156 / 281
ノルドグレーン分断
心の枷 13
しおりを挟む
エル・シールケルのふたりはようやく、ベアトリスの要望に応える気になったようだ。
「さあアウロラ、頼むぜ」
「は!?」
「いや、どう考えても、お前のほうがリースベットとはよく話してただろ」
「どう考えても、あんたのほうがリースベットとの付き合い長かったじゃない」
「……」
「付き合い長いったってなあ……あいつとはあんまり深い話はしてねえんだよ。俺の察しの良さが災いしちまってな」
「はあ……」
他人の私的領域について無責任に話すことに抵抗があるのか、リースベットに口止めでもされていたのか、ふたりは自分が話すものだとは思っていなかったようだ。だがその無責任な押し付け合いは、ややバックマンに分があった。
「わかった。あたしが話すわよ」
「お願い」
「どう話したものかしら……」
「俺たちの知ってる、リースベットの側から見たノアの話でいいんじゃねえか? ノア王の心情はそっから想像してくれや」
「かまわないわ。どんなことでも」
「そうね……リースベットは王家の血筋にも、王女の地位にも未練はなかったと思う。けれど、ノア様との繋がりだけは、心のなかでずっと捨てていなかった。ヘルストランド城で一緒に過ごした時間は短かったけど、他の兄姉より共感は深かったみたいね。あのふたりは、お互いに対して引け目を感じてた……そうも言ってたかな」
「引け目……酬いねばならない、とノア様は言っていたわね」
「もともとは……ノルドグレーンに人質として送られるのはリースベットだったけど、それをノア様が代わりに引き受けたのが始まりなんだって。……で、ノア様がいなくなってから事あるごとに、アウグスティンやその取り巻き連中はリースベットに辛く当たっていたらしいわ。人質から戻ったノア様が二人の間に立って、それもある程度は落ち着いたみたい」
「ほらな。人質の話なんざ、俺はまったく知らねえ」
「知らないことを誇らないでよ」
「十数年前の、あの人質の話が……」
ノルドグレーン人であるベアトリスの中には、この話をただ傍観者として聞き流してもいいものか、という戸惑いが生まれていた。
ノアとリースベットがいま離ればなれになっている根本の原因は、リードホルム王家の子女を政治利用していたノルドグレーンにあったのだ。ベアトリス個人の責めに帰するものではないが、では全くの他人事だという態度を取ったとして、ノアはこころよく容認するだろうか。
「他にもいろいろあったみたいだけど……具体的なことはあまり知らない。あたしたちみんな、昔話なんて嫌いだったから」
「……わかったわ。ありがとう」
「話の出処はエステルか?」
「そうよ。リースベット、エステルさんとはけっこう話してたみたい」
「……その方は?」
「料理人よ。今はヘルストランドで働いてる」
「そんな人もいるのね……」
リースベットも、目の前にいるふたりよりもリースベットと懇意だったかもしれない人物もまた、ここにはいない。
――私たちは誰かを望んだときほど、世のままならなさに突き当たる。どれほど富や権力を得ても本質的にそこは変わらず、富や権力で片付けようとすると歪みを生むのだ。
「さあアウロラ、頼むぜ」
「は!?」
「いや、どう考えても、お前のほうがリースベットとはよく話してただろ」
「どう考えても、あんたのほうがリースベットとの付き合い長かったじゃない」
「……」
「付き合い長いったってなあ……あいつとはあんまり深い話はしてねえんだよ。俺の察しの良さが災いしちまってな」
「はあ……」
他人の私的領域について無責任に話すことに抵抗があるのか、リースベットに口止めでもされていたのか、ふたりは自分が話すものだとは思っていなかったようだ。だがその無責任な押し付け合いは、ややバックマンに分があった。
「わかった。あたしが話すわよ」
「お願い」
「どう話したものかしら……」
「俺たちの知ってる、リースベットの側から見たノアの話でいいんじゃねえか? ノア王の心情はそっから想像してくれや」
「かまわないわ。どんなことでも」
「そうね……リースベットは王家の血筋にも、王女の地位にも未練はなかったと思う。けれど、ノア様との繋がりだけは、心のなかでずっと捨てていなかった。ヘルストランド城で一緒に過ごした時間は短かったけど、他の兄姉より共感は深かったみたいね。あのふたりは、お互いに対して引け目を感じてた……そうも言ってたかな」
「引け目……酬いねばならない、とノア様は言っていたわね」
「もともとは……ノルドグレーンに人質として送られるのはリースベットだったけど、それをノア様が代わりに引き受けたのが始まりなんだって。……で、ノア様がいなくなってから事あるごとに、アウグスティンやその取り巻き連中はリースベットに辛く当たっていたらしいわ。人質から戻ったノア様が二人の間に立って、それもある程度は落ち着いたみたい」
「ほらな。人質の話なんざ、俺はまったく知らねえ」
「知らないことを誇らないでよ」
「十数年前の、あの人質の話が……」
ノルドグレーン人であるベアトリスの中には、この話をただ傍観者として聞き流してもいいものか、という戸惑いが生まれていた。
ノアとリースベットがいま離ればなれになっている根本の原因は、リードホルム王家の子女を政治利用していたノルドグレーンにあったのだ。ベアトリス個人の責めに帰するものではないが、では全くの他人事だという態度を取ったとして、ノアはこころよく容認するだろうか。
「他にもいろいろあったみたいだけど……具体的なことはあまり知らない。あたしたちみんな、昔話なんて嫌いだったから」
「……わかったわ。ありがとう」
「話の出処はエステルか?」
「そうよ。リースベット、エステルさんとはけっこう話してたみたい」
「……その方は?」
「料理人よ。今はヘルストランドで働いてる」
「そんな人もいるのね……」
リースベットも、目の前にいるふたりよりもリースベットと懇意だったかもしれない人物もまた、ここにはいない。
――私たちは誰かを望んだときほど、世のままならなさに突き当たる。どれほど富や権力を得ても本質的にそこは変わらず、富や権力で片付けようとすると歪みを生むのだ。
0
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる