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番外編: jeweler's witches(依澄side)
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ニューイヤーを過ぎ、浮き足だった気持ちもそろそろ落ち着いてきたマンハッタンは、いつもと変わらない朝を迎えていた。
アメリカ国内で指折りの財閥、ハワードの持つビルの一つから眺める摩天楼には、雪がちらついている。それを窓から眺め一つ息を吐くと、振り返りデスクのパソコンに向かった。
「Good morning!」
意気揚々と部屋に入ってきたのは部下のジムだ。年若く調子に乗るところもあるが、仕事は申し分ない。そんな男は、今日は一段と張り切っているように見える。
「Hi! ジム。今日はえらくご機嫌ね」
「そうなんだ! 聞いてくれよ、ヘレン!」
コーヒー片手に現れた同僚に、ジムはさっそくツカツカと歩みを寄せる。ヘレンは秘書で、部下たちとのコミュニケーションは自分より彼女のほうが取れているような気がする。
「とうとうエンゲージリングを作ってもらえることになったんだ!」
「それって、もしかして……あの店で? よかったじゃない。おめでとう!」
パソコンの画面に顔を向けたまま、思わず眉を顰める。
ジムに結婚したい相手がいるのは知っていたが、プロポーズが成功したならともかく、エンゲージリングを作るだけで、なぜ"おめでとう"なのだろうか。二人の会話に耳だけ傾け、手を動かしていると、ヘレンはそんな疑問を持つ自分に気づいたようだ。
「あら? ボス、知らないの?」
「……何がだ」
顔を上げ、怪訝な表情でヘレンに返す。知るも知らないも、エンゲージリングを作ろうと思ったこともない。ハイジュエリーを扱うショップの名くらいは聞いたことはあるが、寄ろうとしたことがないのは事実だ。
そんな自分に、ヘレンはニヤリと口角を上げた。
「マンハッタンに住む魔女の話」
「……魔女?」
「そう! 正確には、魔女たち、だけどね」
「魔女……たち?」
不可解な内容に、よりいっそう眉を顰めていると、そこへ勢いよくジムが割り込んできた。
「まさかボス、あのRachel&Annaの店、知らないんですか⁈」
「知らないな」
まるで知っていて当たり前のような口ぶりに、わずかにムッとしながら答えると、そこから二人のレクチャーが始まった。
――それから、たった数日後のことだった。
愛車が故障し修理に出していたため、久しぶりにマンハッタンの街を徒歩で移動していた。職場からほんの数十分の距離にある取引先に挨拶へ行くだけ。秘書に同行を求めるほどの内容でもなく、寒空の下コートの襟を立て身を縮めて歩いた。
それはその帰りだった。
「……どこだ? ここは」
普段は近づくこともない、メインストリートから一つ入ったビルの谷間。近道のつもりで入ったのだが、どうしてだか深い森に迷い込んだような気分になっていた。
手元のスマホに表示されている地図は、磁場が狂ったように違う場所を表示している。それに頼るのを諦め、誰かに道を尋ねよう。そう思い顔を上げたとき、その文字が目に入った。
(Rachel&Anna……?)
一見すると何の店なのかわからない、ガラスの扉。それには確かに金の文字でそう刻まれていた。
『なかには、魔女の店に辿りつけない人もいるらしいですよ? まるで見えないバリアがあるみたいに』
ジムの言葉が脳裏に浮かぶ。彼自身も、最初はいくら探しても見つけられなかったと言っていた。だが今は、それとは反対に、まるで呼ばれたようにそれが目の前に現れた。
そのまま、ふらふらと吸い寄せられたように足を向ける。ドアの向こうに見える店内は、ジュエリーショップとは思えない殺風景なものだった。
ドアを押し中に入ると、ふわりとエキゾチックな香りが漂った。香のようなものを焚いているようだ。中はそう広くなく、ガラスケースは置いてあるものの、小さなアクセサリーが数点並べてあるだけだった。
「……何か、お探し?」
ハッとして肩を揺らす。気配なく奥から出てきたのは、不揃いに切られた無造作なショートカットの金髪の女性。金髪に染めるものも多いなか、彼女はおそらく地毛だ。
その彼女の、青い瞳がクールにこちらを見据えていた。
「あ、ああ……」
道を教えてくれ。そう言うつもりだった。だがショーケース越しにこちらを見つめる彼女が先に口火を切った。
アメリカ国内で指折りの財閥、ハワードの持つビルの一つから眺める摩天楼には、雪がちらついている。それを窓から眺め一つ息を吐くと、振り返りデスクのパソコンに向かった。
「Good morning!」
意気揚々と部屋に入ってきたのは部下のジムだ。年若く調子に乗るところもあるが、仕事は申し分ない。そんな男は、今日は一段と張り切っているように見える。
「Hi! ジム。今日はえらくご機嫌ね」
「そうなんだ! 聞いてくれよ、ヘレン!」
コーヒー片手に現れた同僚に、ジムはさっそくツカツカと歩みを寄せる。ヘレンは秘書で、部下たちとのコミュニケーションは自分より彼女のほうが取れているような気がする。
「とうとうエンゲージリングを作ってもらえることになったんだ!」
「それって、もしかして……あの店で? よかったじゃない。おめでとう!」
パソコンの画面に顔を向けたまま、思わず眉を顰める。
ジムに結婚したい相手がいるのは知っていたが、プロポーズが成功したならともかく、エンゲージリングを作るだけで、なぜ"おめでとう"なのだろうか。二人の会話に耳だけ傾け、手を動かしていると、ヘレンはそんな疑問を持つ自分に気づいたようだ。
「あら? ボス、知らないの?」
「……何がだ」
顔を上げ、怪訝な表情でヘレンに返す。知るも知らないも、エンゲージリングを作ろうと思ったこともない。ハイジュエリーを扱うショップの名くらいは聞いたことはあるが、寄ろうとしたことがないのは事実だ。
そんな自分に、ヘレンはニヤリと口角を上げた。
「マンハッタンに住む魔女の話」
「……魔女?」
「そう! 正確には、魔女たち、だけどね」
「魔女……たち?」
不可解な内容に、よりいっそう眉を顰めていると、そこへ勢いよくジムが割り込んできた。
「まさかボス、あのRachel&Annaの店、知らないんですか⁈」
「知らないな」
まるで知っていて当たり前のような口ぶりに、わずかにムッとしながら答えると、そこから二人のレクチャーが始まった。
――それから、たった数日後のことだった。
愛車が故障し修理に出していたため、久しぶりにマンハッタンの街を徒歩で移動していた。職場からほんの数十分の距離にある取引先に挨拶へ行くだけ。秘書に同行を求めるほどの内容でもなく、寒空の下コートの襟を立て身を縮めて歩いた。
それはその帰りだった。
「……どこだ? ここは」
普段は近づくこともない、メインストリートから一つ入ったビルの谷間。近道のつもりで入ったのだが、どうしてだか深い森に迷い込んだような気分になっていた。
手元のスマホに表示されている地図は、磁場が狂ったように違う場所を表示している。それに頼るのを諦め、誰かに道を尋ねよう。そう思い顔を上げたとき、その文字が目に入った。
(Rachel&Anna……?)
一見すると何の店なのかわからない、ガラスの扉。それには確かに金の文字でそう刻まれていた。
『なかには、魔女の店に辿りつけない人もいるらしいですよ? まるで見えないバリアがあるみたいに』
ジムの言葉が脳裏に浮かぶ。彼自身も、最初はいくら探しても見つけられなかったと言っていた。だが今は、それとは反対に、まるで呼ばれたようにそれが目の前に現れた。
そのまま、ふらふらと吸い寄せられたように足を向ける。ドアの向こうに見える店内は、ジュエリーショップとは思えない殺風景なものだった。
ドアを押し中に入ると、ふわりとエキゾチックな香りが漂った。香のようなものを焚いているようだ。中はそう広くなく、ガラスケースは置いてあるものの、小さなアクセサリーが数点並べてあるだけだった。
「……何か、お探し?」
ハッとして肩を揺らす。気配なく奥から出てきたのは、不揃いに切られた無造作なショートカットの金髪の女性。金髪に染めるものも多いなか、彼女はおそらく地毛だ。
その彼女の、青い瞳がクールにこちらを見据えていた。
「あ、ああ……」
道を教えてくれ。そう言うつもりだった。だがショーケース越しにこちらを見つめる彼女が先に口火を切った。
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