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2.吹き荒れるは、春疾風
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至れり尽くせりとは、こういうことを指す言葉だろうか。
ホテル並みに整えられたパウダールームには、タオルはもちろん、コンビニで買って来てくれたと思われる基礎化粧品のセットやシャンプーのセットが数種類並べてあった。コンビニでありったけを買ってきてくれたのだろう。
それに着ていた服も、アイロンがかかった状態で畳んで置いてあり、下着は形崩れしないよう干されていた。
(依澄さん、いつもこんなこと……してる?)
手慣れている気はするが、彼女に尽くすタイプにも見えない。まさか私にだけ、なんてそんなはずないと頭を振る。
(とりあえず、早くシャワー浴びなきゃ)
自分が用意しない限り、彼も出勤できないだろう。そう思い直し、慌ててバスルームに足を踏み入れた。
虫刺されのような痕が、体のあちこちにつけられているのに驚きながら、慌ただしくシャワーを浴びた。
身支度を整えた私を待ち構えていたのは、最上級ホテルで提供されているような、見事なアメリカンブレックファースト。ふわトロのスクランブルエッグにカリカリのベーコン、そして甘めのパンケーキ。もちろん依澄さんが作ったものだ。
見た目に違わぬ美味しさに、頰を緩ませて食べていると、微笑ましいものを見ているような表情の彼と目が合う。
そんな私は、自分の不甲斐なさに居た堪れず小さくなる。生活力のある彼と、悲惨なくらい何もできない私。こんな私が結婚なんて、夢みるほうが烏滸がましい。
家を出たのは十時前。依澄さんの車で、昨日待ち合わせたコンビニまで送ってもらうことになった。
「――どうした? 大人しいけど」
ハンドルを握ったままの依澄さんに尋ねられる。
「えっ……と。反省、してました」
「反省? 何を?」
「その。家事全般、依澄さんみたいにできる気がしなくて」
「俺は……。必要に迫られてできるようになっただけだ。一人暮らしもそれなりに長いしな。それより、今週末は空いてる?」
無理やり話題を変えた彼に「はい」と返す。車はちょうど赤信号で止まり、彼は嬉しそうにこちらを向いた。
「よかった。今週を逃せば、次に恵舞と過ごせるのは、来月になってしまうんだ。もちろん帰すつもりはないから、そのつもりで」
不敵とも言える笑みを浮かべる彼を見て、色々と思い出した私は顔を熱くしていた。
再び走り出した車の中で、依澄さんは"来月になる"理由を話し出す。
まずは来週後半から、京都で行われる国際会議に出席することになったこと。そして本来なら、金曜日の夜には東京に戻って来られるはずだった。が、関西支社長から京都の観光案内をしたいと半ば強引に予定を組まれ、日曜日の夕方戻ることになったらしい。
「京都には、いつか恵舞と行きたかったのに」
話しの途中で、依澄さんはそう言って唇を尖らす。本気なのか冗談なのか見当がつかない。そんなことを考えながらその横顔を眺めた。
それから依澄さんの話は、その翌週以降のスケジュールに移った。
「ゴールデンウィークなんだが、期間中はアメリカに帰るんだ。祖母の見舞いと、ハワードの部下の結婚式。それからまだ残務整理もあって。どこかで一度戻ってこようと思ったが、難しくて」
彼のいる営業部は、連休の間の平日も休みを取る社員がほとんどだ。もちろん依澄さんもそうするはず。となれば十日間の長期休暇。それくらいでないと、ゆっくりアメリカに帰省できないだろう。頭ではわかっているけれど、胸の奥には寂しさがジワリと広がった。
「そう、なんですね。お祖母様も楽しみになさっているでしょうし、満喫してください」
笑顔を作り彼に向けると、その横顔は祖母を思い出しているのか優しく緩んだ。
「ああ。祖母も楽しみにしてくれているようだ。それで今週末、祖母への土産を一緒に選んで欲しいんだ。自分のセンスだけじゃ不安だ」
「任せてください。和テイストのものなんか、喜んでいただけそうですよね。リサーチしておきます」
明るく返しながら、早速どんなものがいいかあれこれと頭に浮かべた。
いつのまにか車は家の近くを走っていて、馴染みのコンビニの駐車場に滑り込む。車を停めた彼の顔は、心なしか曇っているように見える。
「恵舞も……連れて帰れたらいいのに」
「それは……」
言葉を詰まる必要などないのに、一瞬心がグラつく。
彼は祖母に婚約者を見せたいというのが、こんなことを始めた理由。婚約する気もない自分が、気軽に乗っていい話じゃない。
「な、何言ってるんですか。もう勝負に勝ったつもりですか? 気が早いですって」
笑って見えるように精一杯取り繕う。あなたとニューヨークの街を歩いてみたい、なんて願いを飲み込んで。
「そう……だな。俺から仕掛けたんだ。ちゃんと全うするよ」
彼はまるで、自分に言い聞かせるように静かに吐き出した。
ホテル並みに整えられたパウダールームには、タオルはもちろん、コンビニで買って来てくれたと思われる基礎化粧品のセットやシャンプーのセットが数種類並べてあった。コンビニでありったけを買ってきてくれたのだろう。
それに着ていた服も、アイロンがかかった状態で畳んで置いてあり、下着は形崩れしないよう干されていた。
(依澄さん、いつもこんなこと……してる?)
手慣れている気はするが、彼女に尽くすタイプにも見えない。まさか私にだけ、なんてそんなはずないと頭を振る。
(とりあえず、早くシャワー浴びなきゃ)
自分が用意しない限り、彼も出勤できないだろう。そう思い直し、慌ててバスルームに足を踏み入れた。
虫刺されのような痕が、体のあちこちにつけられているのに驚きながら、慌ただしくシャワーを浴びた。
身支度を整えた私を待ち構えていたのは、最上級ホテルで提供されているような、見事なアメリカンブレックファースト。ふわトロのスクランブルエッグにカリカリのベーコン、そして甘めのパンケーキ。もちろん依澄さんが作ったものだ。
見た目に違わぬ美味しさに、頰を緩ませて食べていると、微笑ましいものを見ているような表情の彼と目が合う。
そんな私は、自分の不甲斐なさに居た堪れず小さくなる。生活力のある彼と、悲惨なくらい何もできない私。こんな私が結婚なんて、夢みるほうが烏滸がましい。
家を出たのは十時前。依澄さんの車で、昨日待ち合わせたコンビニまで送ってもらうことになった。
「――どうした? 大人しいけど」
ハンドルを握ったままの依澄さんに尋ねられる。
「えっ……と。反省、してました」
「反省? 何を?」
「その。家事全般、依澄さんみたいにできる気がしなくて」
「俺は……。必要に迫られてできるようになっただけだ。一人暮らしもそれなりに長いしな。それより、今週末は空いてる?」
無理やり話題を変えた彼に「はい」と返す。車はちょうど赤信号で止まり、彼は嬉しそうにこちらを向いた。
「よかった。今週を逃せば、次に恵舞と過ごせるのは、来月になってしまうんだ。もちろん帰すつもりはないから、そのつもりで」
不敵とも言える笑みを浮かべる彼を見て、色々と思い出した私は顔を熱くしていた。
再び走り出した車の中で、依澄さんは"来月になる"理由を話し出す。
まずは来週後半から、京都で行われる国際会議に出席することになったこと。そして本来なら、金曜日の夜には東京に戻って来られるはずだった。が、関西支社長から京都の観光案内をしたいと半ば強引に予定を組まれ、日曜日の夕方戻ることになったらしい。
「京都には、いつか恵舞と行きたかったのに」
話しの途中で、依澄さんはそう言って唇を尖らす。本気なのか冗談なのか見当がつかない。そんなことを考えながらその横顔を眺めた。
それから依澄さんの話は、その翌週以降のスケジュールに移った。
「ゴールデンウィークなんだが、期間中はアメリカに帰るんだ。祖母の見舞いと、ハワードの部下の結婚式。それからまだ残務整理もあって。どこかで一度戻ってこようと思ったが、難しくて」
彼のいる営業部は、連休の間の平日も休みを取る社員がほとんどだ。もちろん依澄さんもそうするはず。となれば十日間の長期休暇。それくらいでないと、ゆっくりアメリカに帰省できないだろう。頭ではわかっているけれど、胸の奥には寂しさがジワリと広がった。
「そう、なんですね。お祖母様も楽しみになさっているでしょうし、満喫してください」
笑顔を作り彼に向けると、その横顔は祖母を思い出しているのか優しく緩んだ。
「ああ。祖母も楽しみにしてくれているようだ。それで今週末、祖母への土産を一緒に選んで欲しいんだ。自分のセンスだけじゃ不安だ」
「任せてください。和テイストのものなんか、喜んでいただけそうですよね。リサーチしておきます」
明るく返しながら、早速どんなものがいいかあれこれと頭に浮かべた。
いつのまにか車は家の近くを走っていて、馴染みのコンビニの駐車場に滑り込む。車を停めた彼の顔は、心なしか曇っているように見える。
「恵舞も……連れて帰れたらいいのに」
「それは……」
言葉を詰まる必要などないのに、一瞬心がグラつく。
彼は祖母に婚約者を見せたいというのが、こんなことを始めた理由。婚約する気もない自分が、気軽に乗っていい話じゃない。
「な、何言ってるんですか。もう勝負に勝ったつもりですか? 気が早いですって」
笑って見えるように精一杯取り繕う。あなたとニューヨークの街を歩いてみたい、なんて願いを飲み込んで。
「そう……だな。俺から仕掛けたんだ。ちゃんと全うするよ」
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