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4.五月闇に、忍び寄る
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泣き出す前のようにくしゃりと表情を歪ませると、彼は緩やかに首を横に振った。
「そんなはず、ないだろう? 俺だって、ずっと願っていたよ。だが……怖くもあった」
「怖い?」
らしからぬ弱々しい顔のままうなずくと、彼は口を開く。どことなく震えている声が自分の耳に届く。
「俺は……ハワードの、レモンみたいなものだから……」
その意味を自分は理解できる。アメリカでレモンといえば、”欠陥品”を指すワード。いつも自信に満ち溢れているように見えて、彼の育った環境は、彼に大きく影を落としているのだ。
彼の両頬に手を添えたまま、背伸びをして軽く口付けをする。唇を離すと、彼は意表を突かれたのか、呆気にとられていた。
「If the life gives you lemon, make lemonade.」
これは私が昔、彼に言った言葉。そして彼が私に、忘れられないと言った言葉。それを再び彼に告げる。
「あなたがレモンなら、私はずっとそれを、甘いレモネードにします。こう見えて、レモネードを作るのは得意なんです」
そう言って、精一杯笑いかける。こんな励まし方しかできないけれど、今できる最大限だと思う。
ややあって彼は、顔をクシャクシャにしたまま薄っすらと微笑んだ。
「そうだな……。恵舞の作るレモネードは、最高に美味しいんだ。人生が変わるほどに」
「一番の得意料理ですから」
ジョークで返すと、ようやく彼は口角を上げた。
「確かに」
そう言ったかと思うと、部屋の奥に誘うように私の腕を引く。
窓の向こうには、碁盤の目に広がる札幌の夜景が輝いている。その前まで連れて行かれると、彼は跪いた。
「Will you marry me?」
指輪があるわけでも、花束があるわけでもない。ただ彼は手を差し出している。そんなシンプルな仕草だけれど、胸がいっぱいになり涙が滲みだしていた。
「Yes! Of course!」
彼の手に、自分の手をそっと重ねる。その手を握り、彼は安堵した表情で立ち上がると私をそっと抱きしめた。
「今日は、人生で一番幸せな日だ」
「私も。初恋の人にプロポーズされるなんて、夢のようです」
少女のころに戻ったように無邪気に笑いかけると、彼は満面の笑みをゆっくり近づける。
目を閉じると、啄むような優しいキスをされる。依澄さんに最初にされたのと、同じようなキスだ。
瞼を開けると、優しいだけじゃない、熱を帯びた瞳が揺らいでいる。
「まさか、これで終わりだと、思ってないよな?」
これは最初に賭けに負けたあの時と同じ台詞だ。けれど私たちの距離はあの時とは違う。
「もちろん、もっとしてくれるんでしょう?」
「ああ。気が済むまで、何度だって」
ふたたび降ってきたのは、熱くて甘い蕩けるような唇だった。
「そんなはず、ないだろう? 俺だって、ずっと願っていたよ。だが……怖くもあった」
「怖い?」
らしからぬ弱々しい顔のままうなずくと、彼は口を開く。どことなく震えている声が自分の耳に届く。
「俺は……ハワードの、レモンみたいなものだから……」
その意味を自分は理解できる。アメリカでレモンといえば、”欠陥品”を指すワード。いつも自信に満ち溢れているように見えて、彼の育った環境は、彼に大きく影を落としているのだ。
彼の両頬に手を添えたまま、背伸びをして軽く口付けをする。唇を離すと、彼は意表を突かれたのか、呆気にとられていた。
「If the life gives you lemon, make lemonade.」
これは私が昔、彼に言った言葉。そして彼が私に、忘れられないと言った言葉。それを再び彼に告げる。
「あなたがレモンなら、私はずっとそれを、甘いレモネードにします。こう見えて、レモネードを作るのは得意なんです」
そう言って、精一杯笑いかける。こんな励まし方しかできないけれど、今できる最大限だと思う。
ややあって彼は、顔をクシャクシャにしたまま薄っすらと微笑んだ。
「そうだな……。恵舞の作るレモネードは、最高に美味しいんだ。人生が変わるほどに」
「一番の得意料理ですから」
ジョークで返すと、ようやく彼は口角を上げた。
「確かに」
そう言ったかと思うと、部屋の奥に誘うように私の腕を引く。
窓の向こうには、碁盤の目に広がる札幌の夜景が輝いている。その前まで連れて行かれると、彼は跪いた。
「Will you marry me?」
指輪があるわけでも、花束があるわけでもない。ただ彼は手を差し出している。そんなシンプルな仕草だけれど、胸がいっぱいになり涙が滲みだしていた。
「Yes! Of course!」
彼の手に、自分の手をそっと重ねる。その手を握り、彼は安堵した表情で立ち上がると私をそっと抱きしめた。
「今日は、人生で一番幸せな日だ」
「私も。初恋の人にプロポーズされるなんて、夢のようです」
少女のころに戻ったように無邪気に笑いかけると、彼は満面の笑みをゆっくり近づける。
目を閉じると、啄むような優しいキスをされる。依澄さんに最初にされたのと、同じようなキスだ。
瞼を開けると、優しいだけじゃない、熱を帯びた瞳が揺らいでいる。
「まさか、これで終わりだと、思ってないよな?」
これは最初に賭けに負けたあの時と同じ台詞だ。けれど私たちの距離はあの時とは違う。
「もちろん、もっとしてくれるんでしょう?」
「ああ。気が済むまで、何度だって」
ふたたび降ってきたのは、熱くて甘い蕩けるような唇だった。
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