ひきこもりでも恋をしたい

あき

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第40話 四歩の枠(ホームの端 v0.3)

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朝、付箋に太字で書く。
「ホームの端 四歩 v0.3」

下に小さく、増分。
「停車中のみ」。
「時計の角=一回だけ→すぐ戻す」。
「任意『どうぞ』×1」。
「撤退=成功」。

いろからメッセージ。

「いろ:おはようございます。
“ホームの端 四歩 v0.3.1”送ります」

箇条書きが落ちる。

「・時間:十四時二十五分(人流薄)
・位置:端の柱影→黄色い線“外側”で開始
・立ち方:線と平行/肩を斜め(通路確保)
・視線:線→柱の角→自分の手→靴の縫い目→(停車中に一度だけ)時計の“角”→即“線”
・足:一歩ずつ“短く吐く”×4→静止→半呼吸
・任意の言葉:背後の“ためらい”へ小声『どうぞ』×1(言えなければ首横)
・撤退条件:駅員の笛/強風(前髪が額に貼り付く)/密度↑/撮影
・撤退=成功
・分割許可:二歩+二歩
・ごほうび:レモンアイス or 麦茶
・条約案:第20条『四は枠、枠が心を守る』」

条約の新しい文が胸の中央で小さく灯る。
“枠”。
四本の辺で囲うと、中のものは落ちにくい。
心拍も、落ちにくい。

「くろ:承認。
ごほうびはレモンアイス」

「いろ:了解。
屋外は安全形、“さん”で行きます」

昼。
UIテストを三件。
「戻るスワイプの幅を全画面で統一」
「トースト影の濃度を1段薄く」
「警告赤のコントラストを規格値へ」
数字を揃えると、胸の速度も一段整う。

十四時二十分。
のど飴を一つ。
鏡の前で口の形だけ動かす。
「ど」「う」「ぞ」。
声は出さない。
形だけ。

黄色い付箋に「OK」。
ドアの下へ滑らせる。
丸い字で「OK」が返る。
約束の矢印。

明るい“ガチャ”。
非常灯の緑。
廊下→エレベーター。
鏡は“置かない”。
床→手→数字。
一階へ。

裏道。
前髪→袖→いろはさんの肩布。
三点の矢印が揃う。
肩の盾が、風と視線を切り分ける角度を作る。

ホーム。
停車中の列車が、低く息をしている。
端寄り、柱の影。
黄色い線。
時計の白い盤。
四角の世界に角が増えると、帰る家も増える。

「いろ:ここから。
“線→角→手→縫い目”。
停車中のみ“四歩”。
角は一回だけ見て戻す。
“どうぞ”は任意、分割は二+二。
笛で“×”です」

「くろ:了解」

線に平行に体を置く。
肩を斜め。
通路を確保。
“入らない”。
否定形は、境界の手すり。

一歩。
線→角→手→縫い目。
短く吐く。

二歩。
線→角→手→縫い目。
短く吐く。

三歩。
線→角→手→縫い目。
短く吐く。

四歩。
線→角→手→縫い目。
短く吐く。
止まる。
半呼吸。
吸って。
吐く。

音を三つ。
空調の吹き返しが一度。
遠いブレーキの風音が一度。
ローラーが床を這う音が一度。
三つ。

遠景を一度だけ。
時計の“角”。
白い矩形の端。
“見た→戻す”。
線へ。
手→縫い目。
戻せた。
胸の中央に薄い重石。
重石は、味方。

背の方で、ためらいの気配。
半歩の静止。
順番は崩さない。
線→角→手→縫い目。
喉を飴の硝子で撫でる。

「……どうぞ」

糸みたいに小さい音。
でも、切れない。
気配が流れに戻り、静かな会釈が落ちる。
受け取りは、頷き一拍。
短く、心で伸ばす。

前髪がふわりと上がる。
風。
額に貼り付く手前。
条件内。
続けられる。

そのとき、ホームの向こうで駅員の笛。
同時に、ショルダーの小さなレンズが斜め後ろを撫でる。
心拍が一段跳ねる。
蛇口は閉じたまま。
線→角→手→縫い目。
いろはさんの肩が半歩、レンズと直角を作る位置へずれる。
盾は、今日も仕事をする。

「いろ:密度が一段上がりました。
“二歩+二歩”に折り直して撤退でもOK」

柱影へ二歩戻し、呼吸を半拍だけ落とす。
密度の波が引く。
二歩をもう一度。
線→角→手→縫い目。
短く吐く×2。
止まる。
半呼吸。
角を見ずに終える。
“枠”の四辺は、もう描けた。

「くろ:四歩(2+2)、完了」

「いろ:大成功。
“枠の描き直し”が上手でした」

そこで、列の端で手を振る子ども。
目は大きい。
けれど、顔には置かない。
線→角→手→縫い目。
置き場を回す。
母親が小さく会釈。
受け取りは、頷き一拍。
点がひとつ、胸の中で灯る。

「いろ:ここで“勝ち逃げ”にしましょう」

「くろ:了解」

線から角へ寄り、柱影へ。
裏道へ抜ける。
風が背中を押す。
押されるのは、嫌ではない。

広場を離れ、エントランス。
鏡は“置かない”。
床→手→数字。
エレベーター。
背を壁へ。
数字が上がり、心拍は下がる。

自分のフロア。
明るい“ガチャ”。
入る。
閉める。
扉に背中を置く。

スマホ。

「くろ:今日の一歩“ホームの端 四歩 v0.3(停車中/角→戻す/任意どうぞ×1/二+二分割/退避)”成功」

すぐ、飴と絆創膏と花。
花の横に、小さな四角のスタンプ。
“枠”。
今日の匂いの記録。

「いろ:ごほうび、レモンアイスをドア下に」

紙がするり。
酸の香りが、喉の壁を明るく洗う。
洗われた壁に、細い声の道が一本伸びる。

共同チェックリストに入力。
右端の星がまた一つ灯る。
星は線になり、線は道になる。
道の途中に、四角い“枠”が一つ残る。

少し間を置いて、いろから。

「いろ:時系列の波紋、穏やか。
“ありがとう”のDMが二通」

「くろ:『ありがとうございます』で受け取って終えた」

「いろ:完璧。
第20条、採択します――『四は枠、枠が心を守る』」

麦茶ではなく、レモンの後味をゆっくり送る。
酸の細い線が、今日の四辺をなぞる。
なぞると、内側が静かになる。

「いろ:次の案です。
A.“売店の前 15秒 v0.2(表紙色替わり“戻す”×2)”
B.“改札の外側 25秒 v0.4(角一回/分割OK/密度↑で撤退)”
C.“ベンチ 75秒 v0.4(音×3×6+数字1/分割可)”
無理なら、今日の四歩を反復」

二十五秒。
七十五秒。
数字は長い。
でも、長さは折れる。
枠があれば、折り目も見つかる。

「くろ:Bを候補。
混雑していたらAへ」

「いろ:了解。
屋外は“さん”、屋内は“呼び捨て”。
切り替え、継続です」

そこで、短いDM。
アイコンは四角い付箋。

「“四は枠”の言葉、会議で使いました。
論点が散らからず、助かりました。ありがとう」

石ではない。
砂でもない。
静かな水。
胸の底の石の角が、また一つ丸くなる。

「いろ:……屋内で“名前の練習”、一回だけ」

喉の奥に、レモンの冷たさ。
滑りやすい。

「……いろは」

糸みたいに細い声。
でも、切れない。

「透」

呼び捨ての余白が、部屋の空気を丸くする。
丸くなった場所に、四角い枠が静かに沈む。
枠があれば、内側は守られる。
守られた内側で、声は小さく伸びる。

机の端に付箋。
「ホームの端 四歩 v0.3――完了」
飴と絆創膏と花の横に、小さな四角を描く。
右上の角だけ濃く塗る。
“戻る角”。

夜。
短い訓練を一戦だけ。
角の手前で、いろが打つ。

「いろ:肩」

現実と同じ。
置き場が整えば、敵は薄い。
北面センサー。
赤い線。
切って、繋ぐ。
“回して、止めて、戻す”。

終盤、狭い通路の防衛。
二歩→二歩の“分割前進”。
ピンで小さな四角を描く。
味方がその枠に収まり、反撃の角度が整う。
“四は枠、枠が心を守る”。
ゲームでも効く。

クリア。
《シェルター延命:96時間》
花火スタンプ。
整備王。
ダサい。
でも、少し誇らしい。

ログアウトの前、彼女が小さく噛んで、整える。

「いろ:……おやすみ、透」

「おやすみ、いろは」

扉の木目が、背中で小さく頷く。
木は冷たいのに、頷ける。
人も、似ている。

目を閉じる。
線→角→手→縫い目。
一歩、二歩、三歩、四歩。
半呼吸。
時計の角を一度だけ。
“見た→戻す”。
四辺で囲った静けさを、まぶたの裏に置いて眠る。
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