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3. 夏の兆しとめぐる想い
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依澄さんはグラスに残っていたワインを飲み干すとテーブルに置く。それから傍らにあるボトルにまだ半分ほど残るワインを注いだ。
またグラスを傾けながら、彼は話しを再開した。
「俺も、これからハワードと提携を結ぼうとしていた宮藤と縁があったなんて、全く知らなかった。けど、その縁といっても、遥か昔のこと。一縷の望みに縋るしかなかったっていうのが、本当のところだ」
「じゃあ私と会う前から、おじいちゃんとやりとりがあったってことですか?」
私の質問に、彼はゆっくり頷く。
祖父から全くそんな話は聞いていなかった。自分も、てっきり提携先の大企業の役職者と縁を結ぼうとしているのだと思い込んでいた。
「一年以上前になるかな。会長はすぐに連絡をくれた。竹篠の名を残すために、養子縁組することになって。手続きなんかに手を貸してくれたんだ」
「だから……竹篠の母、なんですね」
「そう。とはいえ養子縁組しても、国籍が変わるわけでも、名前が変わるわけでもない。竹篠と名乗ってはいるが、通称、と言ったらいいのかな。いずれ……日本に帰化して、本当の名前にするつもりだが」
彼の生い立ちや、敬愛する祖母の生家のことを考えると、日本に骨を埋めようとする気持ちもわからないでもない。もしかすると、今はハワードからの期間限定の出向となっているが、いずれは本格的に宮藤に身を置くのかも知れない。
「……そんなことがあったんですね。今までおじいちゃんから、人を紹介されたことなんて無くて。あのときは驚きました」
あれからまだ、ほんの一ヶ月と半月ほどしか経っていないのに、ずいぶん前のことのようだ。
「ああ、俺も驚いた。来日してすぐ、会長に面会を求めたんだが、孫娘と会食するから、同席しないかと言われて。まさかそれが恵舞だなんて思ってなかったから」
「そう……だったんですか? その割には落ち着いていたというか……」
今の依澄さんとはまた違った雰囲気の、ハイスペックの出来る男といった彼の姿を思い出す。
けれど依澄さんは、はにかんだように笑うと照れ隠しのようにワインを呷った。
「実は、ものすごく緊張してたんだよ」
こちらに向いたその顔は、ほんのりと紅潮していた。
依澄さんが言うには、デーティングまで持ち込んだのはいいが、すぐに断られそうで、取って付けたように賭けの話を持ち出した、ということだった。
「気持ちが先走って、あんなことを言ったが、一歩間違えば二度と会ってもらえなかったかも知れないのに」
そう話す彼は、とても気まずい様子で肩を落とし、とにかく反省しているようだ。その姿に、少し笑みが溢れた。
「確かに……強引だったと言えば、そうなのかも知れないですけど……。その。嫌じゃなかったというか……。楽しかった、です」
ゴニョゴニョと口籠もり、はぐらかすようにワイングラスを空ける。照れ臭くてただでさえ熱い顔が、いっそうカァッと熱くなるのを感じた。
ちらりと彼の様子を伺うと、放心しているみたいに見えた。
「依澄さん?」
呼びかけると、ハッとしたようにこちらを向き、そして明るい表情で満面の笑顔を浮かべた。
「よかった。そう思ってくれてて。俺も、恵舞といられるだけで楽しくて、このまま離したくないって、ずっと思ってたよ」
少年みたいな笑顔を見せていたのに、急にそれは大人の、艶のある表情に変わる。そのギャップに心拍数は上がり、心臓が持ちそうにない。
「その顔は反則です!」
体まで熱くなってきて、手で自分を仰ぎながら抗議すると、彼はクスクス笑いながら目を細めた。
「どんな……顔?」
「もうっ! わかってやってるでしょ!」
「そうだな。俺は、恵舞のそんな顔も好きだよ」
さらりと言って口角を上げる依澄さんに勝てるわけがない。火を吹きそうな顔で、私は口をパクパクさせていた。
そんな私を楽しげに見つめたあと、彼はおもむろに口を開く。
「なあ、恵舞。賭けは……終わりにしていいか? 俺の負けで……いいから」
穏やかな口調で話す彼は、神妙な面持ちだ。それに息を呑んでしまう。
「そう……ですね……」
自分もそうしたいとは思っていた。けれど、彼が自分から負けを認めた意味を考えると、複雑な心境になる。
きっと、私が結婚は考えていないと言った言葉と、その理由を尊重してくれようとしているのだから。
またグラスを傾けながら、彼は話しを再開した。
「俺も、これからハワードと提携を結ぼうとしていた宮藤と縁があったなんて、全く知らなかった。けど、その縁といっても、遥か昔のこと。一縷の望みに縋るしかなかったっていうのが、本当のところだ」
「じゃあ私と会う前から、おじいちゃんとやりとりがあったってことですか?」
私の質問に、彼はゆっくり頷く。
祖父から全くそんな話は聞いていなかった。自分も、てっきり提携先の大企業の役職者と縁を結ぼうとしているのだと思い込んでいた。
「一年以上前になるかな。会長はすぐに連絡をくれた。竹篠の名を残すために、養子縁組することになって。手続きなんかに手を貸してくれたんだ」
「だから……竹篠の母、なんですね」
「そう。とはいえ養子縁組しても、国籍が変わるわけでも、名前が変わるわけでもない。竹篠と名乗ってはいるが、通称、と言ったらいいのかな。いずれ……日本に帰化して、本当の名前にするつもりだが」
彼の生い立ちや、敬愛する祖母の生家のことを考えると、日本に骨を埋めようとする気持ちもわからないでもない。もしかすると、今はハワードからの期間限定の出向となっているが、いずれは本格的に宮藤に身を置くのかも知れない。
「……そんなことがあったんですね。今までおじいちゃんから、人を紹介されたことなんて無くて。あのときは驚きました」
あれからまだ、ほんの一ヶ月と半月ほどしか経っていないのに、ずいぶん前のことのようだ。
「ああ、俺も驚いた。来日してすぐ、会長に面会を求めたんだが、孫娘と会食するから、同席しないかと言われて。まさかそれが恵舞だなんて思ってなかったから」
「そう……だったんですか? その割には落ち着いていたというか……」
今の依澄さんとはまた違った雰囲気の、ハイスペックの出来る男といった彼の姿を思い出す。
けれど依澄さんは、はにかんだように笑うと照れ隠しのようにワインを呷った。
「実は、ものすごく緊張してたんだよ」
こちらに向いたその顔は、ほんのりと紅潮していた。
依澄さんが言うには、デーティングまで持ち込んだのはいいが、すぐに断られそうで、取って付けたように賭けの話を持ち出した、ということだった。
「気持ちが先走って、あんなことを言ったが、一歩間違えば二度と会ってもらえなかったかも知れないのに」
そう話す彼は、とても気まずい様子で肩を落とし、とにかく反省しているようだ。その姿に、少し笑みが溢れた。
「確かに……強引だったと言えば、そうなのかも知れないですけど……。その。嫌じゃなかったというか……。楽しかった、です」
ゴニョゴニョと口籠もり、はぐらかすようにワイングラスを空ける。照れ臭くてただでさえ熱い顔が、いっそうカァッと熱くなるのを感じた。
ちらりと彼の様子を伺うと、放心しているみたいに見えた。
「依澄さん?」
呼びかけると、ハッとしたようにこちらを向き、そして明るい表情で満面の笑顔を浮かべた。
「よかった。そう思ってくれてて。俺も、恵舞といられるだけで楽しくて、このまま離したくないって、ずっと思ってたよ」
少年みたいな笑顔を見せていたのに、急にそれは大人の、艶のある表情に変わる。そのギャップに心拍数は上がり、心臓が持ちそうにない。
「その顔は反則です!」
体まで熱くなってきて、手で自分を仰ぎながら抗議すると、彼はクスクス笑いながら目を細めた。
「どんな……顔?」
「もうっ! わかってやってるでしょ!」
「そうだな。俺は、恵舞のそんな顔も好きだよ」
さらりと言って口角を上げる依澄さんに勝てるわけがない。火を吹きそうな顔で、私は口をパクパクさせていた。
そんな私を楽しげに見つめたあと、彼はおもむろに口を開く。
「なあ、恵舞。賭けは……終わりにしていいか? 俺の負けで……いいから」
穏やかな口調で話す彼は、神妙な面持ちだ。それに息を呑んでしまう。
「そう……ですね……」
自分もそうしたいとは思っていた。けれど、彼が自分から負けを認めた意味を考えると、複雑な心境になる。
きっと、私が結婚は考えていないと言った言葉と、その理由を尊重してくれようとしているのだから。
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