蛇のおよずれ

深山なずな

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第2話 追憶

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「あの、すみません! ここに女の子が2人来ませんでしたか?」

 そう大きめの声で叫んだが、反応がない。かなり大きな声だったはずだが、聞こえなかったのだろうか? 私はもう1度声をかけることにした。

「すみません!」

 すると、鳥居の前の影が少し揺らめく。今度は聞こえただろうか。
 訪れる一瞬の静寂。そして、ふいに風が木々の隙間を抜ける音が響いた。

「こちらに来なさい」

 ふいに響いてきた声は、とても美しかった。私の声がようやく鳥居の奥へ聞こえたのだろう。
 それにしても、綺麗な声の人だ。男性に違いはないが、その声は何にも形容し難いものだった。
 奥へ誘導するということは、やはり湊と澄香がこちらに来たのだろうか。それにしても、こんなところを通るなんて不気味だ……。

 その影は鳥居のさらに奥へ向かっていく。私を待ってくれる気はないようだ。ぼやぼやしていると置いていかれてしまう。

「ま、待ってください!」

 私はその後を急いで追いかけた。石の鳥居を抜けて、境内へ。先程神主さんと思われる影がいた手水舎の近くへ……。しかし不思議なことに、その影には追いつけなかった。影はぼやぼやと、私の先を歩いていくばかりである。

 一抹の不安を感じる。あの人は、なぜ振り向いてもくれないのだろうか。本当に2人はここへ来たのだろうか。

 あと少し、あと少しで追いつけるのに。

 私はその影に必死についていく。手を伸ばし、再び声をかけながら。

「ねえ、待って……!」

 その時、私の足が徐々に重くなっていることに気づいた。なぜか、足が前に進まない。私は恐る恐る自分の足元を見た。

「何、これ……」

 黒い影のような何かが、私の足を包み込んでいた。幻覚だろうか……? いや、そんなはずない。現に私の足は動かなくなっている。何なんだろう……これは、夢?

 非現実的な出来事に、私の体は恐怖で震え始める。怖い。2人とも……どこにいるの。

「維頼くん……」

 パニックになる頭の中、なぜか彼の名前を呼んでしまった。もう1度、会えたらよかったのに。
 目の前が暗くなり始める。自分の身に何が起きているかも分からず、私はそのまま意識を手放した。

***
維頼side

 ハッと、目が覚める。時計は午前3時を示していた。嫌な時間に目覚めてしまった。

 この夢を見るのは、高校の時以来か……。

 高校生の時、ある日を境に、紅羽さんが飛び降りるという不可解な夢を度々見るようになった。大学生になってからは今日が初めてのことである。
 この夢はあまりにリアルで、見るたび吐き気に襲われる。第一、当たり前だが彼女は生きているし、こんな不謹慎な夢を見続けている俺は、どこかおかしいところがあるのか疑いたくなるほどだ。

 明日(今日)は大学で学期末テストもあるし、出来るだけ体に負担をかけたくない。もう一度眠ろう。
 俺は先程の夢にまだ不快感を覚えていたが、しかし日頃の疲れから、すぐに再び眠りについた。

***

 夕方。今日でテストは無事全て終わった。しっかり事前準備をしていたお陰で、成績は問題ないだろう。

 そんな呑気なことを考えながら大学のいつもの場所で親友、あらたを待つ。窓から外を見ると、先程は降って居なかったのに、強めの雨が降ってきていた。天気予報では雨なんて言ってなかったが、ゲリラ豪雨というやつだろうか? いつも折り畳み傘を持参していたのが役に立ちそうだ。

 あいつは傘、持ってきたかな……。

 あいつはいつも傘なんて持ってきていない。今日偶々持ってる可能性なんて無いに等しいだろう。となると、最悪男同士で一つの小さい傘で帰ることになるが……。

 そんなことを考えていると、新が講義室から姿を現した。

「維頼お待たせ!いやー、山が外れたなー。あの範囲が出るとは思わないだろ普通」

「ドンマイ。そういうこともあるある」

「俺結構落ち込んでるんだぞ。だってかなり頑張ったつもりだったのにさ。参っちゃうよホント」

 新は気丈に振る舞ってはいるが、こいつが遅くまで勉強していたのは俺も知っている。結構落ち込んでいそうだな……。

「しかも外、雨降ってんじゃん!俺傘持ってきてない。維頼持ってきた?」

 新が期待するように俺を見る。やっぱり持ってきていなかった。これはもう2人1つの傘で帰るしかない……。

「持ってるよ」

「よかった!入れてもらっていい?」

「うん。いつも折り畳み傘くらい入れとけよな」

「大丈夫、今度はちゃんと持ってくるから!」

 前にもこんな会話をしたことがある。本当に持ってくる気があるんだろうか……。でもまあ、今日で学期末テストは終わったし、こいつは少し落ち込んでるだろうから、これ以上はとやかく言わなくてもいいか。

「なあ雨も強いし、近くのカフェで少し雨宿りしないか? そこで愚痴でも聞くからさ」

「え、行く行く!なんか維頼今日やけに優しいね。なんか良いことでもあった?」

「別になんもねーよ。ただ偶にはいいかなってさ」

「へえー、珍しい」

 確かにいつもは新から誘ってくれるから、俺から言うことはあまりないかもしれないが、珍しいのか……?

「じゃあ早速行こう」

「おーけー!」

 ともかく、俺たちは大学を出ることにした。
 大学近くのカフェに着くと、俺たちは各々冷たいジュースをたのんだ。蒸し暑い夏の日に、体はすぐに水分を欲する。届いてからすぐに、1/3程度飲み干してしまった。
 教授が出した問題の愚痴から始まり、約1時間後、そろそろ帰ろうかというときには、新の好きな子の話になっていた。なんか、ほとんど好きな子の話だった気がするんだが……。

「あー楽しかった!また来ようね」

「ああ、そうだな……うん」

 こいつは最近、その子の話ばかりする。きっと相当好きなんだろう。新はまだ話しかけたことがないらしいが、こいつは優しいヤツだから、話したらきっと仲良くなれるだろうな。
 空もいつの間にか晴れていたようだ。ギラギラと燃えるような夕焼けが再び戻ってきていた。
 2人で帰る帰り道は、いつもと変わらない。俺には、当たり前の日常が幸せなものに感じる。夕陽に照らされた俺たちの目の前に、自分たちの黒い影が落とされる。今日はいつにも増して紅い夕焼けだ。

 唐突に、新が俺に話しかけた。

「そういえばさ、高校の同窓会のメール、維頼にも来た?」

「え、メール?……ああ、そういえばそんなの来てたな」

「せっかくだから俺、行こうと思ってるんだ。維頼も行こうよ」

「うーん、考え中」

 高校、と聞いて、ふと今日の夢を思い出す。そういえば、夢の中の夕焼けも今日のような紅い色をしていた。

「三上さんも来るかもよ?」

「えっ」

 その名前を聞いて、驚きのあまり変な声が出る。考えていることを当てられ、まるで心を読まれた気分になった。

「維頼は正直者だなー」

「いや、違うって」

 何か勘違いされているようだから一応否定するが、これではまるで本当にそうであるかのようだ。

「連絡してみたらいいじゃん」

「紅羽さんに?」

「うん。SNSで連絡先、確か交換してたでしょ?」

 確かに彼女の連絡先は知っているのだが、高3になってから卒業後も、一度も連絡していないし、第一彼女がまだ俺を登録しているかも怪しい。送ったとしても返信が来ないかも知れない。

「でも、多分返信来ないよ。もう2年半くらいは連絡してない」

「今大学2年だからー……高3くらいから連絡取り合ってないの?なんで?」

「いや、特に送ることがなくて」

「何言ってんのもったいない!あんなにいい感じだったのに」

 どこがいい感じだったのだろうか。俺と紅羽さんはそんなんじゃないし、ただの友達同士だっただけだ。こいつは何か違う方向に誤解している。

「だから違うって何回も言ってるだろ。それをいうならお前だって好きな子に話しかけないのはもったいない」

「そ、それは別だよ!」

 ドギマギしている彼を見て、思わずフッと笑みが溢れた。
 気づけばいつも別れる交差点まで来ていた。本当に話しているとあっという間だ。

「じゃあ、俺はこっちだから。また会うのは来週の部活か?今度は傘忘れるなよ」

「はいはい。また来週!」

 俺たちは手を振り合って交差点で別れた。さあ、家に帰るか。俺は大学に入学してから、近くのワンルームで一人暮らしを始めた。一人暮らしは中々快適で気に入っている。料理なども覚えたし、家族のありがたみというのも一人暮らしを始めてから知ったものだ。
 家に着くと、俺はソファに腰掛け、SNSの連絡先を見る。人の名前を辿っていくと、先程話題に出た人物の名前が目に入った。

"三上紅羽"

 彼女の名前である。今さら連絡したら、どんな風に思われるだろうか。でも登録を消されているかもしれないし、そんな考え無駄なのだろうか。
 俺は思い切って彼女に連絡してみることにした。彼女のことを考えるとどうしてもあの不謹慎な夢を思い出してしまうが、今は思い出さないようにしよう。

"紅羽さん、元気?9月の初めに高校の同窓会があるんだって。よかったら紅羽さんも来ない?"

 俺は心のどこかで紅羽さんに会いたいのかもしれない。こんな文面を送ってしまうくらいなのだから。彼女は今、何をしているのだろう。俺は何も知らない、彼女のことを。
 メッセージを送っておきながら、返信が来ることはないだろうと変に開き直って立ち上がる。誘ったことに、自分で動揺しているのかもしれない。
 
 さあ、早く夕飯の準備をしよう。

 自分にそう言い聞かせると俺はキッチンの方へと向かった。
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