年上カメラマンと訳あり彼女の蜜月までー月の名前ー

玖羽 望月

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とにかく、ありったけの理性を振り絞りさっちゃんを送ることにした。
このままじゃ本当に帰せそうにないな、と自分に冷静になるように言い聞かせて。

「うちまで送って貰わなくてもよかったのに……」

さっちゃんの家に向かうタクシーの中で、申し訳なさそうにさっちゃんは言う。
さっき、俺の家に向かう時と同じように手を繋ぐけど、不安も緊張感もそこにはない。ただ温もりだけがそこから伝わって来て、それだけで心まで温かくなった。

さっちゃんの家の前に着くと、一旦俺もタクシーから降りた。その場で運転手さんに待ってもらい、部屋の前まで一緒に着いて行くことにした。

「え?真琴?」

廊下に蹲る人影。さっちゃんが驚いたように声を上げると、真琴君は弾かれるように顔を上げた。

「良かった~!帰って来た~」

半泣きで真琴君は立ち上がる。

「何してるのよ?」

呆れたようにさっちゃんは言う。

「ネカフェ泊まろうと思ったらどこもいっぱいだったんだよ!仕方ないから咲月んち来てピンポンしても犬の鳴き声しかしないしさ。帰って来ないかと思った」

本当にホッとしたように真琴君はさっちゃんにそう言う。と言うか、彼女と来てるのに一緒に泊まったりしないんだ、と俺は不思議に思いながら2人の様子を眺めた。
不意に真琴君は俺を見ると、急に明るい笑顔を見せた。

「あ、睦月さん!さっきはご馳走様でした!」
「どういたしまして。あれで足りた?」
「足りるどころか健太君のやけ酒代もでましたよ!」

店を出る前、代金を払っておいて、と真琴君に託したのだ。もちろん、真琴君と奈々美ちゃん、それに健太君の分も足りるくらいには渡したのだけど、そうか……またやけ酒したのか、と前に振られてやけ酒してた健太君を思い出した。

「睦月さん、すみません!私考えなしに飛び出しちゃって。あの、お支払いします」

さっちゃんは慌てて財布を取り出そうとするのを、俺はやんわり止める。

「最初から出すつもりだったから気にしないで?」
「でも……」
「じゃあ、次はよろしく!」

そんなやり取りをしていると、さっちゃんの向こう側で、真琴君がニヤリと笑うのが見えた。

さっちゃんとは似てないよなぁ

店にいる時から思ってたけど、真琴君には俺がさっちゃんの事どう思っているのかすぐ見抜かれてたみたいだ。と言うか奈々美ちゃんにも。それくらい分かりやすかったって事なのかな?

そして今も、すぐに気づかれてしまっているようだ。姉の相手がこんな歳上の男でいいのかは分からないけど。

「咲月!鍵っ鍵!寒みぃから先入っとく!」

背中をすくめて真琴君は手を差し出しながらさっちゃんを急かす。

「あ、ごめん。ハイ」

さっちゃんが鞄から鍵を取り出して真琴君に渡すと、ガチャガチャと音を立てて鍵を開け扉を開けた。

「じゃあ睦月さん、ごゆっくり~!」

真琴君はそう言って人懐っこい笑顔で手を振った。

「おやすみ。真琴君」

これは……受け入れてくれてるって事でいいのかな?と俺も真琴君に笑顔で返した。

「えっ!真琴?ごゆっくりってどう言う事⁈」

扉の向こうに消えて行く真琴君にさっちゃんは振り返って声を上げるが、真琴君はすでに部屋の中だ。
また俺の方に顔を戻すと、呆れたようにさっちゃんは口を開く。

「すみません。本当に……」
「なんで?いい弟さんじゃない」

精一杯顔を上げているさっちゃんに笑いかけながら、その顔にそっと触れる。また恥ずかしそうに頰を染めながら、さっちゃんは俺をじっと見ていた。

「タクシー待たせっぱなしだから行くね?」

そう言いながら唇をゆっくり指でなぞると、さっちゃんは頰を紅潮させたまま瞳を揺らしていた。
彼女になった途端に、こんなに触れてしまっていいのかなぁ?なんて思うけど、それを止められる訳なんかない。

唇に触れるか触れないかくらいの距離まで自分の唇を近づけて、俺はさっちゃんに尋ねる。

「明日も……会ってくれる?」

瞳を伏せたまま俺の腕をギュッと掴むと、さっちゃんは小さく「はい……」と返事をした。

「ありがと。さっちゃんさえ良ければ、俺は毎日でも会いたいからね?」

息を吐き出すようにそう囁くと、唇に振動が伝わるのか、さっちゃんは擽ったそうに顔を顰めている。
俺は軽くだけその背中を引き寄せて、啄むように何度も軽く唇に触れた。

人の家の前で何してんだか

自分の行動に内心突っ込みながら、唇を離して顔を上げた。

「じゃあね。おやすみ」

そう言ってさっちゃんの頭を撫でる。さっちゃんは、はにかみながらそれに答える。

「おやすみなさい。また……明日」
「うん。明日」

笑顔でそう言って、俺は背を向けた。
後ろ髪を引かれながら、エレベーターに向かう。顔見てたら、俺の方が離れられなくなりそうだ。

さっちゃん。早く君の隣でおやすみって言って、目が覚めたらおはようって言いたいよ

そんな事を思いながらエレベーターに乗り込み、俺は誰も待っていない部屋への帰路についた。
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