簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノルドグレーン分断

心の枷 14

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 リースベットも、目の前にいるふたりよりもリースベットと懇意こんいだったかもしれない人物もまた、ここにはいない。
――私たちは誰かを望んだときほど、世のままならなさに突き当たる。どれほど富や権力を得ても本質的にそこは変わらず、富や権力で片付けようとすると歪みを生むのだ。
「最後にもうひとつ質問させて。知らなければ、答えたくなければそれでいいわ。……リースベットさんがアウグスティンを暗殺したのは、ノア様への恩に報いるためだったのかしら」
「そいつは違う。たんなる事故だ」
「恩返しじゃないけど、リースベットの意思よ」
 アウロラとバックマンは、少し驚いたように顔を見合わせた。ここへきてふたりの意見が対立している。
「アウグスティンは、昔のリースベットをかなりひどい目に遭わせてたって。ノア様から聞いてたでしょ」
「それでも殺すってのは筋が違うだろ。リースベットはどんな状況だって、そのへんの分別はついてる人間だった」
「だって本人が言ってたのよ。殺す気がなければ見逃すこともできたって」
「そう言うしかねえだろ、あいつの性格なら」
「そんな感じじゃなかったけどなあ……」
 理屈の上では、バックマンの話のほうが筋は通っている――ベアトリスにはそう感じられた。だがアウロラの肌感覚には、納得しきれないわだかまりが残っているようだ。
「……わかりました。そこに関しては、あなたたちでさえ見解は割れているのね」
「うーん、そうみたいね」
「偉そうに語ってた割には、俺たちもリースベットのことを大して理解できてなかったのかもな」
「そうかしら……それはリースベットという人の内面の多彩さ、個人の複雑さであって、あなたたちの理解が間違っている、ということではないと思うわ」
 バックマンはお手上げだとでも言いたげに、両手を頭の後ろで組み合わせた。
「なるほど、かも知れねえ。……俺なんかは組織運営のための当為とうい論でばっかり、リースベットと話してたからな。それを意識してか知らずか、あいつも俺と同じ価値観での返答が多くなってただろう。アウロラとはまた違った言葉で話してたとしても、不思議はねえよ」
 アウロラは目をつぶってうつむいている。その目頭がかすかに震えているように見えた。
「……とにかくノア様は、リースベットにずっと、贖罪しょくざいみたいな思いを持っていたようだったわ。あたしたちだってもしかしたら、その思いの中で生かされているのかもしれないわね」
「贖罪……それほどの負い目が……?」
 ベアトリスがふたりの話を聞いている限りでは、リースベットがノアに負うところのほうが多いように思えた。それでもなおノアがリースベットに負い目を感じているのだとしたら、やはりアウグスティンの暗殺はノアが秘密裏ひみつりに申し入れた――あるいは、リースベットがノアの心中をしはかって独自に決行した――「仕事」だったのだろうか?
「今あんたが気になってることを当ててやろうか」
 考えを巡らすベアトリスを指さして、バックマンが得意げに言う。
「アウグスティンの暗殺はノアの指示じゃねえ。そこは俺がうよ」
「……たしかに察しがいいようね」
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