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勝手に読めと言われたメールを遠慮なく確認し終えた私は、その場で頭を抱えて深い溜め息を吐いていた。
「どうだ? 意味わかんねぇだろ?」
司は一人分の、綺麗に盛り付けられていたオードブルをほぼ食べ切ると、隣で笑いながら炭酸水を飲んでいる。
「えーと……。ごめんなさい。ちょっと、荷が重かったみたい……」
後輩たちを責めるつもりはない。全ては、お盆の期間くらい依頼は少なくなるだろうと踏んだ私の敗因だ。予想を裏切り、新規の依頼に、すでに入っていた依頼の予定変更や打ち合わせ日程の確認など、山とメールが来ていたらしい。
それを、後輩たちは一生懸命処理してくれたのだ。私を休ませるために。
「あの。紙とペン、ないかな?」
仕事帰りならスケジュール帳とペンくらい持っているが、さすがに今はない。おずおずと尋ねると司は眉を顰めた。
「あるわけねーだろ」
「だよね……」
そんな気はした。まだニューヨークから送ったという荷物も届いてないみたいだし、この生活感のなさすぎる家にピンポイントでそんなものがあるとは思えなかった。
「書き出したほうがわかりやすいんだけど……」
届いていたメールは内容が二転三転していて、結局何がどうなったのかわかりづらい。全部書き出してみるのが手っ取り早いかもと思ったがやっぱり難しそうだ。
私は画面を見据えたまま再び息を吐き出す。パソコン使わせてもらおうか、と隣を向くと司はすでにニヤニヤしながらにじり寄っていた。
「なぁ。風呂、入らねぇ?」
「ご勝手に‼︎ 私は結構です!」
さっきまで開いていた距離は、いまや体に触れるくらい近くなっている。明らかに私を今からどう弄んでやろうかと楽し気なその顔が、私を見下ろしていた。
「ここは一緒に入ろうってシチュエーションじゃね?」
クツクツと喉を鳴らして笑うと、私の顎を掬い自分に向かせる。
「はいっ? 入らないから! それよりメール! どうするのよ、これ!」
顔を固定されたまま、視線だけパソコンを差すように動かす。構うことなく司はじわじわと顔を近づけて来た。
「そんなの明日でいいだろ?」
「なっ、なんで明日まで持ち越さなきゃいけないのよ!」
さすがにここでいいなりになるわけにはいかない。自分は食欲を満たし、次は性欲にシフトチェンジするつもりなのかも知れないが、そうはいかない。
「あなたが私を仕事モードにしたんでしょ! 責任とってよね!」
可愛げなんて一切なく喚くと、私はその腕を払い退けた。
「マジで可愛げねぇな。お前……」
呆れたように言われ、「そんなもの持ち合わせてません‼︎」と勢いよく返す。
「しかたねぇ。風呂はあとにするか。コーヒーでも淹れるか。お前も飲むだろ?」
あっさりそう言うと司は立ち上がる。もっとクドクド嫌味でも言われるのかと思ったから意表を突かれた。
ポカンと口を開けたまま、「あ、うん……。飲む……」と答える。
「じゃ、待ってろ」
そのまま司は、さっき買ったドリップコーヒーを手にキッチンへ向かっていた。灯りが付き、カウンターの向こうにいる司が難しい表情をしているのが見える。
(どう……したんだろ?)
その様子を伺っていると、司はその表情のままこちらに戻って来た。
「やられた……」
立ったまま、苦虫を噛み潰したような顔で司は呟く。
「何が?」
「やっと意味わかった」
私に向かっているが、それは私に、と言うより声の大きな独り言だ。
「クソっ! マジか……」
そう言うとイライラした様子で頭を掻いた。
「全然意味わからないんだけど……」
やっと私を見ると、司は溜め息を吐く。
「昼間、鍵貰ったとき言われたんだよ。最低限の用意はしたけど、あとは自分でなんとかしろって」
「誰……に?」
不動産屋に言われたにしては変な台詞だ。どういうことなのかと、私は聞いてみた。
「姉だ姉! あいつ、最低限がマジで最低限だな。この家、コーヒー淹れようにもポットもねえし、カップの一つもねぇ……。ってことは……」
何か思い出したのか、司は踵を返し廊下へ出て行く。しばらくすると、顔を顰めたまま戻って来た。
「タオルの一枚すらねぇし、石鹸の一つも置いてない……。嘘だろ……?」
呆然とした様子で司は言った。
それなりに生活に必要なものは揃っているホテルとは違い、家具だけ置かれただけのこの家では今、コップで水を飲むことすらできないのだ。
さすがにちょっと同情する。この人でも、さすがに電話一本で今すぐ必要な物を揃えるなんて無理だろう。
「ビール、飲まなくて正解だったわね」
こうなったら買いに行くしか道はない。明日がもう、すぐそこに見えているけど。
「なんだよ。こんな時間に俺が欲しいもの売ってる店でもあるのかよ」
「あるわよ? あなたが足を踏み入れたこと無さそうな店」
「コンビニか?」
「って、コンビニ行ったことないの⁈」
まさか! と思いながら返すと司は顔を顰めた。
「さすがにあるだろ。ほとんど行かねぇけど」
「びっくりした。じゃあ。とりあえず買いに行くわよ?」
「どうだ? 意味わかんねぇだろ?」
司は一人分の、綺麗に盛り付けられていたオードブルをほぼ食べ切ると、隣で笑いながら炭酸水を飲んでいる。
「えーと……。ごめんなさい。ちょっと、荷が重かったみたい……」
後輩たちを責めるつもりはない。全ては、お盆の期間くらい依頼は少なくなるだろうと踏んだ私の敗因だ。予想を裏切り、新規の依頼に、すでに入っていた依頼の予定変更や打ち合わせ日程の確認など、山とメールが来ていたらしい。
それを、後輩たちは一生懸命処理してくれたのだ。私を休ませるために。
「あの。紙とペン、ないかな?」
仕事帰りならスケジュール帳とペンくらい持っているが、さすがに今はない。おずおずと尋ねると司は眉を顰めた。
「あるわけねーだろ」
「だよね……」
そんな気はした。まだニューヨークから送ったという荷物も届いてないみたいだし、この生活感のなさすぎる家にピンポイントでそんなものがあるとは思えなかった。
「書き出したほうがわかりやすいんだけど……」
届いていたメールは内容が二転三転していて、結局何がどうなったのかわかりづらい。全部書き出してみるのが手っ取り早いかもと思ったがやっぱり難しそうだ。
私は画面を見据えたまま再び息を吐き出す。パソコン使わせてもらおうか、と隣を向くと司はすでにニヤニヤしながらにじり寄っていた。
「なぁ。風呂、入らねぇ?」
「ご勝手に‼︎ 私は結構です!」
さっきまで開いていた距離は、いまや体に触れるくらい近くなっている。明らかに私を今からどう弄んでやろうかと楽し気なその顔が、私を見下ろしていた。
「ここは一緒に入ろうってシチュエーションじゃね?」
クツクツと喉を鳴らして笑うと、私の顎を掬い自分に向かせる。
「はいっ? 入らないから! それよりメール! どうするのよ、これ!」
顔を固定されたまま、視線だけパソコンを差すように動かす。構うことなく司はじわじわと顔を近づけて来た。
「そんなの明日でいいだろ?」
「なっ、なんで明日まで持ち越さなきゃいけないのよ!」
さすがにここでいいなりになるわけにはいかない。自分は食欲を満たし、次は性欲にシフトチェンジするつもりなのかも知れないが、そうはいかない。
「あなたが私を仕事モードにしたんでしょ! 責任とってよね!」
可愛げなんて一切なく喚くと、私はその腕を払い退けた。
「マジで可愛げねぇな。お前……」
呆れたように言われ、「そんなもの持ち合わせてません‼︎」と勢いよく返す。
「しかたねぇ。風呂はあとにするか。コーヒーでも淹れるか。お前も飲むだろ?」
あっさりそう言うと司は立ち上がる。もっとクドクド嫌味でも言われるのかと思ったから意表を突かれた。
ポカンと口を開けたまま、「あ、うん……。飲む……」と答える。
「じゃ、待ってろ」
そのまま司は、さっき買ったドリップコーヒーを手にキッチンへ向かっていた。灯りが付き、カウンターの向こうにいる司が難しい表情をしているのが見える。
(どう……したんだろ?)
その様子を伺っていると、司はその表情のままこちらに戻って来た。
「やられた……」
立ったまま、苦虫を噛み潰したような顔で司は呟く。
「何が?」
「やっと意味わかった」
私に向かっているが、それは私に、と言うより声の大きな独り言だ。
「クソっ! マジか……」
そう言うとイライラした様子で頭を掻いた。
「全然意味わからないんだけど……」
やっと私を見ると、司は溜め息を吐く。
「昼間、鍵貰ったとき言われたんだよ。最低限の用意はしたけど、あとは自分でなんとかしろって」
「誰……に?」
不動産屋に言われたにしては変な台詞だ。どういうことなのかと、私は聞いてみた。
「姉だ姉! あいつ、最低限がマジで最低限だな。この家、コーヒー淹れようにもポットもねえし、カップの一つもねぇ……。ってことは……」
何か思い出したのか、司は踵を返し廊下へ出て行く。しばらくすると、顔を顰めたまま戻って来た。
「タオルの一枚すらねぇし、石鹸の一つも置いてない……。嘘だろ……?」
呆然とした様子で司は言った。
それなりに生活に必要なものは揃っているホテルとは違い、家具だけ置かれただけのこの家では今、コップで水を飲むことすらできないのだ。
さすがにちょっと同情する。この人でも、さすがに電話一本で今すぐ必要な物を揃えるなんて無理だろう。
「ビール、飲まなくて正解だったわね」
こうなったら買いに行くしか道はない。明日がもう、すぐそこに見えているけど。
「なんだよ。こんな時間に俺が欲しいもの売ってる店でもあるのかよ」
「あるわよ? あなたが足を踏み入れたこと無さそうな店」
「コンビニか?」
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