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また海沿いを走り、さっちゃんの実家に向かう。予報ではいいお天気が続くと言われている4月の末ともなると、半袖で充分なほど暖かい。

「どっか寄ってく?」

運転席から真琴君に声を掛けられるが、さっちゃんは「ううん?お土産もたくさん買ってきたし真っ直ぐ帰るよ」と答えた。
車のトランクに入れてあるスーツケースは、正直7泊できそうな大きさ。2人の荷物を一緒には入れてあるけど、半分くらいは学さんへの貢物だ。

「りょーかーい!ご飯は母ちゃんがたくさん作ってくれてるから安心して~」

運転しながら真琴君は明るくそう言った。そう言われても、そのご飯に俺がありつけるのかもわからない。塩持って追い出されるかも知れないんだから。

人生一緊張しながら窓の外を眺めていると、あっという間にさっちゃんの実家に着いた。
そのまま車のトランクを借りてスーツケースの荷物を整理する。
詰め込んだお土産は、東京限定の洋菓子。その箱を取り出して一緒に入れてあった紙袋に放り込む。それから別のバッグに詰めた自分の荷物を取り出すとスーツケースを閉めた。

「睦月さん、持つよ?」

そう言ってさっちゃんは紙袋を持つ。その数3つ。中には2箱ずつ入ってるから、6箱分の貢物だ。

「なんかすっげー量だけど、それ、もしかして全部お土産?」
「うん。とりあえず甘いもので懐柔しようと思って」
「うわぁ……」

真琴君は引き気味にそう答えてから、玄関に向かっていた。

「帰ったよー!」

ガラガラと引き戸を開け中に入ると、真琴君は開口一番にそう声を張り上げた。パタパタと軽快なスリッパの音が聞こえると、奥から美紀子さんが姿を現した。

「おかえりなさい、さっちゃん。睦月さんも、いらっしゃい」

まったりとした空気を纏いながら美紀子さんはそう言ってふわりと笑う。

「ただいま。お母さん、お父さんは?」
「久しぶりに暁さんとお酒飲んで、とっても機嫌はいいわよ?」
「良かった……」

さっちゃんは安堵しなから俺の顔を見る。

「さ、どうぞ上がって下さいな」

美紀子さんに促され俺は「お邪魔します」と家に上がらせてもらった。
大きな荷物は玄関脇に置かせてもらい、手土産だけ手にすると奥に進む。家族の団欒に使うのは台所と続きの和室で、前に訪れたときもそこで夕食を取ったのだ。

「ただいま。お父さん」

襖を開けさっちゃんが先に入るとそう言った。

「おぉ!咲月!」

嬉しそうな学さんの声を聞きながら俺が顔を覗かせると、学さんは途端に凄い目つきで俺を睨みつけていた。

「なんだお前、また来たのか」

ソッポを向いて、呟くように言う学さんは、ギプスの嵌められた足を畳に投げ出すように座っている。そしてその座卓の横には父さんが笑顔で座っていた。

「よぉ、睦月。元気だったか?」
「おかげ様で」

俺は、自分の家みたいにくつろいでいる父さんにそう返した。

「お父さん?そんな言いかたないでしょう?また来るって病院でも言ったじゃない」

さっちゃんは語気を強めてそう言うと、学さんの前に座った。

「学さん、その後お加減はどうですか?これ、よろしければお召し上がり下さい」

そう言うと、さっちゃんの隣で袋から取り出したお菓子の箱を積んでいく。それなりの大きさの箱を6つも積み上げるとまあまあな高さで、学さんは見ない振りして気になるのか横目で見ていた。

「全部睦月さんが、お父さんにって、わざわざ並んで買って来てくれたのばっかりなんだよ?」

そう言われた学さんは「俺を糖尿病にする気か」と不機嫌そうにボソッと呟く。

「おー、凄いな。これなんか、前にテレビで見て食ってみたいって言ってたじゃねぇか。よかったな、学」

この微妙な空気の中、父さんが空気を読まず楽しそうに声を上げている。

「暁さん、バラさないでくれ」

決まりの悪そうな表情で学さんが返していると台所側の引き戸が開いた。

「お茶入ったわよ?お昼ご飯はもう少しあとでいいかしら?」

美紀子さんが日本茶を俺達の前に出しながら尋ねると、さっちゃんはそれに「うん」と頷く。真琴君もやって来て、父さんと隣合う座卓の角に座り、美紀子さんはその向かい側の学さんの隣に座った。

役者は全員揃った。俺は静まり返った、この居た堪れない空気の中口を開いた。

「学さん。先日はドサクサに紛れての挨拶で申し訳ありません。俺は、岡田睦月と言います。年は39。咲月さんとは一回り以上離れてはいますが、真剣にお付き合いしています。どうか、結婚をお許しください」

ゆっくりと、でも一息にそう言うと全くこちらを見てくれない学さんに頭を下げた。

「私も。前にも言ったけど、睦月さんとしか結婚しようなんて思えない。だから、許してください」

さっちゃんも隣でそう言うと、同じように頭を下げる。
またしばらく沈黙が訪れ、それを美紀子さんが破った。

「お父さん?逃げてちゃ駄目でしょう?ちゃんと話を聞かないと」

美紀子さんはおっとりとしているが、何故か逆らえない何かがある。ようやく学さんはこちらを向いて、視線を逸らしたまま口を開いた。
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