恋をするのに理由はいらない

玖羽 望月

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 まずは年間の予定を再確認して、それから新規で入った仕事の話を聞く。
 このチームには、私を含め全日本の選手に選ばれているものが数人いる。合宿や国際大会、そしてリーグの試合はもちろん、それ以外にもすることはたくさんあった。
 その一つが、企業の顔としての広報活動。雑誌やテレビの取材、場合によってはCM。そして、企業の広報誌やサイトに掲載するインタビューなど。
 全部をキャプテンである私が担当するわけじゃないけど、選手を指定されていない案件の人選は任されていたりする。

 私もランチを食べ終えると、本格的に一矢とああでもない、こうでもないと話をし始めた。

 トントントン、と軽快なノックの音が聞こえたのは、どれくらい経ってからだろうか。

「はーい。どうぞー!」

 扉の向こうにも聞こえるように声を張り上げると、カチャリと音がした。

「澪。やっぱりここか」

 顔を覗かせてそう言ったのは、チームのアスレティックトレーナー、戸田とだ直樹なおきさんだった。

「練習前に足の調子見たくて。今いい?」
「あ、いいですよ?」

 一矢に確認せず私が答えると、戸田さんは「すみません、朝木さん。打ち合わせ中に」なんて謝りながら部屋に入ってくる。

「……いえ。選手の体のほうが大事なんで」

 一矢は顔を上げてぶっきらぼうにそれだけ言うと、また資料に視線を戻していた。

 一矢は、戸田さんを前にするといつもこうだ。きっと、私より5つほど年上なのに、一矢を付けで呼ぶこの人のことが苦手なんだろう。なんとなくそう感じていた。

 「じゃあ。足、見せてくれる?」

 戸田さんは私の隣にやってくるとそう言う。私はそれに従い、イスの向きを変え足を差し出した。

「ん~……。ちょっと張ってる。練習前にほぐすから、あとでちゃんと僕のところに来てよ?」

 私の両足の筋肉を確認すると、腰を落としたままの体勢で戸田さんは私を見上げた。
 最近少し足の筋肉が張ることが多い。肉離れまではいかないけど、そうならないように戸田さんは気を配ってくれていた。

「はい。わかりました」
「じゃ。またあとで。朝木さん、お仕事の邪魔をしてすみませんでした」

 戸田さんは立ち上がると、一矢に向かいニッコリと爽やかな笑顔でそう言う。それを見て、一矢は眉を顰めた。

「戸田さん。いい加減俺のこと、朝木さんって言うのやめてもらっていいですかね?朝木でも、一矢でもいいんで。なんかこう、こそばゆいです」

 性格なんだろうけど、喧嘩を売るように一矢はそう言う。けれど、そんな一矢を見て戸田さんは微笑むと、「そんな。本社の偉いさんにそんなこと言えないよ」なんて返している。

「俺はまだ、偉くもなんともないですが?」
「まだ、ね? 君はきっと出世するだろう? なんとなくそう思うんだけど」

 見た目通りの優しい口調で戸田さんは言う。

「買い被りすぎじゃないですかね。まぁ、いいです。呼びたくないんだったらそれで」

 大人気なくそう言うと一矢はプイっとソッポを向いた。

「ははは。悪かったよ。これでも、僕は朝木君のこと気に入ってるんだけどな。嫌われちゃったかな?」

 これが……大人の余裕ってやつだな、なんて、私は戸田さんの余裕のある顔を眺めていた。

 戸田さんが出て行くと、拗ねたような顔のまま一矢は溜め息を吐いた。

「続き。いいか?」

 内心面白くないんだろうけど、一矢は私にそう言う。

「あぁ。……うん」

 歯切れの悪い返事をして、私はまた一矢に向き直った。
 さすがに仕事に私情は挟まない。物凄く不本意そうではあるが、一矢は何もなかったように打ち合わせを続けた。

 それにしても、戸田さんは一矢のこと、『出世する』と言っていた。まるで、何か知っているみたいに。

 まさか、そんなことはないと思うけど……

 資料を読み上げる、一矢の顔をチラリと見ながら私は思う。

 私は、一矢が何者なのか知っている。そして、一矢も私が何者なのか知っている。

 私は、このチームの母体である、日本で指折りの大企業に成長した旭河の社長の血縁。現社長は母の兄だ。そして父は、グループ内でもより本社に近い会社の社長。隠しているわけではないけど、率先していいたい話でもない。
 ゴシップ紙で『オリンピックは金で買ったか?』なんて言われてしまったこともある。でも『違う。私は自分の実力と努力で勝ち取ったんだ』って、言葉にしなくてもわかってもらえるよう、努力をし続けてきた。

 もしかして、一矢も同じようなことがあるのかも知れない。
 旭河の創業者の一族として名を馳せた川村の家と対称的に、今はその存在もなかったかのように扱われいる、もう一人の創業者、朝木家の人間なんだから。

「澪? 聞いてるのか?」

 私がぼんやりしていたのを見抜いたのか一矢は顔を上げる。

「え? あ、ごめん。えっと、次の社報のインタビューだったよね?」

 一応は聞いていたから、私はそれを確認するように反芻した。
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