蛇のおよずれ

深山なずな

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エピローグ 優しい雨

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維頼side

 そうして俺たちは無事に現実世界へと戻ることができた。戻った後、俺はすぐに警察へと通報した。駆けつけた警察官は彼女の姿と怪我をした俺に驚いていたが、事情を説明するとすぐに保護してくれた。
 彼女の失踪には謎ばかりが残っており、不思議な事件として扱われた。周りでは神隠しや怪事件だと囁く声が数々沸き起こった。
 俺は傷の手当てをすると、後日すぐに事情聴取をされた。あの日あの場所へ行った理由や、彼女をどこで見つけたのか。もちろん、本当のことなど言えなかった。偶々訪れたあの山の神社で倒れている彼女を見つけたと説明した。肩の怪我も山で負ったことにしたが、特段怪しまれることはなかった。
 数日して、紅羽さんは無事目が覚めたようだが、この期間に、何があったのかは覚えていないらしい。あの日、夏祭りに向かったところまでの記憶しかないようだった。その後、俺が彼女を見つけたことが本人にも伝わったようで、一度直接会って話をした。

「維頼くん、私……何があったのかちゃんと覚えていないんだけど、助けてくれて本当にありがとう」

「ううん、紅羽さんが無事で良かったよ」

 彼女は、本当に何も覚えていないようだった。あの世界で起こったこと、その全ての記憶を失くしていた。でも、それが彼女にとって幸せなことなのだ。あの時、心を通わせたことを、彼女は覚えていなくとも……。

「ねえ、維頼くん」

「何?」

「私、何か忘れている気がするの。すごく大切なこと……維頼くんなら何か知ってるかなって思ったんだけど」

「……」

 その疑問には答えられなかった。全てを話せば、彼女を傷つけることになる。だから、俺は彼女を守るための嘘をついた。

「俺は本当に偶々あの場所にいただけだから、何も知らないんだ……ごめん」

「そっか……」

 彼女は納得していないようだったが、それ以上追及してくることはなかった。

***

 それから月日は流れ、俺は大学を卒業した。就職先も無事に決まり、変わらずこの町での生活を続けている。彼女とは3年前のあの日以来、一度も会ってはいない。
 今日はある場所へ向かう予定があった。あの出来事以来、毎年訪れている場所である。そこは卒業した高校の近くで、人は滅多に立ち寄らない、寂れた場所。

「……」

 今年も俺はここに来た。かつて"彼"が祀られていた小さな社に。

 彼は紅姫を、紅羽さんを苦しめた張本人だ。だから彼の境遇に同情したわけでも、哀れんだわけでもない。ただ、俺だけは知っているべき場所だと、そう思ったのだ。

「……雨」

 しばらく社の前に立っていると、いつの間にか雨が降り出した。今日の天気は晴れのはずだったから、一時的な通り雨だろうか。
 傘を持参していなかったため、そろそろ帰ろうと社に背を向けると、ふと、遠くから傘を差した人が歩いてくるのが見えた。その人はこの社へ一直線に向かってくる。この社の前で人に会ったことは一度もなかったから、珍しいことだ。
 社に背を向けて、一直線の道を歩き出す。俺とその人の距離はどんどん近くなっていく。顔はよく見えないが、服装からして女性のようだ。
 雨も降っていたことで、早足で歩みを進めていく。その女性とすれ違う間際だった。ふと、女性が俺の存在に気付いて顔を上げる。その顔は、俺のよく知る人物だった。

「……!」

 ……それは、彼女だった。紛れもなく、紅羽さんだった。彼女がここにいる。この場所にいる。それは偶然ではない。ということは、

 ここにいる彼女は……

「……おかえり、紅羽さん」

 俺がそう言葉をかけると、彼女は優しく微笑んでこう言った。

「ただいま、維頼くん」

 俺たち二人を包み込むように、優しい小雨が降り注いでいた。
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みんなの感想(1件)

魚口ホワホワ

読んでると独特の世界観に引き込まれて、とても、面白い作品だと思います。この先の更新楽しみです。

2021.01.06 深山なずな

ホワホワさん、感想ありがとうございます😊これからも見ていただけたら嬉しいです!

解除

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