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簒奪女王
後宮の使者 2
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「私はこれから会議だけれど……ラーシュ、あなたは?」
ベアトリスがそう訊くと、晴れやかだったラーシュの顔がたちまち曇る。
「私は……内務省へ外出許可を取りにゆくところです」
「外出許可?」
「はい。われら後宮の者たちが外出する際、王はかならず護衛をつけてくれるのですよ……無論その実は、われらの行動を逐一監視しているのですがね!」
ベアトリスはここでようやく、なぜノアが後宮勢力を時の黎明館に住まわせているのか、その意図が理解できた。
時の黎明館はヘルストランド城の最奥部に建つ、リードホルム随一の贅を尽くした建築である。ノアの前代までは、“リードホルム王宮”とは時の黎明館の代名詞だったのだ。
かつては王だけが住むことを許されたその邸宅に後宮勢力を住まわせ、ノア自身は館を守るようにそびえる外郭の城に住む――一見するとこの構図は、ノアが後宮勢力を尊重し配慮した結果のように見える。だがその内実はまったく逆で、危険因子である後宮勢力の囲い込みなのだ。館は城の最奥部にあるがゆえに監視がしやすく、また外部との連絡が不便なため、後宮勢力と旧国王派などの連携も防ぐことができる。
ノアの父、前王ヴィルヘルムは、歴史家の視点からは暗君と評されることは疑いない人物である。だがその享楽的な施政と、禁欲とは程遠い人物像に比して、築かれた後宮の規模はずいぶんささやかなものだった。それでもなお後宮勢力は、権力基盤を固めつつあるノアといえども無視できない財力や血縁関係を持つ。時の黎明館に閉じ込めておけば、それを活用する機会も奪うことができるのだ。
「ベアトリス様も、くれぐれもお気をつけください。あの王はすました顔で非道なことをしてくる、裏表のある男です」
ラーシュは風格ある所作のあいさつと、対照的な言葉を残して立ち去った。
「なんでしょうね、あの子……」
「主公様に好意的ではあるのでしょうが……なにか不穏なものを感じました。警戒すべき相手かと存じます」
「ノア様の悪口言うのも失礼だと思う」
「そうね……ただ不遇な子ではあるわ。今日の言葉は大目に見ましょう」
「はい」
前王の血族に連なり、かつての大貴族を父に持つラーシュにしてみれば、外出ひとつとってもノアの裁可が必要ないまの境遇は、屈辱というほかないだろう。彼から見ればノアは暴君なのだ。他方のノアはラーシュについて、その人格に興味を持っていない、という点で無関心だった。ただし血筋の上では、次代の王として政敵から担ぎ上げられる可能性を秘めた人物である。だからこそ後宮に閉じ込め管理下に置いているのだ。
曇り空が続くノーラント半島の冬にしてはめずらしく青空が広がり、日差しの暖かみに誰もが表情を緩める――そんなある日、リードホルム王宮を騒然とさせる事件が起こった。
ベアトリスがそう訊くと、晴れやかだったラーシュの顔がたちまち曇る。
「私は……内務省へ外出許可を取りにゆくところです」
「外出許可?」
「はい。われら後宮の者たちが外出する際、王はかならず護衛をつけてくれるのですよ……無論その実は、われらの行動を逐一監視しているのですがね!」
ベアトリスはここでようやく、なぜノアが後宮勢力を時の黎明館に住まわせているのか、その意図が理解できた。
時の黎明館はヘルストランド城の最奥部に建つ、リードホルム随一の贅を尽くした建築である。ノアの前代までは、“リードホルム王宮”とは時の黎明館の代名詞だったのだ。
かつては王だけが住むことを許されたその邸宅に後宮勢力を住まわせ、ノア自身は館を守るようにそびえる外郭の城に住む――一見するとこの構図は、ノアが後宮勢力を尊重し配慮した結果のように見える。だがその内実はまったく逆で、危険因子である後宮勢力の囲い込みなのだ。館は城の最奥部にあるがゆえに監視がしやすく、また外部との連絡が不便なため、後宮勢力と旧国王派などの連携も防ぐことができる。
ノアの父、前王ヴィルヘルムは、歴史家の視点からは暗君と評されることは疑いない人物である。だがその享楽的な施政と、禁欲とは程遠い人物像に比して、築かれた後宮の規模はずいぶんささやかなものだった。それでもなお後宮勢力は、権力基盤を固めつつあるノアといえども無視できない財力や血縁関係を持つ。時の黎明館に閉じ込めておけば、それを活用する機会も奪うことができるのだ。
「ベアトリス様も、くれぐれもお気をつけください。あの王はすました顔で非道なことをしてくる、裏表のある男です」
ラーシュは風格ある所作のあいさつと、対照的な言葉を残して立ち去った。
「なんでしょうね、あの子……」
「主公様に好意的ではあるのでしょうが……なにか不穏なものを感じました。警戒すべき相手かと存じます」
「ノア様の悪口言うのも失礼だと思う」
「そうね……ただ不遇な子ではあるわ。今日の言葉は大目に見ましょう」
「はい」
前王の血族に連なり、かつての大貴族を父に持つラーシュにしてみれば、外出ひとつとってもノアの裁可が必要ないまの境遇は、屈辱というほかないだろう。彼から見ればノアは暴君なのだ。他方のノアはラーシュについて、その人格に興味を持っていない、という点で無関心だった。ただし血筋の上では、次代の王として政敵から担ぎ上げられる可能性を秘めた人物である。だからこそ後宮に閉じ込め管理下に置いているのだ。
曇り空が続くノーラント半島の冬にしてはめずらしく青空が広がり、日差しの暖かみに誰もが表情を緩める――そんなある日、リードホルム王宮を騒然とさせる事件が起こった。
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