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「おはようございま~す」

もう午後だが、身についた癖みたいなもので、スタッフはみなそう挨拶を交わしながら撮影の準備を始めていた。

1月20日。今日は俺の、30代最後の誕生日だ。
仕事に集中しないと、と思いつつも、家に帰ったらさっちゃんがいてくれると思うとなんだかソワソワしてしまう。

「お疲れ様でーす!岡田さん、なんか今日はいつにもまして嬉しそうですけど、なんかいいことあったんですか?」

最近よくアシスタントに来てもらっているスタッフにそんなことを言われる。

「あー……今日、誕生日なんだよね」

いい歳してなに浮かれてるんだという感じだが、ついつい嬉しくて喋ってしまう。

「へー。おめでとうございます。何才になったんですか?」
「さんじゅう……きゅう……」
「えっ!岡田さん、意外といってんですね。もっと若いと思ってました」

まだ20代の彼からみたら、俺はかなりおっさんなんだろうなぁと乾いた笑いを漏らしながら「褒め言葉として受け取っておくよ」と返す。
確かに、だいたいいつも年齢より若く見られる。けど、いくら若く見えようが、実際にはもう来年40だ。

40になる前に結婚できてたらいいんだけど……

そんなことを思いながら、今日の現場を見渡した。

今日は結婚式場のパンフレット写真を撮るのが仕事。チャペルからパーティ会場、もちろん新郎新婦に見立てたモデルさん達も込みだ。
1月は式場自体は閑散期。しかも平日だから大掛かりな撮影するのにはちょうどいい時期らしい。
と言ってもこの寒い冬空の下、いかにもベストシーズンです、みたいな顔をして庭で撮影しなきゃならないモデルさん達には頭が下がる。

とりあえず、人も込みで撮る必要のある場所を優先して、室内はあとに回す。
時間が押したらそれだけさっちゃんと会う時間が少なくなるし、と俺はまあまあスタッフを急かしつつ撮影を進めた。


「本日はありがとうございました」

式場の現場責任者にそう深々とお辞儀をされたのは、もう6時だった。

「こちらこそ。お疲れ様でした」

午後、早い時間に始まった撮影は最初こそ順調だったが、室内の撮影になってから一変した。と言うのも、見学のお客さんがやってくるからだ。さすがにお客さんが優先で、その人たちの気が済むまで案内するから、その間は撮影を中断するしかない。
そうやって、なんとか仕事を終わらせたのだった。

機材は他のスタッフに任せて、俺は家路に急ぐ。車に乗り込むと、まずさっちゃんに「今仕事終わったよ」とメッセージを送った。

さっちゃんからは、すぐに「わかりました。待ってます」と返事が返ってきて、俺は笑みを浮かべながら車のエンジンをかけた。

ここから家までは、すんなり行けば30分ほど。渋滞があったとしても7時までには帰れるだろう。

車の中でよかった、って言うくらいたぶんニヤニヤしながら運転してたと思う。ラッキーなことにほぼ渋滞もなく予定通りに家につき、後部座席に乗せていた荷物をひったくるようにして持つとエレベーターに向かった。
そして、自分の家の玄関の前まで来ると、俺は鍵を取り出して深呼吸をする。

誰かが待ってる家に帰るのなんて久しぶりだな……

そう思いながら、俺はゆっくりと鍵を開けて家の中に入った。

いつもなら暗く静まりかえっている廊下。今日は突き当たりのリビングへ通じる扉からは灯りが漏れていて、なんとなく温かな空気に混ざって、空腹を刺激する香りが漂っていた。

「あ、おかえりなさい」

俺が帰ったことに気づいたのか、奥の扉から顔を覗かせたさっちゃんがそう言いながらパタパタと駆け寄って来た。
さっちゃんが今履いているスリッパも、身に付けているエプロンも、年末に一緒に買ったものだ。

さっちゃんは最初、家から持ってくるって言ったけど、俺がうちに置いてて欲しいって無理を言って選んで貰った。他にもさっちゃん用のお箸やお茶碗なんかも合わせて買った。
今までは来客用を使ってもらってたけど、さっちゃんのためのものが家にあるってだけで、さっちゃんを近くに感じるような気がしたから。

「お仕事、お疲れ様です」

俺の前まで来ると、さっちゃんは笑顔でそう言ってくれる。
玄関先に適当に荷物を置くと乱暴に靴を脱ぎ捨て、そのままさっちゃんを抱き寄せた。

「うん。ただいま」

誰かに出迎えられるって、こんなに幸せなんだ……。それが何よりも大切な人なら尚更

胸の奥がジーンとして、温かくなるのを感じながらギュッとさっちゃんを抱きしめていると、さっちゃんの腕がゆっくりと俺の背中に回った。

「おかえりなさい」

もう一度そう言って、子猫のように胸に擦り寄る。

「なんか……これだけでもう誕生日プレゼントもらった気分」

さっちゃんの頭上でしみじみとそう言うと、さっちゃんは顔を上げる。

「睦月さん、お誕生日おめでとうございます。……でも、お祝いはこれからです」

照れたように言うさっちゃんは初々しくて可愛い。

「ありがと。30代最後の年をこんなふうに迎えられて嬉しいよ。じゃあ、さっそく誕生日会始めようか」

額に軽く口付けながらそう言うと、「はい」と小さく、可愛い返事が聞こえた。
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