駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛

玖羽 望月

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3. 夏の兆しとめぐる想い

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 彼女はテーブルに鍵を置くと、それを見つめながら少し考え込んでいた。

「恵舞、先に聞くんだけど。連休中、何か用事入ってる? 旅行行くとか……」
「ううん? 何も。することなくてどうしようかって思ってたところだよ」

 それを聞いて羽瑠ちゃんは、胸を撫で下ろしたように、やんわりと笑う。

「よかった。先走るところだった。お願いって言うのはね、植木の水やり……なんだけど」

 ミルクティーの入る、カップを持つ手が止まる。予想外の内容に、首を傾げながら彼女に向いた。

「羽瑠ちゃんの家の?」
「あ、うちじゃなくて……。続きは本人の口から聞いて?」

 本人って、誰? と思っていると、背後に人の気配がした。

「お疲れ様」

 久しぶりに聞く、機械を通さないその声は、いつもより少し低めだ。弾かれるように振り返ると、髪を撫で上げ、ネイビーのベストにワイシャツ姿できちんとネクタイを締めた、会社モードの依澄さんが立っていた。

「お……疲れ様、です」

 周りに社員はいないが、お決まりのように頭を下げる。

「隣り、いい?」
「どっ、どうぞ」

 会社内でこんな至近距離で会うことなどなく、変に緊張してしまう。挙動不審な返事をすると、依澄さんはクスリと笑い席についた。
 
「よかった。来なかったら、私から渡そうと思ってたんだ。はい、これ。返すね」

 羽瑠ちゃんは、テーブルに置いていた鍵を依澄さんに差し出す。

「三十分猶予をやるから来いと連絡してきたのは誰なんだ」

 呆れた様子で言いながら、彼はそれを受け取っている。
 いつのまにか羽瑠ちゃんは、依澄さんを呼んでいたみたいだ。忙しいことはわかっているだろうし、来るか来ないか、一か八かの賭けだったのかも知れない。

「あら。悲壮な顔して仕事してたみたいだから、癒やしの時間を設けたつもりだったけど、余計なお世話だった?」
「いや、助かった。用事もないのに恵舞に会いに行こうと思ってたところだ」

 平然とした顔でさらりと言う依澄さんに、こちらが焦ってしまう。会話は周りに聞こえていないだろうが、やはり人の目が気になってしまう。

「依澄さん!」

 小声で呼びかけると、彼はどことなく疲れの見える顔をこちらに向けた。

「恵舞。会いたかった。顔を見られて嬉しいよ」

 会社ではそうそう見せないだろう甘い表情で笑いかけられ、一瞬にして頰が熱くなった。

「私も……です」

 会えた嬉しさから、場もわきまえずそう答える。その瞬間、わざとらしい咳払いが向かいから聞こえ慌てて振り向くと、羽瑠ちゃんが満面の笑みを湛えていた。
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