駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛

玖羽 望月

文字の大きさ
12 / 206
1.始まりの春

11.

しおりを挟む
 結果的に言うと、とても楽しかった。
 何度も足を運んだことのある浅草。国内外の観光客でごった返す、雷門で有名な浅草寺に彼を連れて行った。
 今まで会社を訪れた海外からの来客を案内したこともあり、簡単な歴史くらいは説明できる。それを語ると、彼は真剣に耳を傾けてくれていた。
 かと思えば、土産物屋などが立ち並ぶ仲見世通りでは、子どものように目を輝かせていた。
 あれは? これは? と楽しそうに尋ねる彼に、自然と肩の力が抜ける。途中で買い食いしたり、買い物したり。屈託のない笑顔を見せる彼の姿に、なんとなく好感を持っている自分がいた。

 散々遊んだあと車に戻り、移動する。早めだと最初に聞いていたディナーの時間は、午後六時かららしい。

「今から行くのは、イタリア出身の部下に教えられた店だ。日本に行くなら、幼なじみがシェフをしている店があるから行ってこいって。俺も行くのは初めてだ」
「そうなんですね。楽しみです」

 ホテルの中にあるような、気取ったレストランでなくて良かったと胸を撫で下ろす。いくら祖父が豪邸に住んでいるような人でも、私自身はごく一般的な家庭で育った身。どちらかといえば庶民的な店のほうが落ち着く。
 ……と思っていたが、やはりそこは違う意味で裏切られてしまう。着いた店の前で、目を見開き彼を見上げた。

「あ、あの。ここ、なかなか予約が取れないイタリアンレストランで有名……なんですが」
「そうなのか? 部下の名前だしたらすぐ予約取れたぞ?」

 彼は飄々と答えると、ダークウッド調のシックな扉に向かい、それを開けた。

「どうぞ」
 
 当たり前のようにエスコートされるのは、久しぶりかも知れない。日本に戻ってきたばかりのときは、そうされないことに戸惑ったのを思い出す。

「ありがとうございます」

 先に扉に入り先に進む。背後でサービススタッフに名前を告げる、彼の声が聞こえた。

「いらっしゃいませ。雪代様、竹篠様。お席へご案内いたします」

 恭しくお辞儀をするスタッフに促され、そのあとに続く。
 落ち着いた雰囲気の店内は、テーブルの間隔がゆったりとってあり席数も少ない。まだ少し早い時間だからか満席ではないが、すぐに埋まるだろう。何しろ、祖父でさえ予約が難しいと言っていた人気店なのだから。

 案内された席は、フロアではなく、奥にある個室だった。窓の外には小さなプライベートガーデンがあり、春の花が風に揺れていた。

 彼は炭酸水、私はスパークリングワインで乾杯し、ディナーが始まる。
 サーブされる料理はどれも華やかで、味はもちろん絶品だ。ついつい顔が綻んでしまう。そんな私に、彼も和かに話題を提供してくれた。
 とくに、アメリカにいる個性的な部下たちの話しには、ここが個室でよかったと思うくらい笑ってしまう。彼のウィットに富んだ会話に、頭の良さを感じていた。

 話しは弾み、食事は進む。コースはもう、最後のドルチェになっていた。
 スタッフが退室し二人きりになると、彼は唐突に真剣な顔付きになった。

「さて。早速だが、本題に入ろう」
「……本題?」

 ドルチェの皿からジェラートを掬ったまま、キョトンと彼を見る。その彼は、口角を上げて口を開いた。

「俺は早く結婚したいと思っている。する気になってくれたか?」
「なってません! この際なので、はっきり言いますが、私、結婚する気なんて、最初からありません」

 そう言ってから、先に溶けそうなジェラートを口に入れる。せっかくの濃厚な味を楽しむ間もなく、私はその続きを話し始めた。

「だいたい、何故私なんですか? 私と結婚したところで、恩恵なんてありませんよ? 私が宮藤の関係者だと知っているのは、社内では祖父と、伯父である社長。それと社長に一番近い秘書だけです。公表するつもりもありませんし」

 畳み掛けるように早口で言ったのに、彼は余裕の表情でそれを聞いている。

「もちろん知っている。この話に宮藤は関係ない」
「じゃあ、何故……」

 てっきり祖父と手を組み、事業だけでなく、それ以外でも繋がりを持とうとしているのだと思っていた。それしか理由は思いつかなかったから。

「どうしても、俺が結婚する姿を見せたい人がいる。その人に残された時間は短い。だからだ」

(そんなの……私じゃなくても……)

 到底納得できる理由ではなく、唖然としたまま彼を見つめる。彼は少し寂しそうに瞳を伏せると続けた。

「相手はアメリカに住む、俺の祖母だ。日本人で、故郷から遠く離れたアメリカに嫁入りして、一度も帰国していない。俺の結婚相手を一目でいいから見たい。それが祖母の願いだ」

 気持ちは……わからないでもない。自分だって、祖父に何かあったら、願いを叶えたいと思うだろう。
 だからといって、じゃあ結婚します、なんて言えるわけはない。

 黙りこくっていると、顔を上げた彼は私を見据え、そして言った。

「だったら、ゲームをしよう。君が勝ったらこの話は諦めよう。俺が勝ったら……婚約してもらう」

 一瞬見せた、殊勝な態度はなんだったのだろう。彼はすでに、勝ちを確信したように、不適な笑みを浮かべていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お前、頬を叩いた詫びに婚約者になれ」 上司で社長の彪夏と秘書の清子はお似合いのふたりだと社内でも評判。 御曹司でイケメンの彪夏は女子の憧れの的。 清子はどこぞのご令嬢と噂され、男女問わず視線を集めていた。 ……しかし。 清子には誰もが知らない、秘密があったのです――。 それは。 大家族のド貧乏! 上は高校生、下は生まれたばかりの五人弟妹。 おっとりして頼りにならない義母。 そして父は常に行方不明。 そんな家族を支えるべく、奮闘している清子ですが。 とうとう、彪夏に貧乏がバレたまではよかったけれど。 子持ちと間違われてついひっぱたいてしまい、償いに婚約者のフリをする羽目に。 しかも貧乏バラすと言われたら断れない。 どうなる、清子!? 河守清子 かわもりさやこ 25歳 LCCチェリーエアライン 社長付秘書 清楚なお嬢様風な見た目 会社でもそんな感じで振る舞っている 努力家で頑張り屋 自分がしっかりしないといけないと常に気を張っている 甘えベタ × 御子神彪夏 みこがみひゅうが 33歳 LCCチェリーエアライン 社長 日本二大航空会社桜花航空社長の息子 軽くパーマをかけた掻き上げビジネスショート 黒メタルツーポイント眼鏡 細身のイケメン 物腰が柔らかく好青年 実際は俺様 気に入った人間はとにかくかまい倒す 清子はいつまで、貧乏を隠し通せるのか!? ※河守家※ 父 祥平 放浪の画家。ほぼ家にいない 母 真由 のんびり屋 長男 健太(高一・16歳)服作りが趣味 次男 巧(高一・15歳)弁護士になるのが目標 三男 真(小五・10歳)サッカー少年 四男 望(保育園年中・5歳)飛行機大好き 次女 美妃(保育園児・五ヶ月)未知数

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

処理中です...