山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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山賊討伐

6 生還と休息

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 ヘルストランド城の謁見えっけんの間に、国王ヴィルヘルム三世をはじめとする王族とエイデシュテット宰相、ミュルダール軍務省長官といった王国の重鎮じゅうちんたちが集まっていた。
 彼らの視線は、玉座の前方にひざまずく手負いの兵士に注がれている。彼はブリクスト特別奇襲隊の生き残りの中で、最初に王都の門をくぐった兵士だった。他のものに先んじて報告に走るよう、ブリクストがあらかじめ指示していたうちの一人だ。
 張り詰めた雰囲気の中、真紅のとばりを背にした玉座に座るヴィルヘルム三世が、場の空気にそぐわぬ調子で口を開いた。
「オデアン兵長と申したか。戦況はいかなるものであったか」
「陛下のお許しを得て申し上げます。ラルセン山中に蟠踞ばんきょする山賊たちは手強く、ブリクスト隊長はその頭領と目される女山賊との戦闘で戦死、ノア王子も目下のところ行方不明という状況で……」
「女山賊だと……? 女に負けるとはブリクストも存外情けない」
 オデアンは頭を垂れ続けていたが、顔を上げていたなら、隊長を侮辱ぶじょくしたアウグスティン王子に向けた憎悪の視線をとがめられていただろう。
「生死がはっきりせぬというのか」
「王子の退却に同行したものの半数、ネルソン副隊長、ビョルク、ボレリウスの三人は、戦死が確認されております」
 その報告を聞いた途端、悲愴ひそうな面持ちで震えていたフリーダ第一王女が倒れた。背後に控えていた侍従たちが駆け寄り、両脇を抱えられて謁見の間から運び出された。
 ざわめきはすぐに収まり、散文さんぶん的な報告が続く。
「帰還中の兵たちはなおもノア王子を捜索しつつ帰途を進んでいますが、隊は死傷者も多く範囲が限られております。何卒……お力添えをいただきたく存じます」
「左様か。では軍務長官、捜索隊を手配せよ」
「仰せのとおりに」
 ミュルダール軍務長官がうやうやしく頭を下げ、そばに控えていた官吏かんりに何事か指示を出した。アウグスティンとエイデシュテット宰相が、意味ありげに苦み走った視線を交わす。
「陛下の御威光いこうを損なう仕儀しぎとあいなり、ただ己が無力を恥じるばかりにございます」
「よい。あいわかった」
「ご苦労であった。下がって傷の手当を受けるがよい」
 このとき、オデアン兵長の労をねぎらうアウグスティンを注意深く観察しているものがいたならば、彼の瞳の奥に隠しきれない喜悦きえつを見て取っただろう。だが昵懇じっこんな間柄のエイデシュテットですら、ノアの生死について考えを巡らせているだけだった。

 報告を聞き終えて自室に戻ったアウグスティンは、室内のすべてのカーテンを次々と乱暴にまくり上げた。間諜かんちょうがいないことを確認するためだ。ともに入室したエイデシュテットは、その様子を諦念ていねんのこもった顔で傍観ぼうかんしている。部屋の主は長椅子に腰を下ろすと、さっそくテーブル上の赤ワインを呷った。
「どちらか分からんというのは、なんとも決まりの悪い」
「こればかりは仕方ありますまい」
 自身はワインを辞しながら、エイデシュテットが応えた。
「ノアめ、あれで剣の修練に余念よねんがなかったと聞く。まあいっそ、始末してくれるなら下手人はラルセンヒグマやオオカミでも構わんがな。放っておけばそうもなろうものを、父上は柄にもなく捜索隊派遣を即断しおって……」
「陛下の決定に容喙ようかいしたとあっては、後日いらぬ疑いを生むことにもなりましょう」
「ふん。今更なことだがな。我らの対立など周知の事実よ」
 アウグスティンは不満げにゴブレットをテーブルに叩きつけた。瓶のワインはもう払底ふっていしている。
「山賊もブリクストでなく、ノアを真っ先に始末してくれればよいものを」
「そのような戦ばかりでは、アウグスティン様も迂闊うかつに戦場に出られなくなりますぞ」
「そうだアウグスティン、その戦だ。カッセルの国情はどうなっている?」
 隣接するカッセル王国との戦争で勝利し、その余勢よせいって戴冠たいかんする、というのが二人の目論む王座獲得の計画だった。主にエイデシュテットが四年ほど前から、その下準備を着々と進めていたのだ。
「カッセルは、東方の農地開発とノルドグレーンとの交易で力をつけてきております。軍備も増強されつつあるようですが……」
「面白くない話ばかりだな? ええ?」
「さして気にすることはございますまい。いずれ小規模な戦闘一度で、すぐ講和に持ち込むのです。リードホルムに近衛兵団がある限り、何者が敵し得ましょうか」
「それもそうか。リーパーだけで選りすぐられた部隊など、我が国以外にはない。これがある限りはな……」
 歴戦の勇士も膝を屈する女山賊頭領と同じ力を持った者たちが、一国の軍隊として存在する――その事実が周辺国に与える外交上の圧力は絶大だ。
 戦端せんたんを開いた場合の犠牲を容易に推計すいけいできないことが、圧倒的な国力を誇るノルドグレーンにさえ軍事面における強圧的な行動を踏み留まらせていた。
「近年、我が国への対抗心からか、ボーデン山のパヤラ像所有に関するいさかいが起きつつあります。それを利用して戦端を開くというのもよいでしょう」
「口実としては、その程度で十分だな。良かろう、その方向で事態を進めよ」
 傍若無人な第一王子はようやく機嫌を直し、戸外の衛兵に新たな酒を持参するよう言いつけた。衛兵はうんざりした様子で炊殿かしきどのへ向かい、いっそワインを一ダースほども届けてしまったらどうかと侍従じじゅうに提案した。

 翌日、リードホルムの高官たちは二日続けてブリクスト特別奇襲隊からの報告を受けることになった。この二度目の報告は、一部のもの以外には吉報として迎えられている。
 フリーダの不在を除けば受納じゅのうする側の顔ぶれは前日と同じだが、報告者はあらゆる点で異なっている。地位はより高く、人数は二人、ノア・リードホルムとトマス・ブリクスト部隊長だった。
 生存に関して否定的な情報が伝えられていた二人の帰還は驚愕きょうがくをもって迎えられ、多くのものは歓喜し、一部のものは内心で呪詛じゅそを述べている。
 ノアはリラ川の川岸をヘルストランドに向けて丸腰で歩いているところを、捜索していた特別奇襲隊の兵士たちに発見された。ブリクストはリースベットに敗北しはしたが、彼女は止めを刺さずにノアの追跡に向かったため、彼は打ちてられた無惨な戦禍せんかの中で意識を取り戻したのだった。
「父上、ブリクスト部隊長は、山賊たちの後をつけて拠点を見つけたとのことです」
「なんと。山賊どもの居場所を突き止めたと申すか」
「はい。この目で確かに」
此度こたびの出征、無駄ではありませんでしたな。これでいつでも、不逞ふていな山賊共は討伐できることとなりました」
 目覚めたブリクストは灌木かんぼくの陰に山賊の死体を見つけると、その衣服を身にまとい、左腕の傷に破った帆布を巻いた。そして足跡を辿って引き上げてゆく山賊たちの後を追い、ティーサンリードの拠点入り口を確認してから帰還したのだった。
「だがブリクストよ、王族たるノアの身を危機に晒したそなたの罪は重いぞ」
「……心得ております」
「部隊長ともあろうものが何たる体たらくか。この者を投獄せよ!」
「お待ち下さい兄上。山賊たちは噂以上の手練てだれ揃いながら、その拠点を突き止めたのはブリクスト自身。また、彼の指揮があればこそ、私は今こうして生を得ているのです。その功を称えこそすれ、罰するは信賞必罰しんしょうひつばつの道理にもとりましょう」
「貴様……」
 言いがかりにも等しいアウグスティンの言葉に、ノアは強く反論した。
「……ふむ。予はノアの言をとする」
「父上……!」
「数多の部下を亡くし、この上ブリクスト自身まで失うのは、リードホルムにとって多大なる損失です」
「この者については軍務長官に一任する。良きに計らえ」
「承知いたしました」
 アウグスティンは、なにかとノアに協力的なブリクストをほうむる好機と見たが、その理路があまりにも牽強付会けんきょうふかいに過ぎてヴィルヘルム三世を納得させることができなかった。エイデシュテットさえ、自己の保身のためか助け舟を出さなかったほどである。
 処遇を任されたミュルダール軍務長官は、ノアに対してとくに好意的な人物というわけではない。だがエイデシュテットの専横せんおうには警戒心を示していることと、自分の任期中に所轄しょかつの軍が弱体化するという事態は避けたいようだった。

「アウグスティンめ、どうせ隊長に罰を加えようとしたのだって、ノア王子が生きていることへの腹いせに決まっている」
「なるほど、そういう考えもできるな」
「あまり滅多なことを言うものではない。誰が聞いているか分かったものではないぞ」
「王子、このようなところへ」
 左腕の治療を終えて隊舎に戻ったブリクストをノアが訪ね、共に隊員たちと生還の喜びを分かち合った。オスカに貫かれた腕の傷は深く、その左手は剣を掴むのもやっとの握力しか戻っていない。
 ノアは木のベッドに寝藁ねわらと獣の皮を敷いただけの粗末な寝処に腰掛け、異国にいる共通の知人に関して話頭わとうに乗せた。
「ブリクスト、ノルドグレーンのダール隊長は息災なようか?」
「そのようです。山賊たちの活動域とも離れた任地ですから、住民たちの小競り合いを仲裁する程度しか仕事がないとか」
「何よりだ。その平和が続けばよいのだが……またりんご酒シードルでも送っておこうか」
「スナップスのような強い酒では隊内に二日酔いが蔓延していけない、という文句が来たことは笑いぐさになりましたな」
 ノアは迷っていた。第二王女リースベットの生存を報告すべきか。だが今の彼女には、四年前ヘルストランドを去ってからの生き方があり、知らしめたところで良い影響があるとは思えなかった。彼女が生きているなどとアウグスティンが知ったら、復讐や王座争奪に絡んだ被害妄想のあまり刺客すら差し向けかねないだろう。
 もしもまた、二人がともに暮らせる日が来るとしたら、それはどんな時代だろうか――そんな時代を自分が創ることができるのだろうか。
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