蛇のおよずれ

深山なずな

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第1話 夏祭り

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 祭囃子の太鼓の音が鳴り始めた。祭りが始まる合図である。もうすでにあたりは薄暗くなり始め、淡い提灯の灯りが神社の周りを照らしている。
 私がここに来たのは久しぶりであった。かつての故郷であるこの場所は、今でも思い入れ深い場所である。というのも、小学生まで私はここに住んでいたのだ。ここに来ると、幼い頃の楽しかった思い出が昨日のことのように思い出された。

「紅羽、何ボーッとしてるの?」

「前見ないと危ないよ」

 そう呼びかけてくれた2人の友人たちの声にハッとする。つい思い耽ていたようだ。危うく石畳の道に躓きそうになった。

「紅羽は昔から変わらないなあ」

「小学生の頃のままだ」

「みなちゃんとすみちゃんも変わってないよ。あの頃みたいに2人とも優しい!でも少し大人っぽくなったかも」

 この2人、みなと澄香すみか澄香は私の小学校の頃の同級生だ。この小さな町で一緒に育った、私のかけがえのない友達である。

「そういう紅羽も、元気そうで何よりだよ! 大学はどう?」

 湊が興味津々で私に訪ねてくる。久しぶりに会ったからか、さっきから質問攻めにあっているが、それだけ心配をしてくれていると思うと嬉しい気持ちもある。

「楽しいよ!」

 そう答えると、私の返答に湊と澄香も嬉しそうにしてくれた。
 3人での、他愛のない会話が続く。当たり前のようなこの時間が、昔から本当に好きだった。何よりも平和で、幸せなこの時間が……。
 私がこの町にいたのは小学5年生までだった。というのも、とある出来事に巻き込まれて、ここを出ることを余儀なくされたからだ。
 あの出来事のせいで、私は愛する家族を失った。それからは、今住んでいる場所のおばさんの家で面倒を見てもらっていたけれど……そこは歓迎されない場所だった。私の高校生活は、家の事情もあって、苦しいものだった。大学生になってからは1人暮らしを始めたから、もうあまり、そのことは気にしないようにしている。
 だから、ここに帰ってくると、愛する人達を思い出すことができる。私にとってかけがえのない場所なのである。

「とりあえず、屋台まで行こうか。20時からは花火も上がるし、20時前にはあっちに移動しよう!」

「あっちって?」

「あの山! あそこの麓は穴場でね。人も少ないし、花火も綺麗に見えるの!」

 あの山……たしかにあそこからなら花火は綺麗に見えるかも知れない。でも、夜に山に入るなんて、いくら登ってすぐのところでも物騒な気がする。

「夜にあんなところに入って大丈夫なの?」

「大丈夫だよ! 私と澄香は去年もあそこから花火を見たんだ! 本当に間近で綺麗だったよ」

 どうやら2人は去年もあそこから見ているらしい。それなら大丈夫かな……。

「2人がそう言うなら大丈夫そうだね。花火、楽しみだな」

「ここじゃ、1年に1度しか上がらないからね。お楽しみは最後に取っておこう」

 そう澄香が言うと屋台の方から大きな歓声が聞こえる。他の人達も屋台を楽しんでいるみたいだ。

「じゃあ先に、私達も屋台を楽しもう!」

 湊がそう言うと、私達は一緒に屋台の方へ歩き出した。

***

 神社にはたくさんの屋台が設置されている。定番のりんご飴や焼きそば、射的、金魚すくい……くじ引きなんて物もある。

「ねえ2人とも、まずは焼きそば食べない?」

「さっき食べたばっかりなのに?」

「いいじゃん、食べようよ!」

 さっき夕飯を食べたばかりなのに、湊はまだ食べ足りないみたいだ。

「私もいらないかな……」

「なんで紅羽まで!」

 湊はそういうと不貞腐れたように不満を漏らしたが、1人だけでも食べる気でいるみたいだ。

「りんご飴くらいだったらいいけど」

「私も」

「じゃあ焼きそば買ったらさ、みんなでりんご飴買いに行こうよ!」

 湊の食欲はすごいな……。

 彼女が焼きそばを買いに行っている間、澄香と2人きりになった。澄香は元気にやっているだろうか。さっきは違う話ばかりで聞きそびれてしまった。
 私から澄香に話しかけようとしたが、先に口を開いたのは彼女の方だった。

「湊、さ」

「?」

「明るく振る舞ってるけど、本当に紅羽のこと心配してたんだ。いつも紅羽から元気だって連絡が来ると喜んでてさ」

「そうなんだ……」

 純粋に嬉しかった。

「もちろん、私もね。高校の時は、紅羽のことを聞くと私達も辛かったけど……今は元の紅羽に戻ってくれてて安心した」

「ありがとう、すみちゃん」

 高校時代が思い出される。囁き声の響く教室と、

 私を見下ろす彼女の……顔……。

「ごめん。別に思い出させるために言ったんじゃないよ?」

 ふと顔を上げると澄香が心配そうな顔で私の顔を覗き込んでいた。

「あ、ううん! 大丈夫だよ」

 また心配させてしまった。いつも2人には助けられているから、いつか恩返しがしたいな……。

「お、湊戻ってきたみたい」

「本当だ……ってなんか焼きそばたくさん持ってない?」

「ただいま! なんか今年の焼きそば、すごく美味しいソース使ってるみたいだから2人の分も買っちゃった!」

「えーマジですか」

「あはは! 湊らしい」

 温度差がある2人の会話に、私は思わず声を上げて笑ってしまった。やっぱり、この2人と一緒にいると楽しいな……。こんな些細な事でさえ面白く感じるのだから。

「じゃありんご飴、買いに行こう! 焼きそばは後でお金払うね」

「じゃあ私は湊に大きいりんご飴奢ろうかな」

「え、本当? やったー!」

 湊は嬉しそうに笑った。

***

 私達はりんご飴を買った後、射的やくじ引きにも挑戦しながら会話を楽しんでいると、あっという間に時間は過ぎていった。
 気づけばもう、花火が上がる時間に近づいていた。

「もう少しで花火上がるね。湊も紅羽もそろそろ行こうか」

「もうそんな時間?」

「うん」

 時計を見ると、針は19時45分を示していた。

「そうだね。早めに行こう」

 私達は神社内にあるベンチから立ち上がると、先ほど鳥居前にあった山の方へ向かう。
 境内を抜けて、鳥居を2つくぐる。だんだんと祭囃子の太鼓と屋台の明かりが遠のいていった。
 山へ入る道はとても暗かった。本当にこんな時間に入って大丈夫なんだろうか……?

 2人は平気そうに私の前を歩いていく。
 山道は、登るたびに暗くなっていく気がした。私は少し恐ろしくなって2人に問いかける。

「ねえ、本当にこの道で大丈夫なの……?」

「大丈夫大丈夫! 去年もここを通ったから」

 2人はこの暗さに何も思わないのだろか?
 私のそんな疑問を他所に、2人はどんどん進んでいく。

 待って、2人とも!

「!」

 私がそう声をかけようとしたその時、突風のような風が吹き、思わず私は目を閉じる。

「ねえ、2人……とも」

 私はゆっくり目を開けた。

 ……しかし、前方には誰もいなかった。

「え……?」

 忽然と2人は、私の前から消えたのだ。

「みなちゃん! すみちゃん!」

 必死に2人の名前を呼ぶが、何の返答も返ってこない。どうして? 2人とも私をからかっているの?
 でも、2人がそんなことをしないのことはよく分かっている。もしかして、先に行ってしまったのだろうか?

 私は必死に前に進む。2人の名前を呼びながら。

「湊! 澄香!」

 返事はない。ただ、不気味な音を立てる風が木々の間を流れた。
 しばらく歩いていると、私の前に大きな石のような物が見える。

 ……鳥居?

 こんなところにも神社があったのだろうか。幸いにも明かりがついており、人がいるようだ。

「……!」

 よく見たら、鳥居の前に人が立っている。身長からして男性だろうか? 暗くてよく見えないが、シルエットから和服を着ているようだった。
 少し不気味に思えたが、神社なのだから神主さんかもしれない。2人と逸れた恐怖から、思わず私はその影に向かって話しかけた。
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