を屈めたまま小声で答える。
「どこだっていいでしょ!」
『へぇ……。この前俺でストレス発散しといて、俺のストレスは解消してくれねぇわけ』
その顔が目に浮かぶような嫌味な言いかた。それ自体がストレスの元なんだけど。
「そっちだって発散したでしょ⁈」
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