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簒奪女王
王城の炎 3
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「は、はい。王太子様」
人影のひとつがすっくと立ち上がった。そのまだあどけなさの残る細面の顔は、かつてベアトリスとも幾度か言葉を交わしたことのもある、後宮からの使者ラーシュだった。
「おい、そこで何をしている」
ラーシュたちの背後から声をかけてくる者があった。ひとりの若い衛兵が、緊張した面持ちで槍を構えている。ラーシュは振り返らず、徒党のうちの一人に目配せした。無言の命令を受けた女はおそるおそる立ち上がり、頭を覆っていたフードを取った。
「……わ、私たちはノア王の召使いです。気がついたらこんな火に包まれていて、どうやって逃げようかと……」
衛兵は女の作り言を信じたようで、あきれたようにため息をついた。
「なんだってこんな場所に……。その、お前たちが仕えるべき王の安否さえ、まだ分からぬのだぞ。……まあいい、来い。とりあえず衛兵詰所で保護する」
「あ、ありがたく存じます」
衛兵は怪訝な顔をしつつも、“自称”召使いたちに行き先を指示するように槍の穂先を振った。――目前に危機が差し迫った状況でなければ、この若い衛兵も、夜の間はこの棟に召使いなどいない、ということにもっと早く気づけたかもしれない。
衛兵は集団を先導するように背を向けて歩き出した。ラーシュはその背中にそっと近づき、鎖帷子の隙間がある腰の左側に迷いなく短剣を突き立てた。
「なっ……!?」
ラーシュは短剣を抜かずに手を離して飛び退り、腰に挿していた長剣を抜いた。そして驚き振り返ろうとする衛兵を、その肩口から斜めに斬り下ろした。徒党の女たちが悲鳴を上げる。衛兵は驚いた顔のまま床に倒れた。
「……誰が王に仕える身だ。誰が!」
若い衛兵の何気ない一言に激昂したラーシュは、倒れた衛兵になおも剣を突き立てた。
「下賤の分際が! わたしの邪魔をするからこうなるのだ!」
「お、王太子様、急ぎませぬと……」
「わかっている! ……火が消える前に決着をつけねばならんからな。おい、手を貸せ」
「ヒッ」
「急げと言ったのは貴様だろうが!」
ラーシュたちは衛兵の死体を転がして火の中に隠した。振り乱した絹のような髪をなおしたラーシュは、フードをかぶり直して王宮の奥へと消えていった。
その先にあるのはノアの部屋だ。
「火事? あの王宮が?」
「はい」
アルバレスがもたらしたその報告に、はじめベアトリスはからかわれているのかと思った。木造部分が多い時の黎明館ならばともかく、石の砦のようなヘルストランド城が炎上するはずがないのだ。だが確かに、城内が騒然としている様子はベアトリスの部屋までも伝わってくる。
「赤々と燃えていることは、この目で確認しました」
「では……火もとが何であれ、それは明確な“意志をもった炎”だということね」
「ノア王の居所を切り取るように火が出ていることからも、その意図は明らかかと」
ベアトリスは寝間着のまま部屋の外に躍り出た。回廊の手すりから身を乗り出すと、兵士らしい者が木桶などを抱え、早足で中庭を行き来する姿が散見される。兵士たちの行き先、二階の一角がとくに騒がしい。
ここからは見えない炎に照らされたように、ベアトリスの菫青石の瞳が輝きを帯びた。
人影のひとつがすっくと立ち上がった。そのまだあどけなさの残る細面の顔は、かつてベアトリスとも幾度か言葉を交わしたことのもある、後宮からの使者ラーシュだった。
「おい、そこで何をしている」
ラーシュたちの背後から声をかけてくる者があった。ひとりの若い衛兵が、緊張した面持ちで槍を構えている。ラーシュは振り返らず、徒党のうちの一人に目配せした。無言の命令を受けた女はおそるおそる立ち上がり、頭を覆っていたフードを取った。
「……わ、私たちはノア王の召使いです。気がついたらこんな火に包まれていて、どうやって逃げようかと……」
衛兵は女の作り言を信じたようで、あきれたようにため息をついた。
「なんだってこんな場所に……。その、お前たちが仕えるべき王の安否さえ、まだ分からぬのだぞ。……まあいい、来い。とりあえず衛兵詰所で保護する」
「あ、ありがたく存じます」
衛兵は怪訝な顔をしつつも、“自称”召使いたちに行き先を指示するように槍の穂先を振った。――目前に危機が差し迫った状況でなければ、この若い衛兵も、夜の間はこの棟に召使いなどいない、ということにもっと早く気づけたかもしれない。
衛兵は集団を先導するように背を向けて歩き出した。ラーシュはその背中にそっと近づき、鎖帷子の隙間がある腰の左側に迷いなく短剣を突き立てた。
「なっ……!?」
ラーシュは短剣を抜かずに手を離して飛び退り、腰に挿していた長剣を抜いた。そして驚き振り返ろうとする衛兵を、その肩口から斜めに斬り下ろした。徒党の女たちが悲鳴を上げる。衛兵は驚いた顔のまま床に倒れた。
「……誰が王に仕える身だ。誰が!」
若い衛兵の何気ない一言に激昂したラーシュは、倒れた衛兵になおも剣を突き立てた。
「下賤の分際が! わたしの邪魔をするからこうなるのだ!」
「お、王太子様、急ぎませぬと……」
「わかっている! ……火が消える前に決着をつけねばならんからな。おい、手を貸せ」
「ヒッ」
「急げと言ったのは貴様だろうが!」
ラーシュたちは衛兵の死体を転がして火の中に隠した。振り乱した絹のような髪をなおしたラーシュは、フードをかぶり直して王宮の奥へと消えていった。
その先にあるのはノアの部屋だ。
「火事? あの王宮が?」
「はい」
アルバレスがもたらしたその報告に、はじめベアトリスはからかわれているのかと思った。木造部分が多い時の黎明館ならばともかく、石の砦のようなヘルストランド城が炎上するはずがないのだ。だが確かに、城内が騒然としている様子はベアトリスの部屋までも伝わってくる。
「赤々と燃えていることは、この目で確認しました」
「では……火もとが何であれ、それは明確な“意志をもった炎”だということね」
「ノア王の居所を切り取るように火が出ていることからも、その意図は明らかかと」
ベアトリスは寝間着のまま部屋の外に躍り出た。回廊の手すりから身を乗り出すと、兵士らしい者が木桶などを抱え、早足で中庭を行き来する姿が散見される。兵士たちの行き先、二階の一角がとくに騒がしい。
ここからは見えない炎に照らされたように、ベアトリスの菫青石の瞳が輝きを帯びた。
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