簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノア王の心裏

権力の障囲 6

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「駐留部隊はどうしました?」
「全員撤退し、グラディスの守備隊と合流ののち警戒態勢を強化、監視を続けている、とのことです。犠牲者はありません」
「上々ね。そのままの態勢でいるように伝えて」
「いいんですか? 予測はされていたんでしょうけど、こんなのどう見てもヴァルデマルの実力行使……」
 アリサが口にした名を聞いて、その場の全員がゆっくりうなずいた。
 そもそも、豊富な鉱物資源を前にしてベアトリスが手をこまねいているしかなかった理由も、ヴァルデマルの妨害がその主因である。
 ノルドグレーンのさまざまな技術者は、一人の親方を頂点とした徒弟とてい制の関係をもち、ある程度以上の人数が揃わなければ集団として機能しえない。成員のうち幾人かがヴァルデマルに買収・脅迫などされていれば、ベアトリスからの仕事を受けたくとも受けられないのだ。
「いいのよ。不愉快ではあるけど、ヴァルデマルもこれ以上、大それたことはできないはずよ」
「敵が五十人くらいなら、ミットファレットの駐留部隊でも呼び寄せて、奪還するのだって無理じゃなさそうですけど……」
「むきになってことを荒立てる必要はないわ。スヴェドボリ法によって、スタインフィエレット鉱山が私の所有であることは認められているのだから。行動を起こすとすれば……そうね、『正体不明の武装集団』がヴァルデマルの手の者であることが確定したり、採掘を始めたりしたあとね」
「なるほど、そうなれば議会で堂々と、ヴァルデマルの不法行為を糾弾きゅうだんできますね」
「ヴァルデマルがなにを思って大がかりな行動に出たのかは知らないけれど……今のところ、大がかりな嫌がらせ以上のものではないわ」
「そうか。仮に採掘してたとしても、それは主公様のものですもんね」
「そういうことです」
 法の支配は、力ある者の横暴を抑制する。ベアトリスは、こうなることを見越して数々の資産をノルドグレーン法務省に登記したわけではないが、今回は真誠しんせいが正しくむくわれた形となった。他方、多大な費用をかけて鉱山を奪ったヴァルデマルには、出費の割に得るものはなさそうだ。
「とりあえず今は、ノルデンフェルト侯爵家への訪問を優先するわ」
「了解しました。他になにか、ランバンデッドへの伝令はございますか?」
「事業は予定通りよ。労働者の受け入れに問題が出ないよう、宿舎の建設を優先させなさい。あわせて、食料と石炭の備蓄も増やしておくように」
「……遺漏いろうなく、都市管理委員に伝えます」
 そう言うとスヴェードルンドはすみやかに立ち上がり、あわただしく帰途きとにつこうとする。その背中をベアトリスが呼び止めた。
「一晩くらい休んでいったらどう? 急ぐ話はないわ」
 自らは休みなく移動を続けているベアトリスが、部下に休息を勧めた。
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