駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛

玖羽 望月

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3. 夏の兆しとめぐる想い

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 ルークと初めて会った日のことは、今でも鮮明に思い出せる。

 あれは10歳の夏のこと。ボランティアへ行っていた教会の敷地にある木陰で、本を読んでいた。日本の昔話を集めた小学生向けの本。日本語の練習にと母が取り寄せてくれたもので、私は辿々しい日本語でそれを音読していた。

『何を読んでいるんだい?』

 綺麗な発音の優しい声で話しかけられてそちらを向く。近所では見かけない、年上だと思われる男の子が立っていた。太陽を背に輝いている彼の姿を見て、幼い私は王子様が現れたのだと思った。

『日本の……むかしのお話し』
『僕も、聞かせてもらっていい?』

 コクリと頷くと、彼は隣りに座り、私に笑いかけた。

『僕はルーク。君の名前は?』
『エマ……』

 それからルークは、私が読む物語に耳を傾けてくれた。まるで世界に二人だけしかいなくなったみたいな、静かで温かな時間。優しいその顔に、ドキドキしながら本を読んだことを、今でも思い出せる。
 これがきっかけで、ルークは町に来るたび私に話しかけてくれるようになった。その度に、心の中で飛び上がるほど嬉しかった。

 今思えば、きっと離れ離れになってしまった妹の……羽瑠ちゃんの代わりだったのだろう。辛い日々の中で、ほんの束の間、彼女の面影を思い出して安らぎを得ていたに違いない。
 そんな彼の背負うものを知ることもなく、私はずっと……初恋相手のルークに、理想を押し付けていた。いまさらそれに気がつき、愕然とした。

(だから……言えなかったんだ……)

 なぜ教えてくれなかったんだ、なんて言う資格、私はない。
 依澄さんは、ルーク・ハワードという名前から離れ、ようやく自分らしく生きられようになったはずだ。その彼が、いまさらルークに戻れるはずないのに。

「……ごめん……なさい……」

 俯いたまま、膝に乗せた両手をギュッと握り締める。罪悪感が次から次へと押し寄せてきて、視界が滲んでいった。

「恵舞……?」

 依澄さんは怪訝な様子の声を漏らすと立ち上がり、こちらに向かってくる。そして、項垂れる私の前に跪いた。

「どうして恵舞が謝るんだ? 謝らなきゃいけないのは、俺のほうだ」

 顔を上げることができず、下を向いたまま、それを否定するため頭を振る。全てを話してくれようとしている彼が、謝る必要など、もうないのだから。

「私の……せい、ですよね。……ルークだって、言えなかったの。勝手に理想像を作り上げて、それを無意識のうちに求めてた。本当に……ごめんなさい」

 だからこそ、日本に戻ってからも、誰かと付き合うたびに、その相手をルークと比べていたのだ。自分はなんて醜いんだろう。いまさらその浅ましさを思い知り、情け無くて涙があふれ出し、ポタポタと手の甲に落ちては流れていく。その手に、彼の両手がそっと重なった。

「恵舞。お願いだ。顔を見せてくれ」

 切実なその声に、恐る恐る顔を上げる。切なげに笑みを浮かべた依澄さんの顔が滲んだ視界に入ってきた。
 ルークが時々見せたその表情。それが紛れもなく同じ人物なのだと、訴えかけているようだった。
 その彼の唇がわずかに開くと、ゆっくりと動き始める。

「I love you,Emma」
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