蛇のおよずれ

深山なずな

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プロローグ 紅い空

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 夕焼け時。今日の空はいつにも増して、紅く色づいていた。
 居残りしている教室にもその紅い光が差し込んでくる。
 まだ蝉が鳴き喚く9月の初め、ぼんやりしながら窓から見える景色を眺めた。

 校庭、体育館、プール、渡り廊下、屋上……

 屋上をよく見ると、人影がある。遠くからだが、確かにあれは人の姿だ。あんなところで何をしているんだろう……?

 なんとなく嫌な予感がして椅子から勢いよく立ち上がる。あれを放置してはいけない気がしたのだ。別棟の屋上へと走りながら向かう。渡り廊下を抜けて、階段を駆け上がる。そして、立ち入り禁止の鎖を跨いで、屋上の扉を開けた。
 ひゅうっと風が吹く。先程の小さな人影が目の前に立っていた。そこに立つのは意外にも、俺の知っている人物だった。

紅羽くれは……さん?」

 そこに居たのは同じクラスの三上紅羽だった。彼女は長い黒髪を靡かせながら、屋上から見える景色をただ見つめている。不安になってもう一度大きな声で名前を呼んだ。

「紅羽さん!!」

 すると彼女はこちらを振り向いた。彼女は普段と変わらない様子だったが、表情は何となく、いつもより無表情な気がした。

維頼いよりくん……?」

 彼女から返事が返ってきた。そのことに少し安心した。話ができる状態で良かった、と。そして、彼女にまた話しかけた。

「紅羽さん、こんなところで何やってるの?そこは危ないから早くこっちに来て」

 俺は彼女にゆっくり近づいて右手を伸ばす。しかし、彼女はなぜか悲しそうに笑った。

「来ないで」

 そう言われてピタッと足が止まる。

「あの時は、助けてくれなかったのに。酷いな……貴方は」

 彼女はなぜか笑みをたたえながら泣いた。俺には、彼女が何のことを言っているのか分からなかった。だが、今が絶望的状況であることは理解できる。それでも、屋上に立つ彼女の姿があまりにも凛としていて、体が動かない。

「さようなら、維頼くん。今までありがとう。私はーー。」

 彼女が最後に言った言葉は、聞こえなかった。なぜか、キーンと耳鳴りのような音がして、その言葉だけを遮ってしまう。
 彼女は、俺の目の前で飛び降りた。まるでスローモーションのようだった。それからすぐに、地面から鈍い音が聞こえる。すぐに屋上のフェンスへと駆け寄った。
 下に見えたのは、紅黒い血溜まりだった。それは時が経つにつれ、どんどん広がっていく。

 ああ、彼女は死んでしまったのか……?

 絶望と、あまりに非現実的な光景に、何も出来ず固まる。数秒だったのか数分だったのか、そこで固まっていた。
 すると突然、もう一つの影が視野に入った。それは人のような姿をしているが、体に黒い影を纏っている。しかし、その姿はあまりにも美しく、浮世離れした影だった。

 人間のような姿をしたその影は、飛び降りた彼女の死体を見つめていた。

 あれは、何だ……?

 いつの間にか、その影を魅入るように見つめてしまっていた。身体を少しフェンスから出して、覗き込む。あと少し、あと少しで顔が見える……。

 ーーふと、その影が、こちらを見上げた。

 影と目が合った。

 その瞬間、ゾワっとした感覚が身体中に流れ、激しい頭痛と目眩に襲われる。
 あいつを見てはいけない。まるで命を毟り取られるような感覚になった。

 これは悪夢だ。あんなのが、現実に居るわけがない。悪夢だ、悪夢に違いない……ああ、早く目覚めてくれ……!

 徐々に暗転していく視界の中、俺は血に塗れた彼女を見ながら、そう強く念じた。

ーーー
ーー


 ああ、全て分かった。私は何をすべきか。

 あの時手を伸ばしてくれた彼の手を、振り払うのが一番いいんだ。

 たとえ心が苦しくても、大丈夫。すぐに何も感じなくなる。だって、闇はもうすぐ、そこだもの……。
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