簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノア王の心裏

王の旧友、王の過去 1

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 ヘルストランド城での会議を終えた翌日、ベアトリス・ローセンダールはもう別の土地へと移動していた。王都ヘルストランドから南、ストラ大いなるヴァットネットと呼ばれる一帯には、その名のとおり、ガムラスタン湖をはじめとした大小さまざまな湖が点在する。
 ストラ・ヴァットネット地域に広大な荘園を構えるノルデンフェルト侯爵家が、ベアトリスの次なる訪問先だ。
 ノルデンフェルト家はリードホルムでも屈指の大貴族であり、前王ヴィルヘルムの外戚がいせき、ノア王からは五つほど世数せすうの離れた親戚に当たる。
 四年前――前王ヴィルヘルムの時代、ノルデンフェルト侯爵家は国王の外戚という地位にありながら、国王派の一党とは距離を置いた存在だった。かといって、はっきり敵対していたというわけでもない。国王派の中心人物であるアッペルトフト公爵や、その対抗勢力であるアウグスティン第一王子派のあいだで、態度を決めかねていたに過ぎないのだ。だが、波に揺られる木片のようにリードホルムの政治世界を漂っているうちに王は代替わりし、アッペルトフトなどと命運を共にすることもなく、家名をたもったまま現在に至っている。
 ヴィルヘルムの治世下では、人の良さから損な役回りを引き受けることも多かったというノルデンフェルト侯爵――その態度を懦弱だじゃく、優柔不断と嘲笑ちょうしょうする者もいる。だがストラ・ヴァットネットの領民にしてみれば、往々おうおうにして血を見ずには済まない権力の移行期を平穏にやり過ごせたのだから、非難すべき理由はない。
 三年前、それまで最大勢力だったアッペルトフト公爵家が敗滅はいめつしたあと、その権勢を引き継ぐ次席の有力者、とノルデンフェルト侯爵を見なす者もいた。そうした要望に対し、ノルデンフェルト侯爵はげんを左右にしてはぐらかし続けた。その結果、リードホルムに存在するすべての権力と、平等につすこしずつ仲が悪い、という地位を築き上げていた。
 さらには隣国カッセルの名門エーベルゴード家と婚姻こんいんを結び、ジュニエスの戦いに参加しなかったことによって、今回ノルドグレーンの新鋭であるベアトリスとも良好な関係を築こうとしている。この巧みな采配が深慮遠謀しんりょえんぼうによるものか、それともまったくの偶然かは、侯爵本人にさえ定かではない。

主公しゅこう様、まもなくですよ」
 アリサに何度か肩を揺すられ、ベアトリスはようやく目を覚ました。
 硬く揺れる馬車の中で、ベアトリスは道中しきりに眠気にとらわれていた。彼女たちの乗る馬車は、ノア王から貸し与えられたリードホルム王家専用の馬車だ。その威容いようが街なかで民衆を驚かせて沸きあがったどよめきなども、ベアトリスは覚えていなかった。
 ノルデンフェルト侯爵家の大邸宅はもう間近にせまり、門の前には迎えの者の姿も確認できる。
「大丈夫ですか? 顔色悪いですよ」
「ええ……ちょっと、疲れているだけ」
 アリサが言うほど血色けっしょくが悪いわけではないのだが、目の下のがやつれた印象を与える。ノア王のスパイスティーには、疲れを取る効果はなかったらしい。
「ランバンデッドに戻ったら、すこしまとまった休みを取りましょう」
「そうね……そうするわ」
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