1 / 17
プロローグ 紅い空
しおりを挟む
夕焼け時。今日の空はいつにも増して、紅く色づいていた。
居残りしている教室にもその紅い光が差し込んでくる。
まだ蝉が鳴き喚く9月の初め、ぼんやりしながら窓から見える景色を眺めた。
校庭、体育館、プール、渡り廊下、屋上……
屋上をよく見ると、人影がある。遠くからだが、確かにあれは人の姿だ。あんなところで何をしているんだろう……?
なんとなく嫌な予感がして椅子から勢いよく立ち上がる。あれを放置してはいけない気がしたのだ。別棟の屋上へと走りながら向かう。渡り廊下を抜けて、階段を駆け上がる。そして、立ち入り禁止の鎖を跨いで、屋上の扉を開けた。
ひゅうっと風が吹く。先程の小さな人影が目の前に立っていた。そこに立つのは意外にも、俺の知っている人物だった。
「紅羽……さん?」
そこに居たのは同じクラスの三上紅羽だった。彼女は長い黒髪を靡かせながら、屋上から見える景色をただ見つめている。不安になってもう一度大きな声で名前を呼んだ。
「紅羽さん!!」
すると彼女はこちらを振り向いた。彼女は普段と変わらない様子だったが、表情は何となく、いつもより無表情な気がした。
「維頼くん……?」
彼女から返事が返ってきた。そのことに少し安心した。話ができる状態で良かった、と。そして、彼女にまた話しかけた。
「紅羽さん、こんなところで何やってるの?そこは危ないから早くこっちに来て」
俺は彼女にゆっくり近づいて右手を伸ばす。しかし、彼女はなぜか悲しそうに笑った。
「来ないで」
そう言われてピタッと足が止まる。
「あの時は、助けてくれなかったのに。酷いな……貴方は」
彼女はなぜか笑みをたたえながら泣いた。俺には、彼女が何のことを言っているのか分からなかった。だが、今が絶望的状況であることは理解できる。それでも、屋上に立つ彼女の姿があまりにも凛としていて、体が動かない。
「さようなら、維頼くん。今までありがとう。私はーー。」
彼女が最後に言った言葉は、聞こえなかった。なぜか、キーンと耳鳴りのような音がして、その言葉だけを遮ってしまう。
彼女は、俺の目の前で飛び降りた。まるでスローモーションのようだった。それからすぐに、地面から鈍い音が聞こえる。すぐに屋上のフェンスへと駆け寄った。
下に見えたのは、紅黒い血溜まりだった。それは時が経つにつれ、どんどん広がっていく。
ああ、彼女は死んでしまったのか……?
絶望と、あまりに非現実的な光景に、何も出来ず固まる。数秒だったのか数分だったのか、そこで固まっていた。
すると突然、もう一つの影が視野に入った。それは人のような姿をしているが、体に黒い影を纏っている。しかし、その姿はあまりにも美しく、浮世離れした影だった。
人間のような姿をしたその影は、飛び降りた彼女の死体を見つめていた。
あれは、何だ……?
いつの間にか、その影を魅入るように見つめてしまっていた。身体を少しフェンスから出して、覗き込む。あと少し、あと少しで顔が見える……。
ーーふと、その影が、こちらを見上げた。
影と目が合った。
その瞬間、ゾワっとした感覚が身体中に流れ、激しい頭痛と目眩に襲われる。
あいつを見てはいけない。まるで命を毟り取られるような感覚になった。
これは悪夢だ。あんなのが、現実に居るわけがない。悪夢だ、悪夢に違いない……ああ、早く目覚めてくれ……!
徐々に暗転していく視界の中、俺は血に塗れた彼女を見ながら、そう強く念じた。
ーーー
ーー
ー
ああ、全て分かった。私は何をすべきか。
あの時手を伸ばしてくれた彼の手を、振り払うのが一番いいんだ。
たとえ心が苦しくても、大丈夫。すぐに何も感じなくなる。だって、闇はもうすぐ、そこだもの……。
居残りしている教室にもその紅い光が差し込んでくる。
まだ蝉が鳴き喚く9月の初め、ぼんやりしながら窓から見える景色を眺めた。
校庭、体育館、プール、渡り廊下、屋上……
屋上をよく見ると、人影がある。遠くからだが、確かにあれは人の姿だ。あんなところで何をしているんだろう……?
なんとなく嫌な予感がして椅子から勢いよく立ち上がる。あれを放置してはいけない気がしたのだ。別棟の屋上へと走りながら向かう。渡り廊下を抜けて、階段を駆け上がる。そして、立ち入り禁止の鎖を跨いで、屋上の扉を開けた。
ひゅうっと風が吹く。先程の小さな人影が目の前に立っていた。そこに立つのは意外にも、俺の知っている人物だった。
「紅羽……さん?」
そこに居たのは同じクラスの三上紅羽だった。彼女は長い黒髪を靡かせながら、屋上から見える景色をただ見つめている。不安になってもう一度大きな声で名前を呼んだ。
「紅羽さん!!」
すると彼女はこちらを振り向いた。彼女は普段と変わらない様子だったが、表情は何となく、いつもより無表情な気がした。
「維頼くん……?」
彼女から返事が返ってきた。そのことに少し安心した。話ができる状態で良かった、と。そして、彼女にまた話しかけた。
「紅羽さん、こんなところで何やってるの?そこは危ないから早くこっちに来て」
俺は彼女にゆっくり近づいて右手を伸ばす。しかし、彼女はなぜか悲しそうに笑った。
「来ないで」
そう言われてピタッと足が止まる。
「あの時は、助けてくれなかったのに。酷いな……貴方は」
彼女はなぜか笑みをたたえながら泣いた。俺には、彼女が何のことを言っているのか分からなかった。だが、今が絶望的状況であることは理解できる。それでも、屋上に立つ彼女の姿があまりにも凛としていて、体が動かない。
「さようなら、維頼くん。今までありがとう。私はーー。」
彼女が最後に言った言葉は、聞こえなかった。なぜか、キーンと耳鳴りのような音がして、その言葉だけを遮ってしまう。
彼女は、俺の目の前で飛び降りた。まるでスローモーションのようだった。それからすぐに、地面から鈍い音が聞こえる。すぐに屋上のフェンスへと駆け寄った。
下に見えたのは、紅黒い血溜まりだった。それは時が経つにつれ、どんどん広がっていく。
ああ、彼女は死んでしまったのか……?
絶望と、あまりに非現実的な光景に、何も出来ず固まる。数秒だったのか数分だったのか、そこで固まっていた。
すると突然、もう一つの影が視野に入った。それは人のような姿をしているが、体に黒い影を纏っている。しかし、その姿はあまりにも美しく、浮世離れした影だった。
人間のような姿をしたその影は、飛び降りた彼女の死体を見つめていた。
あれは、何だ……?
いつの間にか、その影を魅入るように見つめてしまっていた。身体を少しフェンスから出して、覗き込む。あと少し、あと少しで顔が見える……。
ーーふと、その影が、こちらを見上げた。
影と目が合った。
その瞬間、ゾワっとした感覚が身体中に流れ、激しい頭痛と目眩に襲われる。
あいつを見てはいけない。まるで命を毟り取られるような感覚になった。
これは悪夢だ。あんなのが、現実に居るわけがない。悪夢だ、悪夢に違いない……ああ、早く目覚めてくれ……!
徐々に暗転していく視界の中、俺は血に塗れた彼女を見ながら、そう強く念じた。
ーーー
ーー
ー
ああ、全て分かった。私は何をすべきか。
あの時手を伸ばしてくれた彼の手を、振り払うのが一番いいんだ。
たとえ心が苦しくても、大丈夫。すぐに何も感じなくなる。だって、闇はもうすぐ、そこだもの……。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる