簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノルドグレーン分断

心の枷 15

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「アウグスティンの暗殺はノアの指示じゃねえ。そこは俺がうよ」
「……たしかに察しがいいようね」
「だろ。若い頃は、人の顔色ばっかりうかがって生きてきたからな。……まあ、その当時の俺たちには、表でリードホルムから略奪しながら裏で繋がる、なんて真似はできねえよ。心の底からリードホルム王家を憎んでた仲間も少なくなかったからな。王が代替わりして、やっと少しは毒気どっけが抜けたぐらいだ」
「そこはあたしも同意しとく。ふたりはお互いを思ってたからこそ、関わり合うことは避けてたと思う」
「……あなたたちがそう言ってくれれば、私も安心できるわ」
 ベアトリスは表情をゆるめ、椅子に腰を下ろした。その変化は、この暗然あんぜんとした会談の終わりをほのめかしていた。
「仕事ならもっと上手くやるからな、俺たちは。俺が事故だって言うのはそういう考えからだ」
「うちには弓の名手も二人いるからね。誰かを暗殺するなら、それがいちばん簡単なのよ。そうしなかったところに、リースベットの胸の内があらわれてると思わない?」
 リースベットの真意についてはアウロラもバックマンも意見を譲らず、ベアトリスを巻き込もうとしてくる。ベアトリスは話をそらした。
「……なるほど。ではいずれ、そうした裏の仕事も頼もうかしら」
「へえ! 俺たちはヴァルデマル・ローセンダールあたりを暗殺して、今度はノルドグレーンにも居られなくなるのか? 最悪それでも構わねえが、それに見合った新居は用意してくれよ?」
「考えておくわ。その時が来るならね」
「来ないことを祈るわ」
 そう言ったアウロラの背中には、武器ではなく楽器が背負われている。いまの彼女が暴力の行使を望んでいないのは本意だろう。たとえそれが、エル・シールケルの総意ではないにせよ――。

 アウロラとバックマンが帰ったあと、ベアトリスはすぐには寝付けずにいた。物思いぐさは尽きない。ノアとリースベットのあいだには少し近づけたが、核心だけが謎のままなのだ。寝返りをうったベアトリスは、ふと、みだりがわしい想像に囚われた。
――もしも、ノア様のリースベットさんに対する思い入れが、罪による負い目とは別種の感情だったとしたら?
 想像の呼び水となったのは、ランバンデッドでノアとともに読んだ神話集だ。あの古い書物に描かれていた神々のうち、主神セーフスとその妻にして姉でもあるヒエラ、カウノスとビーヴリスの兄妹など、愛し合っていたきょうだいは意外なほど多い。
 ノアとリースベットは、多感な時期のほとんどを離ればなれで暮らしていた。血縁者とはいえ、心理的距離はほとんど他人と言っていいだろう。
 ノア様とリースベットさんの関係が、古の神々さながらの恋慕れんぼの情だったとしたら――? ベアトリスはいちど上体を起こして勢いよく枕に倒れ込み、妄想を振り払った。
――原因がなんであるにせよ、ノア様は妹に対する深い負い目を背負って、墓守はかもりのような精神性で残りの人生を過ごそうとしているのだろうか? リードホルム国民や臣下の者たちにしてみれば、王としての責務を果たしてくれるのなら、それでもいいのかも知れない。けれど、彼をひとりの人として見たとき、そんな無情に囲まれた精神は、一体どれくらい健全さを保っていられるというのだろう。
 ささやかなもので構わない。救済が必要なのでは?
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