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簒奪女王
王城の炎 1
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リードホルムでは、長く薄暗い冬が明けると「春宵の火祭り」が開催される。多くの国民は、寒さに耐える季節が終わったことを祝うものと考えているが、死者と生者が交わる民間信仰の儀式という側面もある春祭りだ。
だが、春のおとないにはまだ二か月後ほども間がある。祭りを主催する典礼省やファンナ教の関係者、それに乗じて酒や食べ物を売りたい商人などを除いて、春祭りのことを考えている気の早い国民はいない。
だが今年は、その例に当てはまらない少数の例外が存在した。国王ノアと側近のトマス・ブリクストだ。今年の春宵の火祭りでは、前年末に降って湧いた王の成婚を祝して、国王ノアと王妃ベアトリスの姿を国民に公開する祝賀行列が計画されていた。これを前にして、安穏としてはいられないのだ。
リードホルム国王と春宵の火祭りという組み合わせには、拭い去れない不穏な記憶がつきまとっている。三年前の祝賀行列で、飾り馬車に乗って行幸していたノアの父ヴィルヘルム王が暗殺されているのだ。そのため、二年前の春宵の火祭りは喪に服するという理由で中止となり、昨年は王家があまり関与しない小規模な春祭りとして開催された。
だが今年は、王が成婚してから最初の春宵の火祭りである。国民からの人気という要素はノアの王座を支える力の一つであり、それをもり立てるためにも開催しないわけにはいかない。
王の姿を国民に見せることが目的の祝賀行列は、通常の王の外出とは大きく様相が異なる。巨大な飾り馬車に乗ってヘルストランド城下の目抜き通りをゆっくりと通過し、町外れにあるファンナ教の神殿が終着点となっている。
観衆から王の姿が見えるように設計された飾り馬車はさながら移動する舞台のようで、視界をさえぎる衝立がなく、つまり弓矢や銃で狙い放題だ。もしも王の暗殺を目論んでいる者がいるとしたら、この祝賀行列はまたとない好機となる。事実ヴィルヘルム王はそのように命を落としているのだ。
無論ノアにもブリクストにもその轍を踏む気はない。だからこそブリクストは、二ヶ月も前から祝賀行列の警備計画策定に力を注いでいたのだ。祝賀行列の時間は飾り馬車の道すじにある建物をすべて立入禁止にし、暗殺者の入り込む機会をことごとく潰す。また飾り馬車には舞台装飾のように豪華な鎧で飾り立てた護衛兵が同席し、いざとなれば彼らがノアやベアトリスの盾になる――ブリクストが立案し、みずから関係各省や城下に店を構える国民のもとに足を運んでまで交渉を重ねた警備計画は、どうやら抜かりないもののようだった。
だが、彼が春宵の火祭りにかかりきりになったことで、王城の警備体制にはわずかな手抜かりが生じていた。これは、すでに構築された体制が万全だったがゆえに、それに対する信任から生じた油断だったのだろう。
そんな間隙の中で、事件は起こった。
その夜はリードホルムの冬にしては妙に暖かく、星も月も厚い雲に隠れた暗い空からは、いつしかみぞれ混じりの雪が降りはじめていた。灰色の古城ヘルストランド城は深い宵闇に包まれ、点在する篝火や廊下の燭台の明かりが届かない場所は完全な暗黒となっている。
そんな中、二人一組で夜間の警備に当たっていた衛兵が、暗闇にうごめく人影を見かけた。
「……そこ、誰かいるのか?」
衛兵は松明をかざして呼びかけるが、人影は応えず暗闇に消えていった。
だが、春のおとないにはまだ二か月後ほども間がある。祭りを主催する典礼省やファンナ教の関係者、それに乗じて酒や食べ物を売りたい商人などを除いて、春祭りのことを考えている気の早い国民はいない。
だが今年は、その例に当てはまらない少数の例外が存在した。国王ノアと側近のトマス・ブリクストだ。今年の春宵の火祭りでは、前年末に降って湧いた王の成婚を祝して、国王ノアと王妃ベアトリスの姿を国民に公開する祝賀行列が計画されていた。これを前にして、安穏としてはいられないのだ。
リードホルム国王と春宵の火祭りという組み合わせには、拭い去れない不穏な記憶がつきまとっている。三年前の祝賀行列で、飾り馬車に乗って行幸していたノアの父ヴィルヘルム王が暗殺されているのだ。そのため、二年前の春宵の火祭りは喪に服するという理由で中止となり、昨年は王家があまり関与しない小規模な春祭りとして開催された。
だが今年は、王が成婚してから最初の春宵の火祭りである。国民からの人気という要素はノアの王座を支える力の一つであり、それをもり立てるためにも開催しないわけにはいかない。
王の姿を国民に見せることが目的の祝賀行列は、通常の王の外出とは大きく様相が異なる。巨大な飾り馬車に乗ってヘルストランド城下の目抜き通りをゆっくりと通過し、町外れにあるファンナ教の神殿が終着点となっている。
観衆から王の姿が見えるように設計された飾り馬車はさながら移動する舞台のようで、視界をさえぎる衝立がなく、つまり弓矢や銃で狙い放題だ。もしも王の暗殺を目論んでいる者がいるとしたら、この祝賀行列はまたとない好機となる。事実ヴィルヘルム王はそのように命を落としているのだ。
無論ノアにもブリクストにもその轍を踏む気はない。だからこそブリクストは、二ヶ月も前から祝賀行列の警備計画策定に力を注いでいたのだ。祝賀行列の時間は飾り馬車の道すじにある建物をすべて立入禁止にし、暗殺者の入り込む機会をことごとく潰す。また飾り馬車には舞台装飾のように豪華な鎧で飾り立てた護衛兵が同席し、いざとなれば彼らがノアやベアトリスの盾になる――ブリクストが立案し、みずから関係各省や城下に店を構える国民のもとに足を運んでまで交渉を重ねた警備計画は、どうやら抜かりないもののようだった。
だが、彼が春宵の火祭りにかかりきりになったことで、王城の警備体制にはわずかな手抜かりが生じていた。これは、すでに構築された体制が万全だったがゆえに、それに対する信任から生じた油断だったのだろう。
そんな間隙の中で、事件は起こった。
その夜はリードホルムの冬にしては妙に暖かく、星も月も厚い雲に隠れた暗い空からは、いつしかみぞれ混じりの雪が降りはじめていた。灰色の古城ヘルストランド城は深い宵闇に包まれ、点在する篝火や廊下の燭台の明かりが届かない場所は完全な暗黒となっている。
そんな中、二人一組で夜間の警備に当たっていた衛兵が、暗闇にうごめく人影を見かけた。
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