はないちもんめ

高尾 閑

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1‐1:御浪荘

いち

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『かーって嬉しい花一匁』

『まけーて悔しい花一匁』

『あの子が欲しい』

『あの子じゃわからん』

『この子が欲しい』

『この子じゃわからん』

『相談しよお』

『そーしよお』

『きーまった!』

『──ちゃんが欲しい!』



 ガバッと勢いよく上半身を起こす。
 バクバクと暴れる心臓。ドクドクとすごい速さで脈打つ鼓動。頭の中を、警戒音が鳴り響く。
 無意識のうちに止めていたらしい息を吐き出して、羽奈はなはようやく夢だったのだと気づいた。
 ホッとひと安心するも恐怖は拭えず、吐き出した息が震える。

 だいじょうぶ。大丈夫。
 ぜんぶ夢だから。大丈夫。

 羽奈は体温をなくした震える手で、ぎゅっと胸元を握りしめた。



 あれからしばらく。
 ようやく恐怖が薄れ、体の震えが止まった羽奈は今、鏡の中の自分と向き合っている。

 いつもと同じ、人混みに紛れたら見つけ出すのが大変そうな、パッとしない顔。
 しかしありがたいことに、年頃の女の子の天敵であるニキビができたことは、一度もない。
 そんな平々凡々な己の顔をじっと見つめ。そっと息を吐いた。
 いつの間にか、眉間にシワが寄っている。

 どうしよう……。

 小さなテーブルの上には、基本的なメイク道具。
 化粧下地、ファンデーション、口紅、チーク、ビューラー、アイシャドウ、アイライナー、マスカラ、アイブロウ。
 つい昨日買ったばかりのそれは、店員さんに聞きながら、なんとか選んで買ったもの。ついでにメイクのやり方も教えてもらったのだが、一度では覚えられなかった。

「どうしよう……」

 今日から羽奈も社会人の仲間入りだ。
 いくら数日前まで高校生だったとはいえ、さすがに素っぴんで会社に行くのはまずいだろう。社会人として、メイクをするのはマナーだ。
 それに、なんの為に昨日、お財布と相談しながらメイク道具を手に入れたのだ。メイク道具は高いのだ。ムダにするわけにはいかない。
 しかし……。

「…………う~ん」

 鏡の前で小さく唸る。
 困った。メイクのやり方がわからない。
 いや、わからないわけではない。昨日実際にやってもらいながら、教えてもらったのだ。
 しかし、それを実際に自分ができるのか、というと……。

「できない、よね……」

 化粧下地とファンデーションまでなら、なんとかできると思う。
 しかしその先の、いうなれば色をつける作業に自信がない。
 羽奈の美術の成績は2だ。5段階評価の2。それも、先生のお情けで、1のところを2にしてもらっているという事実。
 そんな羽奈が自分でメイクをしたら、悲惨な顔になるのが目に見えている。

「……しょうがない」

 しばらく鏡とにらめっこをしていた羽奈は、再び息を吐くと、化粧下地を手に取った。

 今日はファンデーションまでにしておこう。
 初日からひどい顔で行くわけにはいかないもんね。

 休みの日はメイクの練習をしよう、と心に決めて、羽奈は慎重な手つきで化粧下地を頬に伸ばした。


 
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