簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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フィスカルボの諍乱

決闘 1

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 イェルケル・オットソンが指定した決闘の期日まで、三日間の猶予ゆうよがあった。そのあいだ、もっとも忙しく活動していたのは、おそらくステファン・ラーゲルフェルトだったろう。ベアトリス・ローセンダールを決闘などというおろかな行いに巻き込んだのは、自分の落ち度である――という自責の念からか、彼はできる限りの手を尽くすべく走りまわった。
 オットソンがスヴァルトラスト・ヴァードシュースの酒場に決闘状を置いていった日の翌朝は、前夜からの風雨がまだおさまらない荒れ模様が続いていた。ラーゲルフェルトは寝癖の残る頭もそのままに街へ出ると、ほどなくしてベアトリスたちの前に、ひとりの町娘を連れて戻ってきた。そして娘の背格好がベアトリスとほとんど同じであることを確認すると、またすぐに酒場を出て行った。三日のあいだ、娘を連れて鍛冶かじ屋と仕立て屋を何度も往復する姿を、町人にたびたび目撃されている。
 その成果はベアトリスのもとに、決闘の前夜に届けられることになる。薄い金属板に布地を貼り付けて仕立てた、見た目もきらびやかな青い戦闘用のドレスだ。
「これで急所は守れます。勢いの弱い短銃の弾なら、死ぬことはないでしょう」
 貼り合わされた金属板は胴体をおおい、身をよじったり腕を上げたりもできるように隙間も開けられている。
 またラーゲルフェルトは、娘を採寸のために仕立屋へ預けているあいだ、別の用事もこなしていた。
 オットソンの決闘状には、双方ひとりずつ立会人を用意すべし、と書かれている。これは決闘の作法としては伝統的、正統的なもので、その人選があまり身内びいきだったりすると後世の笑いものになる、決闘者の度量が試される要素だった。ほかに補佐役をひとりずつつけることになっているが、オットソンにはエクレフが、ベアトリス側はオラシオ・アルバレスが務めることになるだろう。
 立会人について、オットソンはフィスカルボでもっとも高名な弁護士を選んでいる。土地に明るくないベアトリスは、人選をラーゲルフェルトに一任していた。

 ラーゲルフェルトが下準備に走り回っているあいだ、ベアトリスはフォルサンド邸に移動し、できる限り射撃の訓練に時間をいた。ベアトリスとオットソンの使う短銃は、銃身の長いマスケット銃と比べて精度に劣る。それでも弾道の癖を知っているのとそうでないのとでは、命中率には有意な差がでる。その差はすなわち勝利への距離だ。ベアトリスはアルバレスたちに雑事のすべてを任せ、馬屋に立て掛けた一枚板を撃ち続けた。白い指が火薬ですす色に汚れるごとに、弾痕は着実に中心へと近づいていった。

 オットソンがベアトリスに突きつけた決闘という手段は、時代錯誤さくごであるばかりか、ノルドグレーンにおける法的根拠もない。その勝敗にどのような意味を持たせるかは、当事者間の紳士協定によって決定される。だがオットソンの決闘状には、勝利の報酬ほうしゅうについてなにも記載されていなかった。
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